第三章 第50話 四者会談 ―8―

「……御屋形様ノスト・ユーレジアおっしゃる通りでございます、八乙女様ノスト・ヤオトメ


 何かを諦めたような口調で、カルヴァレストさんが言葉を絞り出した。

 どうして、こんなに言いにくそうな感じなんだろうか。


三種の神器レジ・アウラのひとつである『花冠ネッカーリント(かかん)』を、現在レアリウスが所持しております」

「へえ、単なる神話上のものじゃなくて、ちゃんと実在してるんですね」

「ええ……」


 ……何か変な雰囲気だな。

 カルヴァレストさんの様子が、何と言うか……変だ。


「イングレイが何故なにゆえ、かくも煮え切らないような態度ジェラーロでいるのか、不思議エトラノスでならないと言いたげだね、八乙女さんノス・ヤオトメ


「はい、何か理由でもあるんですか?」

「それはだな」


 リューグラムさんは、ちらとカルヴァレストさんを一瞥いちべつしてから続けた。


「――レアリウスは、『花冠ネッカーリント』の正当なシュルス持ち主ジェイブではないのだよ」

「え?」


 どういうことだ?

 落ちてたのを拾ったとか? ――いやいや、そんな馬鹿な。


「八乙女様。『花冠ネッカーリント』は、本来の持ち主からレアリウスがかつて――強奪ラボナルしたものなのでございます」


「ええ!? 強奪って……奪い取ったってことですか?」

「その通りでございます。それもやはり、十年前に起きた望星教会エクリーゼとのいざこざが原因オルゾークなのです」


 視線を落としながら告白する、カルヴァレストさん。


「先述した研究キムスの行き詰まりと、望星教会の脅威ミナコスを重大視したレアリウスは、事態を打開するためにあらゆる方法ミトロスを模索しました。その一つに、三種の神器レジ・アウラの入手というものがあったのでございます」


「一般には知られていないが、『王の錫杖トリスカロア』の行方ゆくえははっきりしているのだよ。残りの二つについては謎に包まれていたが、何故なぜかレアリウスは『花冠ネッカーリント』の場所については、初めから知っていたようだな」


 カルヴァレストさんの話を補足する形で、リューグラムさんが言葉を添える。

 ってことは、最後の『流月フラグゼルナ』とやらのは分かっていないのかな。


もちろんでございますビ・ネーブレ。レアリウスは、聖会イルヘレーラより分かたれ生まれましたゆえ

「そういうことだ、八乙女さん。レアリウスは、例の聖会から『花冠ネッカーリント』を奪い取ったのだよ」

「なるほど……」


 そうか。

 元々聖会のいち部門だったのなら、そこに『花冠ネッカーリント』が伝わっていたことも当然、知っていたってことだ。

 カルヴァレストさんが変な空気を出してたのは、後ろめたいからか?

 『花冠ネッカーリント』がどうして聖会に伝わっていたのか、気になるところだけど……。


 ――問題はその、今はレアリウスにあるという『花冠ネッカーリント』を、俺にくれるか、少なくとも貸し出してくれるかどうかってことだな。


 普通に考えて、そんな伝説的なものをおいそれと渡してくれるわけはないだろう。

 わざわざ強奪してまで入手したものなら、なおさらだ。


「イングレイよ。結局のところ、『花冠ネッカーリント』を強引に手にすることで、レアリウスとして何らかの成果サーヴァトスは上がったのか?」

「いえ、それが」


 小さく首を横に振るカルヴァレストさん。


「込められていると伝えられている『遷しデプレーク(うつし)』のルカ発現エスプリーモはおろか、それがどういうものなのかさえ全く分かっておりません。判明したのは、手にした者の魔素認識力ギオ・グニティカが、わずかばかり上昇したという事実だけでございます」


「それはそうであろうよ、イングレイ」


 リューグラムさんは薄く笑って、言った。


三種の神器レジ・アウラにはな、ドミニア(あるじ)が登録スクレインされているのだそうだ。そうでない者が手にしたところで、がらくたザボーラ以上の価値メリトスはないとな」


「やはりそうでしたか……。レアリウスでも、そのようなことではないかと言う仮説ポテシアにたどり着いております」


「もっと言えばな、イングレイよ。神器じんぎドミニアを変えることは可能エヴレークだが、それにはあるじ自らが、新しき主となる者に、その意志インティアってさずける必要があるらしいぞ」


「何と……そこまで詳細ゼータスが分かっているということは――」

「そうさ」


 にやりと笑う、リューグラムさん。


「もちろん、『花冠ネッカーリント』の正当な主・・・・から聞いたのだよ」

「……先日、当屋敷を訪れたお客様クリエでございますね?」

「ああ」


 リューグラムさんはそう答えると、目をつぶった。

 何かを思い出しているかのような、表情だ。


    ※※※


「それでは、その『花冠ネッカーリント』の正当な持ち主があなたと言うことなのですか? 巫女殿ノスト・ヴィルグリィナ


「そうです。聖会イルヘレーラ保管マイエールしていたものを、レアリウスの者どもが奪い去ったのです」


「何と……」


 それは、十日ほど前。

 聖会の巫女ことウルティナが二人の騎士ヴァシャルドのみを連れて、リューグラム家イル・リューグラムを訪れていた時の場面ラハークである。


イルエス家イル・イルエスに『王の錫杖トリスカロア』が伝わっていることから、ほか神器じんぎ実在レアロータささやかれてはいましたが……ちなみに、『流月フラグゼルナ』の行方もご存知とか?」


「……確証はありませんが、推測はしております」

「やはりあるのですね。それは今、どこに?」


 リューグラムの問いに、ウルティナは首を横に振る。


「恐らく、地上・・にはありません。それ以上のことは、今はご勘弁願います」


「わ、分かりました。しかし、けしからんのはレアリウスですね。何故なにゆえ、そのような暴挙インディラードを働いたのか」


「彼らの目的ヘルブルーアは、大体だいたい察しております。その兆候シグノスを察知したゆえ、わたくしたちはわざわざ『花冠ネッカーリント』の移設をおこなうと言う情報フィルロスを流し、えて移送途中をレアリウスに襲わせたのです」


「な、何故そのようなことを!?」


 思わずで驚くリューグラムに、ウルティナは小さく微笑ほほえみかける。


「聖会を荒らされたくなかったからです。どのみち、ドミニアでもない者が手にしたとて何の役にも立ちませんし、あるじであるわたくしには、そのを常に感知することが出来ますので」


「しかし、やけを起こしてレアリウスが破壊するといった恐れもあるのでは?」


「その心配もありません。三種の神器レジ・アウラはどんな手段をもってしても、傷ひとつつけることあたわないのです。その存在に干渉できない、と言った方が正確かも知れませんね。もちろん、持ち運びは出来ますが。リューグラム弾爵ラファイラ・リューグラムは、三種の神器レジ・アウラがどのような経緯フォノロアでわたくしたちエレディールの者が手にするに至ったのか、ご存知ですか?」


「え? それは……イナから下賜かしされたのでは?」


 ウルティナは再び微笑んだ。

 今度は、ちょっと悪戯いたずらごころのようなものがにじむ笑みだった。


「エレディールの南東セレータアヴァントに浮かぶ、メリディオ島アイ・メリディオ。その手前に、もう少し小さなアイがあるのはご存知ですね?」


「え、あ、はい。モーラ島アイ・モーラのことですね?」


「ええ。三種の神器レジ・アウラは、そのモーラ島にある『黒き丘コリノア・ヴァーティ』と呼ばれる場所の地中・・から偶然、発見されたとのことですよ。……およそディヴ三万年・・・ほど前に、傷どころか汚れひとつない状態で――――――」


    ※※※


 リューグラムさんが、突然ひたいに手をやり、軽く頭を振り始めた。

 一体、何を考えていたんだろう。

 そんな弾爵様は、大きくため息をひとつくと俺の方を見て言った。


「そんなわけで、八乙女さん。あなたが三種の神器レジ・アウラを集めればもしかしたら……という情報なのだが、どうかな?」


ありがとうございますメタ・マロース。ですが正直言って、途方もない話です。私にそれらを集めきれる力があるとは到底思えませんし、どれほどの時間がかかるものか、想像もつきません」


「まあ、そうだろうね」


 リューグラムさんは、予想外に軽く応じた。

 きっと彼自身、相当無理筋な話だと分かっているんだろう。


「とは言っても、別の世界ソリス・アーネンに移動するということ自体が、困難極まるものだと思うがね。ヴァルクス家に向かうことで、何か分かればいいのだろうが……当てがあるのかな?」


「少なくとも、私たちがエレディールに転移させられたのは、ある人物の手によるものだと言うことは分かっています」


「ふむ……ならばその人物ヴィルならば、もう一度同じことが出来る可能性エヴレコスがある、というわけか――ん? もしかしてそれは……」


 さすがにリューグラムさんは察しがいいな。


「そうです。先ほど私が情報を求めた人物――『ゆうご・ほんだ』が、私たちを日本からエレディールに転移させた張本人なんです。私はヴァルクス家で、彼の情報が得られるんじゃないかという希望を持っています」


 すると、ずっと黙って話を聞いていたコレットの肩が、ぴくりと揺れたのが視界のはしに映った。

 そう言えばさっきも、彼の名前を挙げた時に「あ」とか言ってたな……。


「コレット、もしかして君、『ゆうご・ほんだ』について何か知ってるのか?」

「え? あの、えーと……」


 口ごもるコレット。

 しかし、「知らない」と言わない辺り、何か隠しているのか?


「あのですね、八乙女様ノス・ヤオトメ。もしかしたら人違いかも知れないんですけど、何だかそのお名前ゼーナに聞き覚えがあるような気がしてるんです」


「本当なのか?」

「はい……ただ、そのまんまじゃなくて……ちょっと違うって言うか」

「何て人なんだ? 言ってみてくれ」


 何てこった。

 こんな身近に、もしかしたらヒントが転がってたなんて。


「私たちがつかえているかたが、アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクス様だということはお話ししましたよね?」

「ああ」

「そのアウレリィナ様が、さらにお仕えしている方がいまして……」

「その人がそうなのか? 何て名前なんだ?」

「えーと……」


 おい、じれったいぞ!


「その方のお名前は――――ユーゴ・フォンダン゠イルエス」

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