第三章 第41話 Rolled in Dust Devil

「はあ……」


 おっと、またため息ををついてしまった。

 我ながら相当重症だな、これは。

 あー、愚痴ぐちりたい。

 愚痴ってどうにかなるもんじゃないけどさ、とにかく今、俺の中でぐちゃぐちゃになっている気持ちを誰かにぶちまけて、うんうんって聞いてもらいたい。


 元々、あんまり人に相談したり、愚痴をこぼしたりするタイプじゃないはずなんだよな、俺は。

 まあ仕事がら、むしろ相談されたり愚痴を聞いたりする方だったし、そもそもため込むようなことが少ない性質たちだから、心理的に追い詰められるような事態には滅多にならなかった。


 ……忙しすぎて、テストの採点ためちゃうことはあったけどさ。

 あれだって、ただ無心に○×まるばつつければいいってもんじゃないんだぜ?

 何で間違えてるのかを見て、あとで指導に生かさなきゃ意味がないんだ。


 うーん、何だかやけに昔のことばっかり思い出す……。

 きっと弱ってるんだろうな、心が。

 だってさ、俺が学校を追放されてから、まだ一週間と経っていない・・・・・・・・・・んだぜ?

 それなのに、一体どれほどのことが俺の身の回りに起きてると思う?


 昨日、強くなろうと決意したばっかりだってのに、このざま

 まるで旋風つむじかぜかれて手も足も出ない、葉っぱみたいな気分だ。


    ※※※


「どうされましたか? ハンスオーロフ殿ノスト・ハンスオーロフ


 俺と瑠奈るなは、コレットの手引きで無事に牢屋から脱出した。

 そのまま何事もなく、無事に建物の外に出られればいいと思っていたが、その願いもむなしく、俺たちは発見されてしまった。

 しかもよりによって、あの悪意に満ちた尋問をしてくれたハンスオーロフとか言う衛士たちによって、だ。


 絶体絶命と思われた状況の正にその時。

 奴らの後ろから声を掛けてきたのは、これまた見覚えのある人だった。


「ん? ……ああ、これはカルヴァレスト殿ノス・カルヴァレスト。ご安心ください。ただ今、脱獄者デカーチャリスとらえるところです」

「脱獄者、ですか?」


 声を掛けてきた男は、ハンスオーロフの説明を聞くと、こちらを一瞥いちべつした。

 そう、この男は確か……カルヴァレスト。

 イングレイ・カルヴァレストと名乗って、牢に入れられている俺たちに今日の昼間、どういうわけか面会を希望してきた男だ。

 俺たちを日本人だと看破かんぱし、悪いようにはしないからもうしばらく我慢しろとだけ伝えて、急用が出来たと唐突に去って行った。


「どうやら指示イストルースがきちんと行き渡っていないようですね」

「は?」


 カルヴァレストさんの言葉に、間の抜けた顔で返答するハンスオーロフ。


「彼らを釈放アリベリゴするように、大隊長殿ノスト・バロイアロスにお伝えしたはずなのですが」

「……どういうことでしょうかな?」

「ですから、わたくしヒエロリウス殿ノスト・ヒエロリウスに直接、そちらのお二人を釈放して丁重にぐうするよう、お伝えしたのですよ」

「いやしかし、あの者どもは市中しちゅうで起きた殺人事件アクディエント・ホムサイダ嫌疑ドゥビラが……」

「いえ」


 食い下がろうとするハンスオーロフに、カルヴァレストさんは毅然と言い切った。


「彼らはむしろ被害者モヴィークだと調べがついております。そして、領主ゼーレじきじきに話を聞きたいと仰せになり、明日、屋敷ユーレジアへとお連れすることになっています」

「なっ……!」

「そういうわけですので、そちらの衛士ガルドゥラかたはその物騒な短槍ものを下ろしていただけますか?」


 口調こそ丁寧だが、カルヴァレストさんの有無を言わせない目力めぢからに、短槍で行く手をふさいでいた衛士たちは慌てて道をけた。

 部下の動きを見ても、ハンスオーロフはなおも言いつのろうとする。


「しかしカルヴァレストど――」

「失礼ながら、少々しつこいように見受けられますが、ハンスオーロフ殿。お疑いであれば上司ブルザかたにでもどうぞご確認ください。しかし、これ以上強引な振る舞いをなさるのなら、しかるべきすじに相談せざるを得ませんが」


 今度こそ、カルヴァレストさんは不快感を隠そうともしない表情で応じた。

 その勢いに、さすがの?ハンスオーロフを口をつぐむしかないようだ。


「……おかしい、どういうことだ……?」


 と何故か小さな声でつぶやいたハンスオーロフの台詞せりふは気になったが、カルヴァレストさんの指示で新たに案内役を仰せつかった別の衛士たちに先導され、俺たちは先ほどの牢とは別の場所へと連れられていった。


    ※※※


 ――俺と瑠奈は、こうして客間の寝台に身を横たえることになったのだった。


 な?

 わけわかんないだろ?


 もうここ数日、こんなことばっかりなんだよ。

 よかったり悪かったりすることが、交互に次から次へと襲い掛かってくるもんだから、俺の気分も合わせて乱高下らんこうげ真っ最中ってところだ。

 ちなみにだが、荷物はちゃんと返してもらってある。


 今回は偶々たまたまいい方向に事態が進んでいるように見えるけれど、こうまでいろいろあると、次にどんな悪いことが起こるんだろうって疑心暗鬼になってしまう。

 正直、胃が痛い。


 胃が痛いと言えば、明日はマジで領主屋敷に行くことになってるらしい。

 俺たちを助け出すための方便ほうべんだと思ってたら、違ってたんだ。

 領主と言えば――リューグラムさんのことだよな……。

 マリナレスさん――コレットもマリナレスだけど、この場合はマルグレーテさん――の話によれば、彼はレアリウスとやらとは無関係って話だけど、どこまで浸食・・が進んでいるか分からないから、近寄るなって言われてる。


 ……大丈夫なのか?


 大体、カルヴァレストさんって何者なんだろう。

 あの感じ悪いハンスオーロフとは対等にしゃべってたし、気のせいじゃなければむしろ格上って感じだった。

 会話の中に出てきた「ノスト・バロイアロス」とか「ノスト・ヒエロリウス」が、敬称をつけた呼び方ってのは分かったけど、意味は分からなかった。

 でも、話ぶりからして恐らく階級が上の人物を指していたように思う。


 そんな人物に直接話を伝えることが出来て、領主であるリューグラムさんとの会談?をセッティング出来るような人物……分からん。

 分からんけど、ただ者じゃないのは確かだろう。


 リューグラムさんが話を聞きたいって言ってたそうだけど、事件のことか?

 事情を全部話して、領主の後ろ盾が得られるとしたら、そして少しは状況を改善できるとするのなら、行く意味はきっとある……のかな。


 俺自身のこともそうだけど、瑠奈がね。

 今はいつも通り、彼女は俺の横ですやすやと小さな寝息を立てている。

 俺でさえこんなに精神的に疲れているんだから、この子にとってはきっと何倍もストレスフルなんだと思う。

 実際に体調を崩したし、あのハンスオーロフよりいけ好かない女衛士にねちねちやられたしな。

 瑠奈にとってより安全になるのならば、悪い選択じゃないと思う。


 ……明日の話、どんな風になってもぶれないように、今はっきりしてることと俺自身のとなることを思い返しておこう。


 まず、はっきりしていることとして、

・俺たちは、恐らく鏡先生に命を狙われている。

・その実行役は、オズワルコスさんの手の者。

・オズワルコスさんは、レアリウスと言う組織の人間。

・鏡先生とオズワルコスさんは繋がっているだろうということ。

・逆に俺を守ろうとしてくれているのは、コレットたち。

・彼女たちのあるじはヴァルクス家のアウレリィナさん。

・守ってくれようとしている理由は、不明。


 次にぶれないための心構えとして、

・俺たちの目的地は、まずはオーゼリアという町にあるヴァルクス家。

・向かう目的は、俺たちが知りたいことの端緒たんしょをつかむこと。

・知りたいことってのは……もちろん、元の世界に帰る方法。

・あとは、出来れば「ほんだゆうご」という人物の情報。

・リューグラムさんには、俺たちが無事にオーゼリアに向かえるよう、協力を頼みたいということ……ちょっと図々しいかもだけどな。


 ――こんなところだろうか。


 そうそう。

 コレットと言えば、明日の話し合いには彼女も参加することになっている。

 俺たちの護衛を絶対に務めなきゃならないと言い張り、カルヴァレストさんは少し考えてから了承したのだ。


 そうなると、あれか。

 俺たち、コレット、リューグラムさん、カルヴァレストさんの四者会談ってことになるのかな。

 どんな話し合いになるのかまるで見当がつかないけれど、少しでも俺たちの足元を固めていきたいと思う。


 いつまでも、何か訳の分からないものに翻弄ほんろうされているわけには、いかないから。

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