第三章 第49話 四者会談 ―7―

 とりあえず、ひと通りの言うべきことは言い切った感じのカルヴァレストさん。

 あとはあるじであるリューグラムさんの返事待ちというところか。


 いろいろと混乱しつつも、当初ユーリコレットたちから聞いていたレアリウスの印象は、俺的には大分変わったように感じている。


 俺たちの命を狙っていたオズワルコスさんの手の者ってのは、つまるところレアリウスの中の急進派と言うか、荒事あらごと上等みたいな派閥の奴らだったわけだ。

 そいつらがどういうわけか鏡先生と繋がって、彼の依頼で俺たちを消そうとしたのだろう――口封じのために。


 今後、俺たちの身の安全が保障されるかどうかは、リューグラムさんの答えにかかっていると言えるわけだが、さて。


「レアリウスの内訌ないこうに首を突っ込めと言うのか、イングレイ」

有体ありていに言えば、そのようになります」

「……ひとつ、大きな疑念ドゥビラがある」

「何でございましょうか」


 大きな咳払いをしてから、リューグラムさんは続けた。


「仮に私が、お前たちの派閥バンドゥに手を貸したとして、本当に合一ミラン・イース阻止マリハーヴすることが出来るのか?」

「と、仰いますと……」


「新たに得た『デンキ』の知識シグレッド技術ロジカってすれば、行き詰まっている『反祖王アヴァロア・レーヴ』とやらの研究キムスが大いに進むと言ったな?」


「はい、その可能性エヴレコス非常にメタ大きいバルマと」


「はっきり言うが、可能性だけではダメなのだ。お前の話によれば、合一にともなう被害がどれほどのものになるか、想像もつかないと言う。私も領民マルカの命をそのような危険リオスカさらすべきではないと思うが、単なる希望的観測に賭けることもまた、同じほどの愚行だ」


「それは、確かに……」


「それに、だ。仮にお前たちが取り組んでいることが、実際に合一を阻止しることだったとしよう。だとしても――――間に合うのか?」


 珍しいことに、カルヴァレストさんが黙り込む。

 リューグラムさんが指摘したのと同じことを、俺だって何となく思っていた。

 ここまで見てきて、カルヴァレストさんほど理知的で能力のある人が、そこに気付いていないわけがないだろう。


「私はな、イングレイよ。その、遥かな昔に聖会イルヘレーラを設立し、レアリウスという部門サラトを立ち上げたあるお方・・・・とやらが、最終的に合一阻止が不可能イネヴレークであると判断した理由カラーナが気になるのだ。お前はそれを知っているのか?」


「いえ……残念ながら存じ上げません。それについては伝わっておりませぬがゆえ

「ならば尚更なおさら、どちらにかたむくか分からぬ天秤エクヴィーブルに一点賭けするわけにはゆかん」


 厳しい表情で言い渡すリューグラムさん。

 カルヴァレストさんは、黙ったままだ。


 俺は……どう考えたらいいんだろうか。

 元の世界へ帰るためには、合一ってのが起こった方が多分都合がいいはずだ。

 まあ、どうやってここから日本へたどり着くかって問題はあるけど。


 でも、合一が起きた結果、どんなことが起こるか分からないと言われると、な。

 カルヴァレストさんは、要するに「地ががれた」時と同じような現象になる可能性があるって言った。

 その時の様子は、例の神話によれば、


 ――建物は廃墟はいきょとなり、田畑でんばたは荒れ地と化しました。

 ――海原うなばらを行きう船も、市都しと村邑そんゆうつなみちえ果てました。


 ……だとか。

 そんなことが再びエレディールに、そしてもしかしたら日本にも起こるかも知れないなんて、冗談じゃない。

 合一なんて、起こってもらっちゃ困る。

 そう言う意味で、カルヴァレストさんの主張することに肩入れしたくなるよな。


 反面、合一を阻止することは出来ないって話もあるんだ。

 合一が自然現象なのかどうなのか、俺には判断がつかないけれど、少なくとも台風とか地震みたいな自然災害みたいなものだとすれば、とても人の身で何とか出来るものじゃないって考えるほうが納得がいく。


 ……日本に帰るための情報収集のつもりで参加したけれど、何だかどえらい問題に巻き込まれてしまった気がする。

 いや、どのみち彼らの言うことが本当なら、いずれ世界中の人たちが巻き込まれてしまう話と言うべきか。


 ……困った。


 リューグラムさんはもカルヴァレストさんも、黙ったまま。

 俺は俺で考えがまとまらず、発する言葉もない。


 そして、二十秒ほど何とも重苦しい空気に包まれたままだったところに、不意にリューグラムさんが口をひらいた。


ところでビジバース八乙女さんノス・ヤオトメ

「え、あ、はい」

「私とイングレイの話ばかりになってしまって、申し訳ない」

「いえ、大事なお話ですから」

「八乙女さんたちは、オーゼリアのヴァルクス家に無事にたどり着くことが目的ヘルブルーアだと言っていたね」

「はい、そうです」

「そして、それはニホンへ帰る方法についての情報フィルロスを集めるため、だね?」

「はい」


 空気を変える為か、俺への気遣いか、リューグラムさんから俺たちのことについて話題を振ってくれた。


「ヴァルクス家の件とは別に、もしかしたら元の世界へ帰る方法について、手掛かりとなり得る情報があるのだが……聞きたいかね」


「え、それはもちろん」


 マジか。


「ひとつ断っておくと、手掛かりと言ってもとてもか細く・・・、相当に迂遠うえんであり、なおかつエ・タームある意味オブラクをつかむような話なのだが……それでもかい?」


 ……何だか、やけにもったいぶるな。

 と言うか、そんなにふわふわした話なのか?

 それでも今は、ひとつでも多くの情報が欲しいんだから、答えは決まってるよな。


「聞かせてもらいたいです」

「よかろう。イングレイ」

「……」

「イングレイ?」

「……はっ、何でございましょう」


 突然呼ばれて、さすがのカルヴァレストさんも驚いている。

 まあ、無理もないけどね。


「先ほど話題にのぼった望星教会エクリーゼ神話ミオタソイル、他の部分もそらんじることは出来るか?」

「はい、もちろんでございます」

「ならば……」


 少し斜め上を向いて、何かを思い出そうとするリューグラムさん。

 思い当たることがあったのか、ひとつ手を叩いてカルヴァレストさんに言った。


継承リーアのくだりだ。ミラドが父なるイナであるギードスより、主神の座トロノスノヴォクリィナを継承される場面ラハークについてしょうしてみるがよい」


「かしこまりました。ただひとつ、申し上げてよろしいでしょうか?」

「ん? 何だ?」

「父なる神ギードスと言うのは、誤って伝えられた御名ミゼーナでございます。正しくは……『グィード』と」

「何だと?」


 しかしカルヴァレストさんはもう答えず、リューグラムさんに指示された部分の神話を暗誦し始めた。


 ――ある日、襤褸ぼろまとった一柱ひとはしら男神おがみが天界を訪れました。

 ――ミラドは彼を一目ひとめ見て、それが父である『グィード・・・・』だと看破かんぱしました。

 ――父よ、われはあなたのいない間、ずっとお守りしておりました。

 ――そう言って主神のくらりようとするミラドを押しとどめて、『グィード・・・・』が言いました。

 ――すでにそなたのもの。

 ――我は去り、そなたたちをこれから見守るゆえ天地あめつちのことはよろしく頼むと。

 ――『グィード・・・・』はミラドに、つの神器じんぎいちである王の錫杖トリスカロアを渡そうとしました。

 ――しかし、ミラドはゆっくりと首を横に振って言いました。

 ――は我らにはぎたる力。

 ――もし我らがあやまてる時にはて我らをただたまえと。

 ――首肯しゅこうした父『グィード・・・・』は、彼の子たちにそれぞれ祝福を与えると、天界の一隅いちぐうに小さないおりを結び、子らを、引いては天界と地上を永久とこしえに見守ることにしました。

 ――しかし、『グィード・・・・』の長女であるウ…………


「そこまででよい。八乙女さん、聞いていたかね?」

「あ、はい」


 ここで神話を聞かされる意図いとが分からず、俺は曖昧あいまいに返事をした。


「今イングレイがしょうした中に、『三つの神器レジ・アウラ』という言葉ヴェルディスがあったのに気付いたかな?」

「えーと、言われてみればそんな気も……」

「……!」


 ここで、何故なぜかカルヴァレストさんが大きく目を見開いた。


「その、三つの神器の一つである『王の錫杖トリスカロア』と言うものを、ギードス――いや、グィードだったか――は、息子であるミラドに渡そうとした。しかし、それをミラドは固辞したのだが」


「はあ……」


「三つの神器と言うからには、あと二つあると言うのは、分かるね?」

「ええ、確かに……」


 まあ日本にも偶然、三種の神器みくさのかむたからってものがあって、えーっと、八咫鏡やたのかがみ尺瓊勾玉やさかにのまがたま、そして草薙剣くさなぎのつるぎだったかな。

 それぞれ今でもちゃんと保存されて伝わっているらしいんだけど、そういうたぐいのものがエレディールにもあるってことか。


 ……ん?

 まさか……


三つの神器レジ・アウラとは、『王の錫杖トリスカロア』『流月フラグゼルナ』『花冠ネッカーリント』のことを言う。そしてそれぞれ、『遠見ウリティク(とおみ)』『輸りアンヴォリク(おくり)』『遷しデプレーク(うつし)』という力を持っていると伝えられているのだ」


「はあ……」


「そして、三つ全てを集めると、『大いなる力ルカ・アルファール』を手にすることが出来るらしい」


 やっぱり。

 マンガやゲームにある、特別な力を持ったアイテム集めみたいな感じか。

 まあ情報と言えば情報だけど、あまりに現実離れしているとしか言いようがない。


「しかし、それは神話なんですよね?」

「そうだ。残念ながら、ただの神話に過ぎん――と言いたいところだが」


 そこでリューグラムさんは、カルヴァレストさんに視線を移した。


「先日得た情報によると、ある場所・・・・三つの神器レジ・アウラの一つが保管されているらしいのだ。なあ、イングレイよ」

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