第三章 第52話 四者会談 ―10―

「あなたは、巫女ヴィルグリィナに会うべきだと私は思うよ」


 ヴィルグリィナ……?

 人の名前だろうか。


 リューグラムさんは続ける。


「一般的には、神に仕える女性のことを指すのだが、私が言うのは先般から話題にのぼっている聖会イルヘレーラの巫女殿だ」


「聖会の……巫女みこ殿……」


 確かに何度もその名は上がっているし、会員制シオスタ・ブローマ酒場ベルタナシュルーム」でアリスマリスも口にしてはいた。

 そこの巫女様ともなれば、重要人物だろうことは想像にかたくないけれど、その人に会うことがやり残したことってのがよく分からない。


「巫女殿こそ、八乙女さんたちが知りたいことについて、誰よりも知悉ちしつしている人物のはずだ。三種の神器レジ・アウラについても、恐らくイルエス家についても」


「そうなんですか?」


「ああ。彼女こそが『花冠ネッカーリント』の正当なドミニアであるし……それだけではないな。彼女は……『特別プラティエル』なのだ」


「特別……ですか」


「巫女と言う存在がそもそも、そういうものなのかは分からない。しかし、彼女がまと雰囲気アイミースは……何と言うか、人を超越しているように感じられるのだ。……ああ、自分でもおかしなことを言っていると、自覚はしているよ」


 どうしようか。

 思わぬ選択肢を突きつけられてしまったな。

 聖会の巫女様、か……ん?

 こちらでやり残したことってことは、近くにいるって意味なのか?


「もちろん、選ぶのはあなただ。もし予定通りヴァルクス家へ向かうと言うのなら、次の定期船ネイヴィス・アトーラが来るまで、当屋敷で過ごせるよう取り計らおう。ただな……」


「ただ、何でしょうか?」


「私が見るに、巫女殿はどういうわけか、あなた方ニホンジンにとても好意的アルデコアなのだよ。ニホンの事情にも通じているようだし、私としてはその辺りにも興味アウーガをそそられているのだ」


 ……どういうことだ?

 好意的だってのもそうだが、日本の事情に通じてる?

 俺たちのうちの誰かと、既に接触しているってことだろうか。

 まさか……鏡先生ってことはないだろうな?


 これは、確かに興味をかれる。

 情報収集の一環としても有用なら、会っておくべきかも知れない。


 俺は、隣りで静かに話を聞き続けている瑠奈るなに聞いてみた。


「瑠奈はどう思う? その巫女って人に会った方がいいと思うか?」


 彼女は数秒ほど考えたあと、俺の顔を見て小さく、しかし力強くうなずいた。

 それで俺の心も決まった。


「分かりました。私たちはその、聖会の巫女という方にお会いしようと思います」


「そうか、分かった。私もその方がいいと思うよ。マリナレスさんアルナ・マリナレス目的地ヘルブリーズが変更になったようだが、構わないかな?」


「はい」


 コレットは、微笑ほほえみながら即座に答えた。


「私の任務メジオラは、八乙女様たちを無事に定期船に乗せることです。それまでのあいだ、お二人がどこへ行かれようが護衛レスコールを務めることに変わりないです」


「なかなか見上げた心構えだ。では聖会の件については後ほど、具体的な話をすることとしよう」


 リューグラムさんの言う通りだ。

 命令だからなんだろうけれど、ここまで一生懸命俺たちを守ろうとしてくれるコレットの態度が、何だかめちゃくちゃ嬉しい。


「そして、イングレイよ」

「はい」


「お前の主張はしっかり理解したつもりだ。合一ミラン・イース阻止マリハーヴしようとすることの合理性もな。しかし、先に申し渡した通り、現状のレアリウスの存続をリューグラム家として認めるわけにはゆかん。何より、聖会が言っているのだ。『レアリウスを滅ぼさねばならない』と」


「リューグラム家は、聖会に与するとおっしゃるのでございますね」

「そうだ。協力クラボーラを約束した」


 力強くうなずくリューグラムさんに、カルヴァレストさんは視線を合わせない。

 きっぱりと言われて、心なしか表情も暗い。


「それにだ。お前の言う、レアリウスの急進派が軍事力を増大させていることは看過かんかできぬ。再び十年前の惨劇を繰り返させるわけには、断じていかんのだ」


「それは……仰る通りでございます」


「しかし……『デンキ』の知識と技術を得て、もしかしたら合一を阻止、ひいてはエレディールの混乱を未然に防げるかも知れないという可能性を、一顧いっこだにせずつぶすというのも愚策のように思える」


「……?」


「故に、非人道的な手段を取らないという条件コンソラールで、研究の継続トラオリスを認めることは検討してもよい」


「! ディアブラント様!」


 リューグラムさんの後ろで控えていたラーシュリウスさんが、思わずと言った感じで声を上げた。

 それを手で制して、リューグラムさんは続けた。


「だが、そのためにお前にはどうしても、してもらわねばならぬことがあるぞ?」

「せねばならぬこと……それは?」


 リューグラムさんは俺の顔を見て、再びカルヴァレストさんに視線を戻した。


「『花冠ネッカーリント』を巫女殿にお返しせよ。あるべき場所に戻すのだ。方法は任せる。そうすれば、お前のエレディールをうれう気持ちを本物と信じ、『零番隊コル・レイガ』の出動と、レアリウスの急進派たちを抑え、協力して無力化に当たることを約束フォラーガしよう」


「ま、まことでございましょうか? 御屋形様!」


「このようなことを冗談で言うほど、性格の悪いあるじのつもりはないぞ、イングレイ。しかし、申し付けておいて何だが、『花冠ネッカーリント』を返すのは口で言うほど簡単なことではないだろう。しかと約束できるのか?」


おっしゃる通り、かなり困難を極めるでしょう」


 神妙な表情で、カルヴァレストさんは答えた。

 でも、声色こわいろに安堵と期待が混ざっているのは、俺にも分かる。

 そりゃそうだろう。

 一度断ち切れたと思われた希望の糸が、実はきわどいところで繋がってたんだから。


「しかし、必ず成し遂げることをお約束いたします。それも早急さっきゅうに。――ただ、そうなれば対抗派閥の急先鋒きゅうせんぽうであるアクセリオ・インメルバルツらの反発は必至でございます」


「うむ」


五司徒レガストーロの一人であるアクセリオは軍事部門サラト・アミリスの長であり、同じく五司徒で生体部門サラト・コルポラの長であるアーラオルド・ハンブレーウスと結託し、強力な戦闘部隊を牛耳っております。『零番隊コル・レイガ』の存在は大変心強い限りでございますが、真正面からぶつかるのは得策ではないと愚考いたします」


「まあ一小隊イシブロートゆえ五十ゴウィディアらずであるが、彼らは精鋭レミヨンだぞ? そもそもレアリウスに対抗するために設立された部隊トラプスだ。それでもか?」


「はい。こちらで把握しているだけでも、大隊バロイア規模(約五百名)に及んでおります。わたくしとしても、全面衝突で無駄な人的物的損害カルティアックを出すのは避けたいところでございます。まずは内部のことはこちらにお任せください」


「できるのか?」


「はい。少数派アズリークと言えども、わたくしとて五司徒レガストーロが一人であり、諜報部門サラト・リージェンスおさでございます。これまでも急進派に対して、ただ手をこまねいていたわけでもございません」


 カルヴァレストさんの言葉を聞いて、リューグラムさんは少し考えてから「分かった。任せる」と言った。


 どうやらこれで、四者の今後についてある程度の目処めどが立ったんじゃないかな。

 最初のとんがった空気を感じた時には、どうしたものかと不安になったけれど。


「それで、イングレイよ」

「はい」

「お前の、リューグラム家における今後の身の振り方だが」

「はい、承知しております」


 そう言うと、カルヴァレストさんは立ち上がった。

 そのまま深々と、リューグラムさんに向かって頭を下げる。


「このに及んで、家宰メナールを続けられるとは思っておりません。全てのことは、既に副家宰マルメナスであるトライヴァルトに引き継ぎを済ませてございます。これまで大変お世話になりました、御屋形様」


「いや、待て」

「……は?」


 顔を上げたカルヴァレストさんが、首を傾げる。


「とりあえず、トライヴァルトにあとを任せることについては、それでよい。レアリウスのことについては、もう片手間で出来るほどやすきことではないのだ。万全を期してやってもらわねばならぬ」


「……はい」


「改めて申し付ける。お前はレアリウスに出向・・し、責務をまっとうせよ。そのかん、リューグラム家の家宰職は一時的に・・・・副家宰のトライヴァルトに任せることとする。全てのこと・・が済んだら、一度戻るがよい。その時にもう一度お前の進退を問うこととしよう」


「かしこまりました、御屋形様」


 再び頭を深く下げるカルヴァレストさん。

 リューグラムさんの後ろにいるラーシュリウスさんのにがい表情が気になるし、俺も何となく甘い処分のような気がしないでもない。

 でも、リューグラムさんにも思うところがあっての判断なんだろう。

 部外者の俺が口を出すべき話じゃないよな。


「さて、これにてそれぞれの次の目的が決まったな。八乙女さん」

「はい」

「この後、聖会の巫女殿に会うための具体的な動きについて詰めよう」

「分かりました。お願いします」

「イングレイとも、話をより具体的にする必要があるな」

「仰せの通りでございます」


 よかった、よかった。

 これで四者会談を開いた甲斐があったってもんだ。


 ……まあ正直、ひとつだけ気になることがあるんだけどね。

 このピケでは、話によると十年前にレアリウスと望星教会エクリーゼって言う組織との間ででかいいざこざがあったらしいじゃないか。


 その後の顛末てんまつについて俺は知らないが、今回のことに関わってくるようなことはないのかな。

 あったら余計に面倒なことになりそうだから、ぜひこのまま向こうからの接触がないことを願うんだけれど――――


 コンコンコン。


 室内にノックの音が響いた。


「何だ」


 リューグラムさんがいぶかに応じる。

 すると扉が静かに開いて、男の人が部屋に入ってきた。


「お話し中申し訳ございません、御屋形様ノスト・ユーレジア

「どうしたトライヴァルト。急ぎなのか?」


 お、この人がさっき話に出てきた、副家宰だか副執事だかって人か。

 恐らく俺より年上であろうカルヴァレストさんに比べて、大分若い感じがするな。


「はい、お客様がお見えになっておりまして……」

「客だと? この時間、他の約束などなかったはずだが」

「はい、それが」


 トライヴァルトさんは、とても申し訳なさそうな表情で頭を下げつつ言った。


「望星教会の方がお見えになっております。約束はしていないが、御屋形様に大事な用件があると、強硬におっしゃっておりまして……」


 ……もしかして俺、立てちゃった?

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