第三章 第42話 武者震い

御屋形様ノスト・ユーレジア

「何だ」

「本日は、わたくしの無理をお聞き届けいただき、ありがとうございます」

「……」

「もうじきお客様がたクリエスが到着されますが、会談場所は予定ホラロア通り『薔薇の間ルマ・アローザ』でよろしいでしょうか」

「ああ」

「それではわたくし準備フォルベルードと必要な指示イストルースをしてまいります。到着されましたら、お知らせにあがりますので」

「分かった」


 うやうやしく礼をして去って行く家宰メナールの後ろ姿を、この屋敷ユーレジアあるじであるディアブラント・アドラス・リューグラムは苦々にがにがに見送った。


 ――ディアブラント・アドラス・リューグラム。


 エレディールきょく西部にあるピケやザハド、イストークと言った町を含む領地経営を、寄親よりおやであるリンデルワール凰爵バルフォーニア・リンデルワールから任されており、本人も弾爵ラファイラという位階ランゴ王家ル・ロアから許されている。

 御年おんとし二十五ウシディアゴウ・イェービーと言う、若き領主ゼーレである。


 そのディアブラントが、リューグラム家の宰相メナールであるイングレイ・カルヴァレストに対してぞんざいに応対し、後ろ姿に冷たい視線を浴びせているのには理由がある。

 彼自身も以前から怪しみ、聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナであるウルティナからの情報提供で確信したことであるが、イングレイ・カルヴァレストには「レアリウス祖の地よとこしえに」と言う組織アントルガーナ幹部エクゼドである疑いがもたれているのだ。


 リューグラム家ではレアリウスについて長らく調査エスプローダを続けてきたが、その実態は曖昧模糊あいまいもことしてなかなかはっきりしなかった。

 特に十年前、ピケ市中しちゅうでレアリウスと望星教会エクリーゼが激しい戦闘状態におちいり、双方に、そしてピケの町に多くの被害と犠牲を出した事件以来、レアリウスはそれまで以上に地下にもぐり、その姿をいっそう隠すようになってしまったのである。


 そんな危うい組織の、しかも「五司徒レガストーロ」と呼ばれる最高幹部の一人であるという確信に近い事実をウルティナから突き付けられ、ディアブラントは困惑し、大いに頭を悩ませた。

 彼の脳内では、想定されるさまざまな事態とそれに対する手立てがいくつも交錯していた。

 中には最悪の展開をも想定し、思い切った決断が必要になるものもあった。


 ――そんな中、何と当のカルヴァレストから「非常に大切な話があるので、とある人物を交えて会談パロラードの場をもうけてほしい。これはリューグラム家の浮沈ふちんに関わる重大な事柄だ」と、なか脅迫ザンタイアとも取れるような相談コンスールをもちかけられたのである。


「あやつ、一体どういうつもりなんでしょうか」


 彼の後ろで、従者エルファであるラーシュリウス・ベック・オリヴァロが、あるじ以上の渋面じゅうめんを隠そうともせずに言い放った。


「何かよからぬことを企んでいないとも限りません、ディアブラント様」

「分かっているさ、ラーシュ」


 従者の言葉に、表情イレームを少しゆるめてディアブラントが答える。


「だが、いい機会オークリオと捉えることも出来る。それに、も気になるしな」

「ニホンジン……でしたね」

「ああ、イングレイのヴァレアから彼らの名前ゼーナが出てくるとは……」

「あやつ、きちんと説明アザルファすればいいものを『詳しくは会談の時にお願いいたします』などと、もったいぶるような真似を」

「それに、ヴァルクス家がらみの者まで来るとなれば、いなやはないさ」

「はい。あの家ともえんがあるようですね」

「ラーシュ」


 若干ゆるんだ表情を再び引き締め、ディアブラントは従者に尋ねた。


警備セクリートは?」

おおせの通り、大幅に強化してあります」

「そうか」


 ラーシュリウスの答えに、ディアブラントは満足そうに頷くと執務室ロマ・ビューラスに向かって歩き出した。


「もうじき全てが明らかになる。せいぜい気張っていくとしよう、ラーシュ」

「はっ」


    ◇


八乙女様ノス・ヤオトメ、見えてきましたよ!」


 コレットが車窓の外を指さして、はしゃいだ声を上げた。

 瑠奈るなは、窓にかぶりついている。


「おお……これはなかなか」


 馬車の中から見た領主屋敷の、一発目の感想は「四角い!」だ。

 ザハドの代官屋敷が、フランスのアゼ=ル=リドー城というイメージなら、こっちはスウェーデンのストックホルム宮殿だな。

 海に面しているわけじゃないから、見た感じがって話ね。


 一応、どんな話し合いになってもいいように、心構えはビシッとしてきたつもりではあるけれど……やっぱり緊張してきた。

 リューグラムさんに会うのが初めてじゃないにしても、あの時と今では状況が全然ちがうわけだからさ。

 そんな中、緊張の欠片かけらも感じさせない様子のコレットが護衛としてそばにいてくれるのは、まあ心強い。

 言葉だって、あの頃に比べればそれなりに上達しているし……大丈夫だろう。


きれいグラリオですねー」


 馬車はガラガラと音を立てながら門をくぐり、美しく刈り込まれた前庭の中をゆっくりと進んでいく。

 そして、玄関のところに横付けするように止まると、御者が降りてきてドアを丁寧に開けてくれた。


 まず最初にコレットが、続いて俺が、そして瑠奈が下車する。


ようこそいらっしゃいましたオナヴェーニャ・サヴァート八乙女様ノスト・ヤオトメ久我様アルナ・クガマリナレス様アルナ・マリナレス


 そこで迎え出てくれていたのは、カルヴァレストさんと恐らく使用人の皆さん。

 と言うことは……カルヴァレストさんはリューグラム家の人なのか?

 何となく、執事メナールっぽい感じがするけれど……。


どうぞ、こちらへおいでくださいませセオジョール・ルテーム


 そう言って開けてくれた扉の向こうに、いかにもきらびやかな貴族の世界と言うべき景色が見える。


(お、おう?)


 突然、上半身が勝手にぶるりと震えるのが分かった。

 瑠奈が、俺の手をぎゅっと握ってきた。

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