第三章 第67話 左右逆

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 20XX年 4月20日(星暦12511年 始まりの節)


 とんでもない話を聞いてしまった。


 今日の実行班会議。

 いつもはきはきしてて、執行部の純一じゅんいちさん相手にだって遠慮なく物申す黒瀬くろせさんの様子が少しおかしかったのだ。

 注意散漫と言うか、心ここにあらずと言うか……そんな感じだった。

 ほかの人ももちろんそれには気付いていたけど、特に何も言わなかった。

 もちろん、私も。


 会議が終わったあと瓜生うりゅうさんが心配してからか彼女の腕を引いて外へ。

 私も何となく気になっていたから、二人の様子を見ようと外へ出た。

 こっそりあとをつけたみたいになったことに、別に意味はなかった。

 二人は駐車場まで移動すると、話し始めた。


 瓜生さんが身の上話のようなことを始めて、私も何となく耳をそばだてる。

 結局のところ彼は、残してきた奥さんのことをとても気にかけていて、早く帰りたいということを言っていた。

 

 ……とても共感できた。

 私も、娘と夫のことを思い出して、少し泣きそうになってしまった。

 そしてきっと、黒瀬さんも同じような悩みを吐露するものと思っていた。


 ところが、だ。

 彼女の口をついて出たのは、思いもかけない台詞だった。


「――校長先生の遺書があるんです」


 あまりに驚いて、思わず声を上げそうになってしまった。


 校長先生の、遺書?

 しかし冷静になって考えてみれば、校長先生は長い間体調を崩していた。

 万が一の時のために、家族に何か伝えたいと考えても何もおかしなことはない。

 でも、次の黒瀬さんの言葉で、私は再び緊張した。


「……そして、遺書の発見者て、です」


 話の流れから、見つけたのは黒瀬さん。

 つまり、黒瀬さんはそれ・・を読んだと考えていい。

 そこに一体何が記されていたのか。

 私は固唾かたずを呑んで、話の続きに耳を傾けた。


 しかし、しばらく無言の時間をあとは周囲を警戒してか、声が小さくなって何を話しているのか分からなくなってしまった。

 最後に聞こえたのは、瓜生さんの「ああ、知りたくない! でも……知らなきゃならない……」という言葉だった。


 黒瀬さんがこちらに向かってきたので、私は車の陰にしゃがんでやり過ごした。

 その間、私は考えた。

 瓜生さんの最後の台詞はどういう意味なのか。

 無言の時間は、私の想像だが瓜生さんが遺書を読んでいた時なんだと思う。

 それなのに、知りたくない、知らなきゃならないって……分からない。


 分かったのは、私一人の手には余る話だと言うこと。

 ならば、私の同志とも言える不破ふわさんに相談するしかない。

 あの人ならきっと、私の気持ちも分かった上で話を聞いてくれるはずだ。

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    ◇◇◇


 目の前で、到着した資材が次々と降ろされて、所定の位置へと運ばれている。

 木とかレンガとか、あとよく分からないものがいろいろと、たくさん。

 しかも、結構重そうに見えるのに、ほいほい軽々となのよね。


「暇っすね……加藤かとうせんせー」


 私の隣りで、諏訪すわさんがぼやいてる。

 うん、と答えながらも、私は長屋ながやの建設現場に目が釘づけなのだ。

 だって、家を作るのいちから見るとか初めてだし。


 かがみ先生がリーダーになって、組織が刷新されてから出来た実行班。

 全部で九人いるんだけど、大きく三つに分かれてる。


 まず黒瀬くろせ先生と早見はやみさんは、元から所属してた保健衛生班の流れでそのまま前の仕事を継続してる。

 妥当なところだと私も思う。


 で、瓜生うりゅう先生と男の子二人――天方あまかた君と神代かみしろ君は、何て言うんだろ……遊撃隊って言うか外回りって言うか、あちこち移動して何か取って来たりすることが多い。

 ま、何となくだけどここも適任って感じがする。


 最後に残った四人――私こと加藤七瀬ななせと諏訪さん、如月きさらぎ先生と、あと班長のたちばな教頭先生はいわゆる本隊。

 学校に残って施設を管理維持したり、こうして長屋関係の仕事を補助したりするのがメインの仕事になってるのだ。

 一応、輪番りんばん制で色んな仕事を持ち回りにしようってことにはなってるけど、何となく役割が固定されてきてるようにも思える。


「私もこちらの言葉、覚えた方がいいんでしょうかね……」


 教頭先生がぽそりとつぶやく。

 彼女の視線の先では、執行部の久我くが純一じゅんいちさんが、ザハドから来た人と何やら会話している。

 もちろん私だって、聞こえてはいるけど何を言ってるのかはさっぱり分かんない。

 でも教頭先生は実行班うちの班長だから、責任感からそう感じてるんだろう。


「いいんじゃないすかねー、あの人に任せとけば。適材適所って言いますし、僕は勉強してもしゃべれるようになる自信がないっす」


「そうは言ってもね……何か蚊帳かやそとって感じがするんですよ」

「確かにそうっすね。純一さん、僕たちにここで待ってろって言ったきり、ずっとあんな感じだし、完全にほっとかれてるっす」


 そうなのだ。

 まあ待ってろって言うか、ここで見学してて欲しい、必要があったら呼ぶからって言ったんだけど、あの人。

 お呼びがかからないってことは、今のところ私たちの出る幕はないってことよね。


 ……それにしても諏訪さん、相手が教頭先生でも全然話し方がブレない。

 ま、今さらか。

 転移する前からこんな感じだもんね。


「……」


 それはそうと、変なのは如月先生なのよね。

 さっきから全然しゃべんないし、明らかに様子がおかしい。

 どうしたんだろ。

 昨日は黒瀬先生が変だったけど……。

 諏訪さんが言うように暇だし、ちょっと話しかけてみようかな。


「ねえ、如月先生」

「……」

「如月先生?」

「……」

「如月先生ってば!」

「……はっ! え、な、何?」

「もう、どうしちゃったんですか? 考えごとですか?」

「えーと、いえあの、ちょっと寝不足かも、かな?」

「かなって……大丈夫です?」

「大丈夫大丈夫。それで何? 加藤さん」


 とりあえず反応があったから、質問をぶつけてみる。


「あのですね、もし、例えば靴でもスリッパでもいいんですけど、左右逆に置いてあったとしたら、如月先生どうします?」


「え? どうするって?」


「だから、靴の左右をちゃんと戻してからくか、足の方で合わせて――こんな感じで足をクロスして履くみたいな?」


「……先にそろえてから履くと思うけど」

「えー、しゃがんで直すの、めんどくさくないですか?」

「何言ってるんですか、加藤さん」


 おっと、教頭先生が参戦!


「如月さんの言う通り、まず正しい形に直してから履くべきですよ」

「どっちでもよくないです?」

「いえ、間違いはまず正すべきです。話はそれからでしょう」


「僕だったら、さっき加藤せんせーがやったみたいに、足をクロスさせて履いちゃうと思うっす。しゃがむと流れが途切れる感じがしますから」


「流れ? 流れって何ですか?」


「流れは……流れっす。じゃあ聞きますけど教頭せんせー、教頭せんせーは人生で一度も、離れたごみ箱にごみを遠くから投げて入れたことないんすか? バスケのスリーポイントシュートみたいに」


「ありませんね」

「本当っすか?」


「本当です。そもそも外れたらどうするのですか? 結局歩いていって拾って、入れ直すことになるのではないですか?」


「そん時はそん時っすね」

「二度手間になる可能性があるのなら、最初から確実な手を打つべきですよ」

「そこでワンチャン賭けんのが面白いんじゃないっすか!」

「認めません」

「えー、認めてほしいすね」


 ……何か話が変わってない?

 でも……私だったら、もし一緒に暮らすとしたら、こういう時に「そんなんどっちでもいいよ」って答えてくれる人がいいかな……なんちて。


 それにしても……また如月先生は黙っちゃってるし。

 ホントにどうしちゃったんだろ。

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