第三章 第51話 四者会談 ―9―

「ユーゴ・フォンダン゠イルエス……」


 似ている。

 確かに似ているが――イルエス?

 イルエスって、何だ?


「……『イルエス家イル・イルエス』か」


 リューグラムさんがぼそりとつぶやいた。

 イルエス家?


「リューグラムさん、イルエス家って何なんでしょうか」

「ん? ……ああ、貴族ドーラだよ、の家は。ただし、少しばかり特別プラティエリィな、ね」

「特別、ですか」

「そうだ、八乙女さんはエレディールの階級社会トブラム・ランゴについて知っているかい?」


 階級社会……貴族階級のことだろうか。

 一応、大まかには理解しているつもりだけど。


「貴族の位階なら、名称を押さえているくらいです」

「そうか。イルエス家はだね、その階級構造ラクトロス・ランゴから外れた存在なんだ」

「外れた……ですか?」

「ああ。イングレイ、簡単に説明してあげてくれ」

かしこまりましたセビュート


 カルヴァレストさんは、視線を俺に戻すと口をひらいた。


「イルエス家は貴族でありますが、俟伯爵ヴァジュラミーネ(じはくしゃく)という独自の位階におります。彼らは王家ル・ロアですら持つ聖名ゼーナ・ヘレーラ(せいめい)を持たず、貴族において唯一『ゼーナ』と『アビゼーナ』だけを名乗っているのでございます」


「その、聖名せいめいと言うのは?」


「『名』と『姓』の間に置く、望星教会エクリーゼから誕生ネージェ時に贈られるものでございます。例えば我があるじ――ディアブラント・アドラス・リューグラム様――であれば、『獅子しし』を意味する『アドラス』がそれに当たります」


獅子アドラス……どうしてリューグラムさんに、その聖名が?」


「聖名は、そのイルが持つ歴史ファーデリアの中に登場する、何らかの象徴タークン的なものにちなむものでございます」


「我が聖名はだな、戦の神ラーズがかつて連れていたと言われている、白い獅子アドラスから来ているのだ。リューグラム家の祖がその獅子と伝えられているゆえ、な」


 何となく誇らしげに、自らの名の由来を語るリューグラムさん。

 自分の名前を誇りに思えるってのは、いいことだ。


「それじゃあつまり、貴族なのに聖名を持たない特別な家が、イルエス家というわけなんですね。でもどうして、イルエス家だけ聖名がないんですか?」


 すると、リューグラムさんとカルヴァレストさんが声をそろえてうなった。


「ふむ……特別だから・・・・・としか言いようがないのだよ。何しろイルエス家は、先ほどから話に出ている三種の神器レジ・アウラの一つ、『王の錫杖トリスカロア』を伝えているのだからね」


「王家でもないのに、『おう錫杖しゃくじょう』が伝わっている理由は、恐らく王家ととうのイルエス家しか知らないものと思われます――いえ、もしかしたら『七つの丘エナ・コリノア』でしたらあるいは……」


 何なに? エナ・コリノア?

 七つの丘って何だ?

 また新しい言葉が出てきたよ……。

 いろいろと知識を得られるのはありがたいんだけど、こうも蛇口じゃぐち全開で浴びせられるとこっちの処理が追い付かないよな……。


「まあ、リンデルワール凰爵じいさまなら、確かに知っているかもしれぬな。ただ、当たり前の事すぎて、この件が話題になったことなどいまだかつてないのだが。……ああ、『七つの丘エナ・コリノア』と言うのは、王家を支える最有力の貴族七家ななけを言うんだ。八乙女さんも面識のあるリンデルワール凰爵家イル・バルフォーニア・リンデルワールや、くだんのイルエス家も含まれている。詳しく説明アザルファしてもいいんだが、話がそれてしまうね」


「確かにもう少し聞きたい気持ちはありますが、おっしゃるように今はイルエス家……と言うより、その『ユーゴ・フォンダン゠イルエス』という人物のことです。コレット、その人物はどういう?」


「すみません、八乙女様ノス・ヤオトメ。その方のことは、お名前以外はほとんど知らないんです。お姉ちゃんアデラリィ(マルグレーテ・マリナレス)から、アウレリィナ様がイルエス家にいらっしゃる頃からお仕えされている方としか……」


 済まなそうな表情のコレット。


「じゃあ、その人に会ったことも?」

「ないです、残念ながら。って言うか私、イルエス家のある『王の騎士領ヴァシャルドノヴォロア』に行ったことすらありませんから」


 ヴァシャルドノヴォロア……王様の騎士って名前の領地か、都市の名か。

 やっぱり行く必要がある、んだろうな。


「しかし八乙女さん。その『ユーゴ・フォンダン゠イルエス』と言う人物が、君たちをこのエレディールに転移させたと言うのは、本当なのか?」


「はい。と言っても、私自身で確かめたわけではなく、アウレリィナさんがそう話しているのを聞いただけなんですけどね」


「ふうむ……」


 何やら思案顔のリューグラムさんだが……何か問題があるのだろうか?


「いや、私も魔法ギームについては人並みの知識シグレッドしかないのだが、多くの人間を周囲の建物コンストラットごと転移させるほどの大規模な魔法は……少々考えにくいと言わざるを得ないのだ」


 腕を組みながら話を続けるリューグラムさん。


「少なくともそんなことが出来る人間がいるとすれば、その存在が耳に入らぬわけがないのだよ。例えこのような辺境リモス小さな貴族アルマドーラである私でもね。それがイルエス家の人間であると言うのなら、なおさらだ」


「はあ……」


「とは言え、アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナが何の根拠バゾスもなくそのようなことを口にするはずもなし。これは一体、どう考えるべきなのだろうな」


 俺も、あの録音データでアウレリィナさんが口から出まかせを言っていたとはとても思えない。

 それに……今、ひとつの疑問がけたような気がした。


 アウレリィナさんは、かつて校長先生と話した時、日本語・・・を使っていた。

 もし、『ユーゴ・フォンダン゠イルエス』が『ほんだゆうご』だとすれば――――もしかして、彼女は彼から日本語を習っていたんじゃないだろうか。


 アウレリィナさんが『ユーゴ・フォンダン゠イルエス』に仕えていたと言うのなら、その可能性は高い――いや、そうとしか考えられないだろ。

 ほかに彼女が、日本語に触れるどんな機会があるって言うんだ?


 まあそうだとしても、日本人であるはずの「ほんだゆうご」がどうしてイルエス家の姓を名乗っているのか、その辺の関係性は全く分からないけどさ。


「その人物がイルエスを名乗っているのなら、ヴァルクス家と言う方向性ノルディアはあながち間違いではないだろう。何しろあの家はイルエス家との関係ハルマーナが深い。『ユーゴ・フォンダン゠イルエス』の情報が得られる可能性は、非常に高いと言える」


「やっぱりそうですよね……」


「ただな、八乙女さん。さっきも言ったように、あなたたちを転移メルタースさせた魔法ギーム――でいいのかな?――一人ひとりで行使したとはどうしても思えないのだ。かと言って、人数を集めれば出来ると言う問題でもない。何かの補助トロアがあったとしても……」


「そこは、三種の神器レジ・アウラのひとつをイルエス家が伝えていることを考えれば、『王の錫杖トリスカロア』を使用したのではないでしょうか」


 合いの手を入れたカルヴァレストさんに、リューグラムさんは首を横に振る。


「『おう錫杖しゃくじょう』のルカは、『遠見ウリティク(とおみ)』だ。語感から考えて、転移を強制するような力はないはずだ。むしろ『流月フラグゼルナ』の『輸りアンヴォリク(おくり)』や、『花冠ネッカーリント』の『遷しデプレーク(うつし)』という力の方が、より近いように思える」


 なるほど……。

 でも、それでも、俺は「ほんだゆうご」に会いたい。

 会って、元の世界に戻る方法を聞き出したい。


 それと……俺たちを転移させたことについて、うらごとのひとつも言ってやりたい。

 彼に同情できる部分は、なくもない。

 でも、転移さえさせられなければ、朝霧校長が命を落とすようなことも……なかったはずなんだ。


「そういうわけで、八乙女さん。これは私からの提案イラドークなのだが、ヴァルクス家へ向かう前に、こちらでやり残したことを済ませた方がいいように思う」


「やり残したこと、ですか?」


 何かあったか?


「より確実なゼノベイト情報フィルロスを得るためにも、あなたはある人物ヴィルに会うべきだろう」


「ある人物、とは?」


「――――巫女ヴィルグリィナだ」

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