第三章 第38話 狐につままれる

 牢に近付いてきた足音のぬのが、姿を現した。

 それは、三人ほどの衛士だった。

 知らない顔だ。


出ろヴェーニャエクト


 先頭にいた男が、牢のギルーザを開けながら言った。

 ……どういうことだ?

 釈放ということだろうか。

 ここまでの経緯を考えると、とてもそうとは思えないが……。

 聞いてみたいが、釈放って何て言ったらいいんだ?


「早くしろ!」


 動かない俺を見て、衛士が苛立いらだたしに怒鳴る。

 思わずかたわらで座る瑠奈るなと顔を見合わせてしまった。


 ――まさか……………………処刑?


 ごうを煮やした衛士たちはどやどやと牢内に入ってきて、俺と瑠奈の腕をつかんで無理やり立たせると、「歩けマビル!」と言いながら俺たちの背中をどつき始めた。


 ……歩くしか、なかった。


    ◇


 そうして俺たちが連れてこられたのは、応接室のような部屋だった。

 尋問を受けていた場所とは、調度品も雰囲気も明らかに違っている。


 俺たちは横長のソファのようなところに座らされた。

 後ろには衛士が……と思ったら、彼らは早々に部屋を出て行ってしまった。

 そして――俺たちの前には、テーブルを挟んで一人の人物が座っている。

 今、この部屋には三人だけというわけだ。


「あなたがたに、聞きたいことがあります」


 目の前の男が口を開いた。

 金色の短髪を後ろにでつけた、眼光がんこう鋭い男。

 座っているからよく分からないが、真っ黒なスーツのような服で身を包んでいる。

 胸元には、真っ黒なクラバットと言うのか……貴族が首に巻いているネクタイのようなものが見える。

 エレディールこちらにもネクタイ文化があるのかと、少し感慨深くなったが、よく考えてみれば前にいた世界でも、首に何か巻くというスタイルは大昔からあったらしいから、同じような発想にたどり着いていたとしてもおかしくはない。


「まず、名前を教えていただけますか?」


 衛士たちから聞いていないのだろうか。

 それにしても、物腰が衛士たちと全然違うのだが……。

 疑問に思いながらも、俺は答えた。


「私は八乙女やおとめ涼介りょうすけと言います。こちらの子は久我くが瑠奈るなです」

「ほう……私の言うことを理解し、自己紹介メムキニングも出来るのですね」


 ……え?

 どういうことだ?


わたくしは、カルヴァレスト。イングレイ・カルヴァレストと言う者です」

「はあ……」


 男の名乗りに、俺は間の抜けた返事しか出来なかった。

 聞いたことのない名前だし、それよりこの男の前言ぜんげんが気になり過ぎるのだ。

 しかし……その答えは、次の彼の言葉ですぐに明らかになった。


「あなた方は……ニホンジンで間違いありませんね?」

「!!」


 ガタンッ!


 俺は思わず、ソファから立ち上がって中腰になってしまった。

 この男は……俺たちの素性を知っている!

 胸の心臓が、早鐘を打つように鼓動を速め始めた。


「おや、どうされました?」


 男の物腰は柔らかいままだが、鋭い眼光は変わらず俺たちを射抜いている。

 俺の立てた音を聞きつけてか、扉が開いて衛士が顔を出した。


「何かありましたか? カルヴァレスト様」

「いえ、特には何も。ご心配なく」


 男――カルヴァレストが手振りで職務に戻るよう伝えると、衛士はいぶかしみながらも顔を引っ込め、大人しく扉を閉めた。

 その間も、俺の頭の中はひとつの疑問がぐるぐるとうずを巻いていた。

 背中を嫌な汗がつたうのが分かる。


(敵か? 味方か?)


 中腰で固まっている俺を見て、カルヴァレストは苦笑しながら言った。


「とりあえず座られてはいかがでしょうか」

「あなたも、なのか?」

「……はい?」

「あなたも、俺たちを殺しに来たのか……?」


 落ち着きを失っているからとは言え、我ながらおかしな質問をしたものだ。

 そもそも俺たちは、恐らく無実の罪で処断されようとしている。

 だからこうして、留置されているはずなのだ。

 その上で「あなたも殺しに」などという物言いは、前後が全くつながっておらず、的が外れているにもほどがある。


 しかし、続く男の言葉は、さらに衝撃的なものだった。


おっしゃる意味がよく分かりませんね。どうしてわたくしがあなた方を殺さなければならないのでしょうか」


「え?」


わたくしは、街中で乱闘・殺人事件が起きたこと、関係者を確保・留置していることの報告を受け、容姿ようし人相にんそうからニホンジンらしいと判断し、ここに参りました」


「……」


「本来これはわたくしの職務ではありませんが、まあその辺は。しかしあなたがそのようなことを仰る理由が分かりません。何か殺されるような、心当たりでもおありなのですかな?」


「いや、だって……」


 事情を話すべきだろうか。

 敵なのか味方なのか、まだ分からない相手に。

 このピケで、俺たちが日本人だと知っているのは、恐らくリューグラム弾爵だんしゃくの関係者だろう。

 しかし、彼の周辺についてマリナレスさんは、「毒が回っている」と言っていた。

 目の前の男が、そうではないという証拠はどこにもない。


 それでも……俺たちを殺そうとする人間が、こんなに回りくどい方法を採るものだろうか?

 そもそも、このまま放っておけば俺たちは死刑になる、と瑠奈の記憶にあった女性看守は言っていたのだ。


 分からん。

 分からんけれど、どうせ何もしなくたって最悪の結末に一直線なのだ。

 コレットたちの助けだって、間に合うか分からない状態。

 ならば、一縷いちるの望みを賭けてみる……か?


「私たちは、追われているんです。レアリウスという組織に」


 その瞬間、カルヴァレストという男の目が光ったような気がした。

 しかしもう話し始めてしまった。

 続けるしか、ない。


「私たちはまずザハドで襲われました。それでもある方の機転で何とか難を逃れ、ピケからオーゼリアへ船で向かうよう、指示されました。そして、ピケに到着してからも宿屋に泊まっているところを襲撃されました。理由は分かりませんが私たちの保護を買って出てくれる人たちがいて、その人たちと戦闘になったんです。それが、あなたが先ほど言っていた乱闘・殺人事件なんです」


「……あなたはレアリウスと仰いましたが、それは本当の事なのですか?」

「私が確かめたわけではありませんが、そう聞かされています。レアリウスの、オズワルコスという人物の手の者だと」


「オズワルコスですと……?」


 今度こそ、カルヴァレストの眉根まゆねは寄せられ、口元はへの字に曲がった。

 そのまま彼はあごに手を当て、しばらく何かを考え込むように目を伏せていた。

 そして十秒ほど経った頃だろうか、突然カルヴァレストは顔を上げるとそのまま立ち上がって言った。


「本当はもう少し、いろいろなお話を聞きたかったのですがね。急用が出来てしまったようです。これにて失礼しなければなりません」

「……え?」

「あなた方のことは、悪いようにはしません。ですから申し訳ありませんが、もうしばらくカーチャルで我慢していてください」


 そのまま部屋を出て行くと、彼が扉の外にいた衛士たちに二言ふたこと三言みこと何か伝えるのが見えた。

 衛士たちはすぐに部屋に入って来て、俺たちを元いた牢へと連れていった。


 俺と瑠奈はは何が何だか分からず、ただされるがままに動くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る