第三章 第43話 四者会談 ―1―

 俺と瑠奈るな、そしてコレットが領主屋敷のある一室に案内されたあと、しばらくしてからこの屋敷のあるじであるリューグラムさんと従者のラーシュリウスさん、そしてカルヴァレストさんの三人が入ってきた。


久しぶりだねアスパル・ド・ヴィダス八乙女さんノスト・ヤオトメ久我さんアルナ・クガそして初めましてオーナ・アレスタータウマリナレスさんアルナ・マリナレス領主屋敷へようこそオナヴェーニャ・サヴァータ・ゼーレユーレジア


 そんなリューグラムさんの挨拶から、四者会談はとうとう始まったのだ。


    ◇


 たったの六人が使うには少し広すぎる、とても豪奢ごうしゃな調度品の数々に囲まれた部屋の中に俺たちは座っている。


 まず、いわゆるお誕生日席に領主であるリューグラムさんが座り、彼の後ろに従者

であるラーシュリウスさんが守護神のごとく立っている。

 場所的にも立場的にも、リューグラムさんがホスト役ってことでいいのかな?


 で、こちら側の長いソファにはまず俺、瑠奈、そしてコレットの順番だ。

 コレットは最初、護衛だから俺たちの後ろに立つと言っていたのだけれど、どうやら彼女は彼女なりの立場で参加していると捉えられているらしくて、座るように勧められたのだ。


 そして、俺たちの反対側のソファに、カルヴァレストさんがただ一人だけでぽつんと腰かけている……何か変な感じだよな?

 一応ちゃんと紹介されたところによれば、やっぱり俺の思った通りカルヴァレストさんはここ、リューグラム家の執事メナールらしい。

 なお、メナールと言う言葉を執事しつじとするか家宰かさいと訳すか、厳密に言えば違いはあるらしいけれど、俺は「執事」で行こうと思っている。


 ちなみに、六人・・いても四者・・会談。

 リューグラムさん+ラーシュリウスさん、俺と瑠奈、コレット、そしてカルヴァレストさんと言う、四つの立場だからね。

 こういうのが、日本語は面白いし難しいと思うところだな。


「さて、今日はこうして皆さんタ・オーラに集まってもらったわけだが……実を言えば、集めたのは私ではないのだ」

「え?」


 どういうことだ?

 リューグラムさんが、俺たちに話を聞きたいと言うことで集められたのでは?

 俺は思わずカルヴァレストさんを見た。


御屋形様ノスト・ユーレジアの仰る通りでございます。本日、会談パロラードの場をもうけていただくようお願い申し上げたのは、このわたくしです。八乙女様ノスト・ヤオトメ久我様アルナ・クガ、そしてマリナレス様アルナ・マリナレスたばかるような真似をしてお招きしたこと、心よりお詫び申し上げます」


 カルヴァレストさんは立ち上がると神妙にそう言って、深々と頭を下げた。

 俺たち三人は思わず顔を見合わせてしまう。

 あれこれ心構えをしてきたつもりだったけれど、何と言うか、思わぬ先制パンチを喰らってしまった気分だ。


 ……いやでもしかし、そう簡単にぶれるわけにもいかないよな。

 俺には俺の目論見もくろみがあって、ここにいるんだからさ。


「顔を上げてください、カルヴァレストさん。あなたには窮地を救っていただきましたし、この会談はきっと私たちにとっても意味のあるものになるはずなんです。むしろ、こちらからお礼を言わなければならないくらいです」


「八乙女さんの言う通りだ。せっかく集まったのだから、せめて実のあるものにすべきだろう。そう言うわけで」


 リューグラムさんは俺の台詞を引き取り、話し合いの推進力とした。


「イングレイ。お前が大切な話があるということなのだから、まずはそちらから聞こうじゃないか」

かしこまりましたセビュート。少し長くなるかと思いますが、ご容赦くださいませ」


 頭を上げたカルヴァレストさんは、再び席に着いた。

 そして、


「まず最初に。わたくし、イングレイ・カルヴァレストは――――レアリウス祖の地よとこしえにに所属しておりますことをここに告白アイトルーザいたします」


「なっ!!」

「ええっ!!」


 おいおいおいおい、おい! おい!!

 今、何て言った!?


 コレットは立ち上がって何だか構えてるし、ラーシュリウスさんなんか腰のつるぎに手をかけてるぞ!?


「……イングレイよ。リューグラム家イル・リューグラムに身を置く立場の者として、その発言が意味するところをきちんと理解しているのだろうな」

もちろんでございますビ・ネーブレ御屋形おやかた様」


 リューグラムさんは、少なくとも表向きは冷静さを保っているみたいだけど、ひじ掛けを握っている手がすごい筋張すじばってる。


「ふむ。それならとりあえず話を先に進めるがよい。マリナレスさん、お気持ちは察するがとりあえず座ってほしい。ラーシュもだ」

「……分かりましたリ・ベーネ

「はっ」


 たった今、特大の爆弾をぶち込んでくれたカルヴァレストさんだが、何を考えているのか、その表情からは読み取ることが出来ない。

 この告白が、彼の身を危うくすることは間違いないし、当然それを分かった上で発言したんだろうけれど……何をしたいのだろうか、この人は。


「本来ならもっと早くにお話しすべきでした。しかし十年前の事件以降、状況があまりに複雑になり過ぎたことで、簡単に口にのぼせられる話ではなくなってしまったのでございます」

「十年前の……例の望星教会エクリーゼとの大規模な対立のことか」

「はい」


 カルヴァレストさんは大きくうなずいた。


「あの一連の抗争リクトライブによって、レアリウスは岐路カドゥリウムに立たされることに相成あいなりました」

「岐路?」

「そうでございます。そしてその結果、二つに割れることになったのです」


 そこで何を思ったか、カレヴァレストさんは俺たちの方を見据えて続けた。


「そして、そちらのニホンジンの方々かたがたが命を狙われるような事態になったのも、遠因はそこにあるのでございます」

「ええっ!?」


 ど、どういうことだ?

 俺が命を狙われてるのって、転移の秘密がらみじゃないのか?

 その秘密に、鏡先生が関わってるのを俺が知ってるからだと思ってたんだが。


「それは本当なんですか? カルヴァレストさん」

「残念ながら。ただ、遠因ですので直接的な理由ではございませんが」

「オズワルコスという男が、八乙女様の命を狙っていると私は聞いていますが……」

「マリナレス様。確かにその男はわたくしの直属の部下でございます。しかし――」

「ちょっと待て」


 突然、リューグラムさんが話に割り込んできた。


「立場が異なる面々が集まっているのだから、ある程度は仕方のないことだとは思う。だが、そもそもこの会談の目的は何なのだ? イングレイよ。このままただ話し続けていても、話題があちこち飛ぶだけで、何の結論にもたどり着けないように思えるのだが」


「仰る通りでございます、御屋形様。わたくしは真実を告白することで、ある合意をしていただくために場の設定をお願いしました」


「八乙女さんたちはどうなのだ? 先ほどイングレイに話し合いが意味を持つものになるはずと言っていたが、あなたたちにとって有意義になるためには、何らかの結論が必要なのではないか?」


「そうですね。確かに、私と瑠奈にはお願いしたいことがあります」


「マリナレスさんはどうなのだ? あなたがヴァルクス家の意向を受けていることは承知しているがね」


「そうですね……」


 コレットは少し考えるように、あごに手をやった。


「正直に言いますと、特に何かの指示イストルースを受けているということはないです。それはつまり、最後に受けた命令オルディナが今でも有効エヴドゥってことでして……」


「最後の命令……聞かせてもらえるのかな?」


「八乙女様と久我様をお守りして、無事に定期船ネイヴィス・アトーラに乗せることです」


「なるほど」


「今日、ちょっと無理言って同行させてもらったのは、もちろん護衛レスコールのためです。そのために必要な情報フィルロスが得られたらいいなって思ってます」


 小さく微笑ほほえみながら淡々と説明するコレットを見て、俺は思った。

 なぜこの子は、俺たちのためにここまでしてくれるのだろうか、と。

 それは例の、あまりにいろいろなことが起こり過ぎて、疑心暗鬼になっている気持ちがあぶり出した疑問なのかも知れない。

 それでも……俺たちを守るために文字通り命を懸けて戦い、こうして自分の任務をまっとうしようとする彼女の姿勢に、俺の涙腺が思わずゆるみそうになってしまった。


 ……いかん、何か情緒が不安定になってるかも知れん。

 俺は、まゆくふりをして、少しだけうつむいた。


「よく分かった、ありがとうマロース。まだ私だけが明かしていないが、皆にそれぞれ求めていることがあると分かった。ならばとりとめなく話をするのではなく、皆の希望について一つひとつ解決していくような進め方にしてはどうだろう」


わたくしは御屋形様のご意向に従いましょう」

「私も……特に異論はないです」


 カルヴァレストさんとコレットが、即座に賛意を表明した。

 俺としても、無駄な話をするのは勘弁してほしいから望むところだ。

 隣の瑠奈を見ると、彼女が小さくうなずくのが見えた。


「私もそれでいいと思います」

「それならまずは、私を含めて皆の希望することを具体的に出し合うことから始めよう。まず誰からいこうか?」

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