第三章 第66話 遺書

「ごめん、もう一度言ってもらえる?」


 聞こえなかったわけではなかった。

 あまりに重要なことに、瓜生うりゅう蓮司れんじはもう一度確かめざるを得なかったのだ。

 もしそんなものが存在したとしたら、場合によっては……。


「遺書です。朝霧あさぎり校長先生は、遺書をのこされていました」


 一度口にしたら、もう躊躇ためらう必要などないとばかりに、黒瀬くろせ真白ましろは、決然と繰り返した。


「……」


 聞き違いではなかった……。

 蓮司は唇を噛んで、確かめるべきことを確かめる。


「それは、誰に宛てたもの・・・・・・・なのか、分かる?」

「恐らくご家族の三人と……そして、遺書の発見者て、です」


 当然、真白もこの事実の重要性を理解している。

 更に言えば、中身を既に読んでいるからこそ、誰にも打ち明けられずにいたのだ。


「遺書の発見者、か」


 ため息をく蓮司。


「つまり黒瀬さんは、読んだ……ということだね」

「読みました」

「……どんな内容だったの?」

「とても、とても危険なものでした」

「そうか……」


 そのまま蓮司も真白も、三十秒ほど黙ったままだった。

 二人のあいだを、夜風が静かに吹き抜ける。


「瓜生先生」

「……はい」

「この重責を、一緒にになってもらえますか?」

「分かった」


 蓮司は即答した。

 秘密を話すよう、妻に誓ってまで真白にいたのだ。

 生半可な気持ちなわけがない。

 真白も、蓮司の返事が口先だけではないことを感じていた。

 彼女はポケットから四通目の遺書を取り出して、LEDランタンを灯した。


「これです。読んでみてください」


    ※※※

    ※※※


 この封筒を見つけられたかたへ。

 ――――――――――――――――――――

 今、これを読んでいるあなたが誰か分からないが、私がこのようなものをしたためている理由からまず話そうと思う。


 この手紙が最後の書き物とならぬよう私は願っているが、恐らくその望みがかなうことはないだろう。

 ゆえに、封筒には「遺書」と記した。

 実際、私の体調は日に日に悪化している。


 当初、その原因を私は、ザハドでとある秘密を知ってしまったがゆえの心労によるものだと思っていた。

 もちろんそのことも無関係ではないだろう。

 しかし、それだけでこのような状態になり果てるとは、とてもではないが考えられないのだ。

 食欲は減退し、筋力は落ち、意識の輪郭が時折ぼやける。


 ――毒、なのだろう。


 自分がそのようなものを盛られる日が来るとは、予想だにしていなかった。

 しかし、その理由にひとつだけ、心当たりがないでもないのだ。


 それは先ほど述べた、私がザハドで図らずも知り得た秘密に関係がある。


 我々はなぜこの地に転移をしてきたのか――この、私たちの誰もが知りたい問いへの答えがそこにはあったのだ。

 今となっては知らない方がよかったとも思うが、事ここに至って繰り言を述べても仕方がない。

 ならばせめて、ペンを握る力が残るうちに家族へのメッセージをつづっておくべきだと思う。

 それは一人ひとり、別々の封筒にするつもりだ。


 本心を言えば、職員室と共にこの地に転移した仲間たちにも、何か言葉をのこしたい気持ちはある。

 しかしこの手紙を見つける者が誰か分からない状態では、それははばかられるのだ。


 願わくばこの手紙が――せめて、私の言葉だけでも我が家族の元に届きますよう。


 最後に。

 この遺書を見つけたあなたが私の敵なら、まことに不本意ながらあなたの勝ちである。

 恐らくこの遺書は握りつぶされ、それは見つからないままか、人知れず破棄されてしまうことだろう。


 しかしあなたが私の味方ならば、お願いがある。

 職員室にある私の机の一番上の引き出しを探してほしい。


 そこに、いつも職員会議で使っていたボイスレコーダーがあるだろう。

 そのことは職員なら誰もが知っているはずだ。

 だからこそ盲点になると考え、私はそれに知り得た全ての真実を録音しておいた。

 使うも使わないもあなたの自由だが、出来れば上手に活用してほしい。


 ただ、自分の身の安全だけはおろそかにすることがないよう、願う。


 20XX年

 ザハド西の禁じられた地にて 朝霧彰吾

 ――――――――――――――――――――


    ※※※

    ※※※


(何てことだ……)


 蓮司は思わず天をあおいだ。

 美しく輝く星の姿はそのままだが、それをでる余裕は彼にはもうない。


(校長先生が毒を盛られてた……? で、何だって? ボイスレコーダー?)


 そうとはっきり書かれていたわけではないが、朝霧校長があんな目に遭ったのは、文脈からしてどう考えてもそのザハドで知ったと言う秘密――転移の真実とやらが原因という答えにしかならない。

 そして、まだ秘密の具体的な内容こそ知り得ていないにしても、そこに繋がる手がかりをこうして同じように掴んでしまった自分たちの運命も……。


 一層いっそう声を低くして、蓮司はようやく口を開いた。


「黒瀬さん、これは確かに重い……重すぎるね」

「そうですよね」

「このボイスレコーダーって、いつも使ってたあれかな」

「そう書いてありますから、そうでしょう」

「もう、聞いてみた?」

「いえ……」


 真白は力なくかぶりを振る。


「とてもじゃないけど、勇気が出なくて……」

「分かるよ。知ったが最後……って感じだからね。でも」


 眉間みけんを親指で押さえながら、蓮司は言った。


「一刻も早く回収しないといけない。誰にもさとられることなく。そして、真実を知らなきゃならない」


「私もそう思います。でも、一体どんな真実が記録されているんでしょうね……」


「転移の理由なんて、はっきり言って想像もつかない。方法なら魔法ギームかも知れないけど、何故なぜってところはお手上げだ。……いや、そうでもないな」


「……ことの経緯から考えて、鏡さんが何らかの関わりを持っている可能性が高い――ということですよね」


 真白が震える声で、問わず語りに答える。

 うなずきながら、頭をきむしる蓮司。


「ああ、知りたくない! でも……知らなきゃならない……」


「とにかく、こうなったらさっき瓜生先生が言ったように、すみやかにボイスレコーダーを回収しましょう。内容を確かめるのはそれからってことで」


「了解。じゃあ黒瀬さん、先に戻っててよ。二人で一緒だと何か変な感じかも知れないし。僕はもうちょっと、ここで頭をクールダウンしていくよ」


 LEDランタンを再びともして、真白が笑う。


「そんなこと気にしてるんですか? 大体、私の腕を瓜生先生が無理やり引っ張っていくとこ、みんな見てましたし」


「あれ、そうか。何か……強引で済まなかったね」


「いいですよ、そんなの。お蔭で私も荷物を一緒に持ってもらえることになって、文字通り少しだけ肩の荷がりた感じです。じゃ、先に行きますね」


「分かった」


 そうして真白の背中を見送ると、蓮司は再び夜空の星々に視線を移した。


    ◇


(校長先生の……遺書!?)


 何となく気になって、瓜生さんと黒瀬さんの様子を見に来たら……とんでもない話を聞いてしまった。


(どうしよう……)


 途中からひそひそ話になったのか、声が聞こえなくなってしまったが、確かに言っていた――校長先生の遺書がある、と。

 しかもだ。

 家族てのものと、遺書の発見者へ宛てたもの・・・・・・・・・・・・があると言う。


(どういうことなのだろう……)


 これは私一人の手に余る。

 誰かに――そうだ、不破ふわさんに相談しよう。


 黒瀬さんは先に戻ったようだ。

 瓜生さんは……何をしてるんだろう、空を見上げて。

 とりあえず気付かれないように、校舎へ戻ろう――


 ――その後しばらくして蓮司も校舎へ姿を消した。


 あとに残されたのは、静寂。

 ひたすらに静かで、何かをはらんだかのように、不気味な。

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