第三章 第44話 四者会談 ―2―

 会談の中身がとりとめのないものになってしまうことを防ぐために、リューグラムさんの提案で、まず四者それぞれが目的としていることを出し合うことになった。


 で、まず最初に誰が口火を切るのかと言うことだが……。


    ◇


「差し支えございませんようでしたら、まずわたくしからよろしいでしょうか。先ほど御屋形様ノスト・ユーレジアおおせられた通り、そもそもこの会談を最初に願った者ですので」


「いいだろう。続けろ」


 あるじであるリューグラムさんの許可が出たことで、カルヴァレストさんが最初に、自分が求めることを明かすことになった。

 まあ俺としても、特に異論はない。

 ただ、この人はさっきメガトン級のやつをぶん投げてきたからな……変に狼狽うろたえないように心の準備をしておこう。


「ありがとうございます。端的に申し上げれば、わたくしが望むことは『レアリウスの安寧トラヴィリオ存続ポスヴィダード』でございます」


「……」

「……」


 うは。

 リューグラムさんと後ろのラーシュリウスさん、あとコレットの殺気が怖い……。

 まあ、カルヴァレストさんの立場から考えれば、特に変なことを言っている訳じゃないと思うんだけど、リューグラムさんたちからしたら正面からケンカを売られたような感じだろうな。

 それほどの覚悟をしてやってきたとも言えるのか?


 不穏な雰囲気をまとわせつつも、リューグラムさんは特に何も言わず、とりあえず話を先に進めることを選んだようだ。


「ではセクヴァ、私が述べよう。リューグラム家イル・リューグラムが求めるのは、『レアルコスの無力化センカプリージもしくは殲滅サントピエナ』だ」


 ……ちょっと難しい言葉が飛び交っているけど、意味は何となく分かる。

 リューグラムさん、真っこうからカルヴァレストさんの要求を認めない、と言うかつぶそうと思ってるらしいな。

 カルヴァレストさん、表情は特に何の変化も見られないけれど、どんな気持ちなんだろうか。


「次……八乙女さんノス・ヤオトメ、どうだね?」


「あ、はい。えーと、私と瑠奈が求めるのは、無事にオーゼリアにあるヴァルクス家にたどり着くことです。そのための障害になるものを排除してもらえれば一番いいのですが、それが無理なら障害をものともしない防衛力を望みます」


 隣に座るコレットの身体がぴくりと揺れたのが、分かった。

 俺が言ったことは要するに、彼女たちの戦力だけじゃ足りないって明言したのに等しい内容なのだ。


 もちろん、コレットたちには心の底から感謝している。

 しかし、ヴェンデレイオが大怪我を負って離脱している現状、前回と同じくらいの規模で敵が襲ってきたら、もしあの灰色の男のような極めて強力な奴がやってきたら、責任の全てをコレット一人に任せるのは酷と言うものだろう。


 このことは一応、ここの来るまでの馬車の中で話しているし、コレットも了解していることなんだけど、こうして改めて公の場で言われると無反応ではいられないんだろうな。

 コレット、すまん。


「ふむ……それだけか? 八乙女さん」

「……とおっしゃいますと?」

「いや、私もあなた方ニホンジンとはえんがあって、それなりに交流していたから思うのだが……あなたも含めてニホンジンの皆は、何と言うか、生き方・・・を決めたのだろうかと」

「それは……」


 ……言葉に詰まってしまった。

 リューグラムさんが言いたいことは、分かる。

 このエレディールに根を下ろすのか?

 元の世界に帰る方法を知りたくないのか、みたいなことだろう。

 そこに関しては、別に悩むこともない。

 そもそもヴァルクス家に向かう目的が、その情報を得に行くことなんだから。


 俺が引っ掛かってしまったのは、「ニホンジン」という主語に対してなんだ。

 例えば首尾よく、未来の俺が元の世界に行く方法を見つけ出したとしよう。

 そうしたら……どうするんだ?


 俺は――――追放されたんだが・・・・・・・・……。


「八乙女さん」


 この思考が頭に浮かんだ段階で、俺は共に転移してきた仲間たちを分けていることに気が付いてしまった。


 前にどこかでも言ったような気がするが、俺は決して聖人君子って訳じゃない。

 だからなのか、彼らのことを考えた時に、一番最初に浮かんだのは黒瀬くろせ先生や瓜生うりゅう先生、そして子どもたちの顔だった。


 それと、傷つけたまま別れることになってしまった、山吹やまぶき先生。

 ……元気を取り戻してくれているだろうか。


 次に浮かんだのは、鏡先生たちに必死に抗弁してくれていた教頭先生の顔。


 そして……最後はかがみ先生や壬生みぶ先生、あとは純一じゅんいちさんたち、妙に顔色の悪かった英美里えみりさんの表情なんだ。

 あとの人たちは――


「おや? 八乙女さん?」


 あの、職員室が軍事法廷のように変容した裁きの場面で、俺は正直いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになっていたし、誰がどの案に挙手したのかを絶対に忘れないぞと、まばたきすらせずに皆の顔を凝視してもいた。


 かと言って、もし帰る方法が分かった時、その時の俺の感情を何らかの形で影響させていいものか……?

 いや、よくはないだろう。

 いろいろあったが、元は一緒に転移に巻き込まれた仲間なのだ。

 でも――……ん?


 気が付くと、瑠奈るなが俺の服のそでをくいくいと引っ張っていた。

 はっとして上げた俺の顔を、皆が不安そうに見ていることに気付く。

 ヤバい。


大丈夫かねユニタオーナ? 八乙女さん」

「あ、いや、その、すみませんでしたメタ・パルダーノ。ちょっといろいろ考え込んでしまっただけですので……」


 俺はあわてて、リューグラムさんたちに頭を下げた。

 話し合いの最中に自分の思考に沈んでしまうという俺の悪い癖に対して、リューグラムさんもラーシュリウスさんも、そしてカルヴァレストさんもそしてコレットも、不快さを欠片かけらも表情に出していない。

 少なくとも表面上は、俺のことを心配してくれているように見える彼らに、俺は心底申し訳なさを覚えてしまった。


 なので、俺はこう続けた。


「リューグラムさんがお気遣いくださったように、私たち日本人は恐らく全員、元いた世界に帰りたいという願いを持っています。私がオーゼリアに向かうのも、そのために必要かもしれない情報を入手するためです。ですから、究極的に言えば私たちの望みは『日本への帰還』と言えるでしょう」


「ふむ」

「そして、そのことに関係して、ある人物の情報も求めています」

「ある人物とは? その名を明かすことは出来るのかい?」


「はい。『ほんだゆうご』です。日本では姓+名の順番で名乗りますので、エレディールこちらふうにすれば『ゆうご・ほんだ』って感じでしょうか」


「ユウゴ・ホンダ……語感から察するに、その人物もニホンジンだね?」

「はい、そうです」

「……あ」


 その時、隣りのコレットが小さな声を上げた。


「私はあいにくその名に心当たりはないが、覚えておこう」

「ありがとうございます」

「そして最後にマリナレスさんアルナ・マリナレス。二人の護衛レスコール情報収集スビルカ・フィルロスというあなたの目的は先ほど聞いたが、それ以外に何かあるかね?」


 どうやらコレットの声はリューグラムさんには聞こえなかったようで、彼女に話の続きをうながす。


「あ、えーと、ないです」

「そうか、分かった」


 返事をしたコレットは、何かを考え込むような様子。

 リューグラムさんは椅子に座り直すと、改めて俺たちを見回して言った。


「まずはこれで、四者タスヴィルの要求は出揃ったわけだ。そして……少なくとも私とイングレイのそれは正面から対立するものだと分かった。となると――」


 鋭い視線でカルヴァレストさんを見据えるリューグラムさん。

 対するカルヴァレストさんの方も、柔らかながらも毅然きぜんとした表情であるじの向けているものを受け止めている。


「八乙女さんたちが追われているということを考えると、私たちに共通するものはやはり『レアリウス』だ。幸か不幸か、ちょうどここに幹部エクゼドがいると言うのなら、まずはレアリウスについての正確な情報を提供してもらおうと思うが、どうだろう」


 コレットの態度も気になるが、リューグラムさんの若干とげのある物言いに何となく不安を覚えてしまう。

 しかし、何を話すについても大事なのは正確な情報だとは、俺も思う。


 カルヴァレストさんはあるじの態度に当然気付いているだろうが、素直に「かしこまりましたセビュート」と言って応じると、謎に包まれたレアリウスという組織についての説明を始めるのだった。

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