第三章 第70話 自己紹介

御門みかどさん……」

れいさん……」


 私と御門さんは、同時にお互いを呼ぶと、黙ってうなずいた。

 どういう意味かって言えば――それはもう、見に行くってことに決まってる。

 さっき、人がいた場所を。


 私たちはじりじりと、目的の場所へと進んでいく。

 ここから眺めても、何かあるようには見えない。

 ちらっと御門さんの横顔を見ると――真剣な顔をしてるけど、ほんの少しだけ口のはしが上がっている。

 この子も私と同じなのかも知れない。


「ねえ、御門さん」

「はい?」


 御門さんはこっちを見もせず、ひたすら目的の場所を凝視したまま答える。


「怖くないの?」

「……ちょびっとだけ。それよりもし確かめずに帰ったら、きっとめっちゃ気になって、あたしよる寝られません」

「分かる。それで結局次の日、確かめに行くんだよね」

「そうそう!」


 好奇心ってヤバいよなあ……と思う。

 でも私だって、絶対に確かめずにはいられないもんね。


「あ、玲さん、ほら」

「ん?」


 御門さんが指さすほうを見る。

 お……何か草のあいだに見える……何か黒っぽいもの?

 ちなみに距離はあと十メートルくらい。


 一応きょろきょろと周りを確かめてみるけど、三百六十度、いつもの草原の景色が広がるばっかりで、人影はまったく見られない。

 ……さっきの、幻じゃないよね?


 そして、とうとう目的の場所に私たちはたどり着いた。

 足元にあるのは、真っ黒くて丸い円盤?のようなものだ。

 直径……いちメートルくらいかな。

 でっかいマンホールのふたみたいだけど、光を反射する様子がない。

 漆黒しっこくって言うのかな、吸い込まれそうな黒だ。


「何でしょうね、これ。マンホールの蓋?」


 御門さんもおんなじこと考えてる。

 まあ冷静に考えて、こんなとこにそんなものがあるわけがない。

 大体ここら一帯いったい、禁足地に指定されてるって話なんだから。

 でも……どう見ても自然物じゃなさそう。


「分かんないけど、人工物よね、これ」

「うん……」


 そう返事すると、御門さんはしゃがみこんだ。

 そろそろと指を伸ばして……もしかしてさわろうとしてる!?


「ちょ、御門さん! やたらに触ると危ないよ!」

「大丈夫ですよ、ちょっとだけ。はじっこをほんのちょびっとだけ」


 私が止めるのも聞かず、御門さんはとうとう黒い円盤のはしっこを指先でツンツンし始めてしまった。

 かすかにコツコツって音がする。


「ど、どう?」

「うーん、何でしょうかねこれ。石みたいな感じですけど……」

「石……でっかい黒曜石みたいな?」

「よく分かんないですけど――わっ!」


 その時突然、御門さんがはじかれたように尻もちをついた。


「どうしたの!?」

「今、これが……ぶるぶるってふるえた……わわっ!」

「わあっ!」


 すると、円盤の上一いちメートルくらいのところに、小さな光が現れた。

 私は慌ててその場から離れる。

 御門さんも尻もちをついたまま、すごいスピードで後退あとずさっている。

 ちなみに私も御門さんも、Tシャツにショートパンツ姿だ。


 五メートルくらい離れたところから、私たちは黒い円盤と光を凝視ぎょうししている。

 小さな光はあっという間に大きくなって、太陽みたいなまぶしさになった。

 でも絶対に目はつぶらない。

 何が起こるか分かんないけど、見逃してなるものか!


 ――何秒かって。


 白くて眩しい光はだんだんと小さくなっていった。

 そして、代わりにそこに現れたのは――人だった。

 しかも今度は、二人。

 こちらとは反対の方向を向いて立ってる。


「だ、誰……?」


 御門さんの声に気付いてか、二人がゆっくりとこっちを向いた。

 男の人と、多分女の人。

 二人とも……うまい例えが思いつかないけど、乗馬服みたいなのを着てる。

 長いブーツも、何だかそれっぽい。

 表情はよく分からないけど、普通?

 でも見た目は、ザハドでたくさん目にした人たちと同じような感じだ。


「玲さん……」

「うん、どうしよ……」


 話しかけた方が、いいのかな。

 でも私、エレディール語、まだちゃんと話せないんだよね……。

 少しの間だけど「勉強の家」で練習はしたし、簡単な挨拶とかなら覚えてるけど。


「御門さん、ちょっと話しかけてみてくれない?」

「ええっ、あたしがですか!?」

「多分、御門さんの方がペラペラだと思う」

「うーん、それじゃあ――」

「こんにちは!」

「ひぇっ!?」


 何と、女の人の方から話しかけてきた!

 しかも……こんにちは?

 日本語?

 どゆこと?


    ◇


 ――と言うわけで、私と御門さんは見知らぬ場所にいる。

 ヴームってところらしい。


「あんまり緊張しないでね? わたしたち、敵じゃないからさ」


 無茶を言う。

 そんなん鵜呑みに出来るわけがない。

 割と物怖じしないはずの御門さんだって、見るからにガチガチに固まってる。


 それにしても……すごく不思議なところ。

 SF映画にでも出てきそうな、宇宙船の基地みたいな……自分でも言ってる意味がよく分からないけど、とにかくそんな雰囲気なのだ。

 少なくともザハドで目にした建物の中とは、完全に一線をかくしている。

 領主さんがいた、あの豪華なセラウィス・ユーレジアの中ともまるで違う。

 こっちは……何と言うか、近未来的で無機質な感じ。


「無理やり連れてきちゃってごめんね? わたしはシクラリッサ・マリナレス。クラリスって呼んでね」

「は、はあ」

「で、こっちのちょっといかついおっさんが、アイドラッド・アズナヴィトン。ラッドでいいよ」

「おい、お前今、何て言ったんだ?」

「え? いかついゴゴーラおっさんノアメルって……」

「おっさんとは何だ! オレはまだ二十六ウシディアライだ!」

「わたし十六ライスだし――ああ、えっとね、わたし十六歳って言ったの」


 目の前の、シクラリッサと名乗った女の子は、さっきからこんな風に日本語とエレディール語を使い分けてしゃべってる。

 てか、え? ――十六歳?

 

「え、マジで……?」


 御門さんもきょとんとしてる。

 だって、自分と同い年か年下ってことだもんね、しかたないね。

 私だってびっくりだし。


「で、あなたたちも自己紹介してもらっていい? まずは名前から」


 ……しちゃっていいのだろうか。

 何しろ黒い円盤の上に突然現れたこの二人に、強引に連れてこられたのだ。

 しかも移動方法がまったく分からない。

 いつの間にか宇宙船の通路みたいなところに来てて、「いいからいいから」ってこの部屋まで連行されたんだから。


「えと、あたしは、御門みかど芽衣めい、です」


 あ、御門さんが先に言っちゃった。

 まあいいか……とりあえず名前だけは。


「私の名前は、上野原うえのはられいです」

「はい、えーとみかどめいさんに、うえのはられいさんね……えーと」


 そう言うと、シクラリッサ――クラリスさんは持っていた紙の束をペラペラとめくり始めた。

 何となく古びた、何かの古文書こもんじょみたいな紙。


「あーあったあった。えーと、御門芽衣さん、十六歳。わあ、私と同じ年かな? で、お父さんが康之やすゆきさん、お母さんが椿つばきさん、妹は琉衣るいさん」

「はっ!?」

「はあっ!?」


 私と御門さんの声がダブって響く。

 どういうこと? ……まさか――


「それと……上野原玲さん、二十二歳。お父さんが朔太郎さくたろうさん、お母さんが日向ひなたさん、それでお姉さんがりんさん。……合ってるかな」


 合ってるよ……合ってますけど、何で? どうして?

 もはや言葉が出ない。

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