第三章 第71話 駅前留学

 事実だけ述べます。


 私――上野原うえのはられい御門みかど芽衣めいの二人は、変な黒いものを見つけました。

 そこから知らない二人の人が現れて、私たちを変な場所へ連れて行きました。

 不思議な部屋に通されて、自己紹介されました。

 名前を聞かれたので、私も御門さんも正直に答えました。

 そしたら、いきなり家族の名前を当てられました――二人とも。


    ◇


 混乱している私たちを見て、えーとシクラリッサ・マリナレスって言う人――クラリスと呼んでって言われた――は、ちょっと悪戯いたずらっぽい笑顔で言った。


「ごめんね? 驚くよね? でも大丈夫。順番に説明するからね」


 この子、十六歳って言ってたから、私よりも六つ……いや、七つも下なんだ。

 おまけに完全にエレディールの人の風貌なのに、その口から日本語がペラペラ飛び出てくる事実にも、驚きを通り越して言葉が出てこない。


 とりあえず何もかもが分からないので、大人しく相手の話を聞くしかない。

 ってか、私たちちゃんと学校に帰れるの……?


「まず、あなたたちとご家族の名前が分かるのは、この紙に書いてあるからなの」


 そう言って手にしていた紙の束をひらひらと見せる。

 エレディールの文字と一緒に、確かに日本語が書かれているのが分かった。

 一体誰が書いたと言うのだろう。

 目の前のクラリス、さん?

 実際に読めてるみたいだし……でも、どうやって?

 誰から日本語を教わったの?


「書いてくださったのは、わたしたちのあるじ様なの。こっちの言葉だと『ヴィルグリィナ』って言うんだけど、日本語だと『巫女みこ』様だね」

「巫女様? と言うより、そもそもあなたたちは何者なんですか? 何でそんなに日本語がペラペラなんですか? いや、それよりあたしたちを帰してください」


 私が聞こうと思ったら、先に御門さんに言われちゃった。

 でも御門さん、何だか少し元気になってきたような気がする……。


「あ、そうか。名前だけ聞かされても分かんないよね? ごめんね? あと心配しないで? ちゃんと元の場所にお送りしますから」


 お、言質げんち取った。

 ナイス御門さん。

 とは言っても、約束を守ってもらえる保証はないけど……。


「それじゃあまず、わたしたちは『イルヘレーラ』の一員です」

「イルヘレーラ?」

あるじ様は『聖会せいかい』って日本語の言葉を当ててるの」


 私のおうむ返しに、日本語の訳語まで教えてくれた。

 聖なる会……何かの宗教組織なのかな。


「それで、わたしが日本語を聞いたり話したり出来るのはね、もちろん教えてもらったから」

「教えてもらったって……一体いったい誰からですか?」


 聞いといてあれだけど、そんなの、当然日本人からってことよね。

 でも問題は、それが誰なのかってこと。

 私たちの誰か? それとも私たち以外に日本人がいるの?


 ところがクラリスさんの答えは、私の予想の斜め上を行くものだった。


「日本語教室があるの」


 ……。

 ……は?

 駅前留学的なものが、ザハドにあると?


「どういうことですかね、玲さん」

「私に聞かれても……」


「えーとね、聖会イルヘレーラ本部には日本語を教える役割を持った人がいてね、本部にいる人たちは基本的に全員日本語を身につける義務があるの。これはあるじ様が将来を見越して作った制度」


「将来を、見越して?」

「そう。でもそこについては、詳しいことは言えない。あと、日本語だけじゃなくて他の言葉も身につけている人もいるよ。英語とか」

「英語!?」

「うん。私は英語は出来ないけど、日本語の――特に会話の成績は抜群にいいの。だからここに派遣されたんだ」


 どういうことだろう。

 単純に考えれば、ほかの国の言葉を覚えるなんて、そことやり取りする必要があるからとしか思えないんだけど……もしかして、やっぱりここは地球のどこかってことなのかな。


「どうかな。これで一応、わたしたちが何者かってことと、日本語が話せる理由は説明したんだけど、まだ何か聞きたいこと、あります?」

「あります!」

「わっ!」


 びっくりした。

 御門さんがテーブルを叩いて立ち上がったから。

 でも……さっきもちょっと思ったけど、御門さん、元気出てきたみたい。


「なんであたしたちをこんなところに拉致らちしてきたんですか? あたしたちをどうするつもり?」

「らち……難しい言葉。どういう意味?」

さらうってことよ! 無理やり連れていくこと!」

「あー……そう言うことなら確かに『らち』になっちゃうね、この場合。でもさっきも言ったけど、ちゃんと無事に帰れるからさ、心配しないで」

「大体お前が、うっかり姿エルコナを見られたからだろうが。この馬鹿者カダグラーヴァめ」

「あーっ!」


 突然会話にインターセプトしてきた、えーっとアイドラッドさんの言葉に、御門さんが大声を上げた。


「あたし知ってる。『カダグラーヴァ』ってバカって意味だよね! 実際に使われてるところ、初めて見た! 何か感動!」

「わたし、バカじゃないよ!」


 ……すごいな、御門さんのコミュりょく

 いや、この子が調子を取り戻してきたのはいいことなんだけどさ。

 もうすっかり場に溶け込んでるって言うか、馴染んでるって言うか。

 私も人見知りってわけじゃないけど、初対面でこの状況で、さすがにここまで素早く打ち解けるのは難しい。


「でもラッド、そのおかげでちょうどよく候補者フランマディ、見つかったじゃない」

「む……まあそれもそうだが」


 ……何かよく聞いてると、このラッドって人はあんまり日本語話さないんだよね。

 だから、クラリスさんが二つの言葉をくるくると使い分けてしゃべってる。

 で、そのクラリスさんのエレディール語を、御門さんが聞きとがめた。


「え、何? 何て?」

「あ、えーとね。あなたたちをここに連れてきた理由なんだけどね――――わたしたち聖会イルヘレーラの協力者になってほしいの」


「協力者?」

「協力者?」


 私と御門さんがハモる。


「そう。でもそのためにはまず、聖会うちのことをちゃんと説明しなきゃならないよね。少し長くなるかもしれないけど、聞いてほしいの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る