第三章 第37話 尋問2

 途中から強引に尋問を代わったハンスオーロフという男は、まあひとことで言うのなら大分だいぶひどかった。

 俺の話は、基本的にまったく聞いてもらえなかったし、はなから俺たちのことを乱闘事件の主犯だと決めつけていた。


 発する言葉のほとんどが暴言だった。

 日本語のような細かいニュアンスはもちろん分からないけれど、表情や語勢、何より彼の全身から噴き出る、目に見えるんじゃないかと錯覚するほどの悪意がすべてを雄弁に物語っていた。


 現場には、俺と瑠奈るなのほかに四つの遺体が残っていたはずだ。

 状況から考えれば、俺たちが殺したと見られても仕方ないのかも知れないが、あの場には多くの目撃者だっていた。

 それなのに、この状況。

 あの男には公正にジャッジしようという気が、そもそもなかったように思える。


 最初に話を聞いてくれていた衛士は、きちんと対応してくれていた。

 そこで俺は、ザハドをつときにわしたマリナレスさんとの会話を思い出した。


(――いずれ分かることですから。それよりピケにいても、決して領主ゼーレユーレジアには近付いてはいけません)

(――えっ? まさかリューグラムさんが関係してるんですか?)

(――領主様ゼーレご自身は無関係です。しかし、毒がどこまで回っているのか・・・・・・・・・・・・・分かりません。いいですね?)


 ……つまりはそう言うことなんだろう。


 となると、大人しく捕まったのはかなりまずかったのかも知れないな。

 困った。


 ただ……今、俺の腹の底でぐつぐつとき立つ怒りは、それが原因じゃない。

 ハンスオーロフとやらの傲慢で理不尽な言動も、俺なら別に我慢できる。


 ――となりでうつむいている瑠奈を見る。


 俺たちは尋問の後、不幸中の幸いなことに、同じぼうに入れられることになった。

 俺が先に入っていて、後から瑠奈が連れてこられたのだが、その時の彼女の様子が明らかにおかしかったのだ。


 瑠奈は房に入れられるなり、俺に抱きついてきた。

 心細かった、というだけじゃないと、俺は瑠奈の顔の、涙のあとを見て確信した。


 そして、驚いたことに瑠奈は、俺の心にノックしてきた・・・・・・・のだ。

 瑠奈が初めて俺との精神感応ギオリアラを望んだことに少し戸惑いながら、俺は心の扉を開いた。

 刹那せつな、あるイメージが洪水のように流れ込んできた。

 それは、先ほどまで瑠奈が受けていた尋問の様子だった。


    ※※※


「そこに座んな」


 瑠奈の視界に映ったのは、ギャリソンキャップのような制帽をかぶった女性衛士の姿だった。

 帽子の中にむりやりまとめたような赤茶色のくせっ毛も目を引いたが、何より気になるのは彼女の目だ。

 冷たく突き刺すような視線が無遠慮にこちらを見下ろしている。


 瑠奈が……怯えているのが分かる。


「早く座れっつってんだよっ!!」


 ダンッと言う、衛士がテーブルを叩く音と同時に、瑠奈の視界が下を向いた。

 心が……恐慌状態一歩手前だ。

 景色がゆっくりと動き、どうやら椅子に座ったらしいことを理解する。

 映っているのは、膝の上に置かれた瑠奈の両手のまま。


名前ゼーナは?」


 突然問われて、視界が上がる。

 女性衛士の顔が再び映った。


久我くが……瑠奈るな……)


 瑠奈が自分の名前を思い浮かべたのが分かる。

 しかし、口がひらかない。


「聞こえてないのかい!? 名前を言えって言ってんだよ!」


 視界がびくりと揺れた。

 もう一度、自分の名前を意識にのぼせたが、それでも瑠奈の口はどうしても開こうとしないのだ。

 彼女の話そうとする意志を、何かどす黒くて得体の知れない恐怖のようなものがさえぎり、抑え込み、つぶしていく感覚が伝わってくる。


 俺は瑠奈の意識を共有するような形になって、初めてはっきりと気がついた。

 彼女は話したくないのではなく、意に反して・・・・・言葉が出せないのだと。

 緘黙かんもく症とは、こういう状態のことなのだ……と。


 瑠奈の様子を見て、おんな衛士は首をかしげた。


「……あんた、もしかして口がきけないのかい?」


 視界が上下に小さく動いた。

 それを見て、衛士は舌打ちする。


「ちっ、何だい、めんどくさいやつに当たっちまったね。しゃべれない相手からどうやっていろいろ聞き出せっての……あんた、文字は書けんの?」


 今度は、左右に首が動くのが伝わってきた。


「はあ……仕方ないねえ」


 女は心底面倒くさそうにつぶやくと、ふところから何かを取り出した。

 ――短刀!?

 瑠奈の心臓が、どくんと跳ね上がったのを感じた。


 女衛士は手にした短刀を逆手さかてに持ち直し、大きく振りかぶった。

 そのままこちらに向けて、勢いよく振り下ろした!


 ドンッ!!


 視界が真っ暗になる。

 瑠奈がとっさに目をつぶったのだと分かった。

 彼女の意識は今にも砕け散りそうなほどに、巨大な恐怖に浸食されていた。


 ――――――

 ――――

 ――


 特に何事も起きないことで、瑠奈は暗転した世界を少しずつひらいていった。

 すると、テーブルの上に深々と刺さった短刀が目に入った。

 自分を殺そうとしたわけではないと分かって、彼女の心臓の鼓動は少しずつ落ち着いていった。

 しかし、首から背中に張り巡らされたような緊張感は、まるでけていない。


「ふーん」


 女衛士は言った。


「どうやらしゃべれないのは本当みたいだねえ……この短刀ポナードはね、あの現場ワニアで死んでいたノァスに刺さっていたやつなんだよ。ひとつ聞くけど、こいつを刺したのはあんたかい?」


 視界が大きく左右にぶれる。

 絶対に違う――と否定する気持ちがあふれ出ている。


「あんたじゃないってんなら、あっちの男の方かねえ……」


 今度こそ、瑠奈の視界は左右に激しく振れたあと、焦点が正面の女性衛士に強固にえられた。

 これは……にらんでいるのか?

 怒りのようなものを感じるが……。


「何だい、あんた。怖くて縮こまっているだけの臆病なコレーザガキカカーラかと思ってたら、そんな目も出来るのかい。はっ」


 瑠奈の態度に一瞬鼻白はなじろんだ女性衛士だが、気を取り直したように一度咳払いをすると、腕を組んでこちらをぎろりとめつけてきた。


「あんたがいくら強気になったってね、状況は変わんないんだからね。言っとくよ。あんたとあの男には殺人ホムサイダ嫌疑ドゥビラがかかってるんだ。しかも複数人のね」


 瑠奈が反射的に首を大きく横に振るのが、分かる。

 女性衛士の口角がにぃと上がった。


「残念だったね。他に犯人エルーダンが見つからない以上、あんたらがいくら言いつのったところで、判断はくつがえらないよ。街中であんな騒ぎを起こして人を何人も殺したってんなら――間違いなく死刑プノ・モーザだね」


 プノ・モーザ。

 この言葉の意味するところが、俺にはすぐに分かった。

 だが、瑠奈にはあまりピンと来なかったようで、戸惑うような感情が湧いて出てくるように思えた。


「分かんないの? 死刑だって言ってんの。あんたみたいなチビガキアルマカカーラがあんなに大それたことが出来るわけないんだから、あっちの男が処されるね。ぶっ殺されるってことさ!」


 その瞬間、視界がたてに横に大きくぶれにぶれ続けた。

 どうやら瑠奈は椅子の上に立ち上がって、首をぶんぶんと横に振っているらしい。

 感じるのは……怒り、抗議の意、屈辱感か?


「な、なんだい突然……まあ父親が処刑されるってなれば、そうやって取り乱すのも分かんなくもないけどね」


 瑠奈は首を横に振り続ける。

 女性衛士は、困惑しているようだ。


「はあ? 父親じゃないってことなのかい? そんじゃあ、あの男は一体あんたの何だって言うんだ」


 女性衛士の疑問に、瑠奈の心の中に湧き上がってきたこの感情は――――――


 ブツリ!


 ――と言う感覚とともに、唐突に瑠奈と俺の間の精神感応ギオリアラが切断された。


「お、おい……瑠奈?」


 瑠奈は、膝を抱えて座ってしまい、再び精神感応をつなげようと俺から何度ノックしても、二度と心の扉を開けることはなかった。


    ※※※


 ――とまあ、こんな感じの顛末てんまつがあったのだ。


 俺の怒りが何によるものなのか、分かるだろう?

 言葉は悪いが、あのクソ・・女衛士が尋問と称して瑠奈をいたぶったのだ。

 直接的な暴力を振るわれてはいなくても、言葉のナイフで遠慮なしに彼女の心をえぐり、刺し続けたのだ。


 ……何だろうな、この気持ちは。


 朝霧校長殺しの冤罪をかけられた時ですら、ここまで血が沸騰するような怒りを覚えなかった。

 あの女衛士を一発ぶん殴りたい、いや……一発と言わず、いやいや、女性に手を上げるとか……いや、男とか女とか、関係ないだろ――みたいな自分でも名状しがたい感情だ。


 しかし……実際にこの気持ちをぶつけることは、瑠奈の記憶から考えるとちょっと無理そうだな。

 ハンスオーロフの言動からも察してはいたが、今回の乱闘事件の犯人として俺たちが処断される――この流れは確定しているらしい。


 脱獄することも考えてみたが、あまりに情報が少なすぎて成功する気がしない。

 そもそも、ここでは魔法ギームが使えないようなのだ。

 何度か試してみたが、例の身体の周りの魔素ギオを動かし続けると言う比較的簡単なことですら、どうにもうまくいかない。


 どうやっているのか分からないけれど、牢屋にそう言う仕組みを施しているのは、考えてみれば当たり前のことだろう。


 そうなると……コレットの言葉を信じて、彼らの助けを取り敢えず待つ以外に出来ることはなさそうなのだが――


(――間に合うだろうか)


 彼女の言葉を疑う気はまったくない。

 でも普通に考えて、囚人を脱獄させることがそう簡単に出来ることだとは、どうしても思えない。


 ……こんな風に、あれこれといろいろな考えを脳内でめぐらせていると、足音が聞こえてきた。

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