第三章 第36話 尋問1

「ふう……」


 何度目かも分からない、大きなため息を俺はついた。

 俺の横では、瑠奈るなが膝を抱えてうつむいている。


 ――納得がいかないのだ。


 何故なぜ被害者であるはずの俺と瑠奈が、牢屋にぶち込まれなくちゃならないんだ?


 いや……最初からそんな雰囲気だったわけじゃない。

 日本なら一般的には、何か事件が起きたら警察は加害者と被害者の両方から事情を聴取するだろう。

 エレディール……と言うか、ピケの警察機構がどうなっているのか知らないけれど、恐らくそう言う意味で俺たちを連行しようとしているのだと思ったからこそ、俺は大人しく馬車に乗り込んだんだ。


(あとで必ず助けに行くからね!)


 コレットとヴェンは、あの衛士えいしたちが到着する前には姿を消していた。

 去り際に、彼女から精神感応ギオリアラでそう言われたこともあったし、とにかくあの命を失う瀬戸際まで追い込まれた戦闘がひとまず終わったことに、心の底から安堵していたのだ。

 実際、後からやってきた馬車に俺たちを導いた衛士たちも、紳士的だった。


 ちなみに俺たちを守る任を帯びているはずの二人が、一見いっけん見捨てるような行動を取ったことについては、俺は別に何とも思っていない。

 と言うか、彼らがここで衛士たちに拘束されるわけにはいかないだろうことは、ちゃんと理解している。

 まずヴェンの怪我の処置もあるだろうし、衛士たちによって彼らの動きが制限されることの方がデメリットが大きいことは予想出来るからだ。


 何より、被害者である俺と瑠奈を連れていくのが、この街の治安を司っているだろう衛士たちなのだから、やましいことのない立場として何の危険もないと思っていた。


 それだと言うのに――――


    ※※※


 ――俺は、衛士詰所つめしょとやらに到着した後、まずは事情聴取をするためであろう一室に連れていかれた。


 テーブルがひとつと、椅子が向かい合わせに二脚。

 窓はなく、壁の二ヶ所に照明がぼんやりと光っている。

 それだけの殺風景な部屋だ。

 ちなみに俺の荷物は取り上げられているが、すぐそこの床に置かれている。


 瑠奈は別の部屋に、別の女性衛士に連れられて行った。

 心配ではあったけれど、ここで暴れても仕方がない。

 あとで、この目の前にいる男性の衛士に聞いてみることにしよう。

 見たところ、俺と同年代か少し上と言ったところか。


「先ほど起きた乱闘事件について、話を聞かせてください」


 衛士が言う。

 乱闘事件として通報されているのか。


「分かりました」

「その前にいくつか。まず、あなたのお名前ゼーナを聞かせてください」

「私は八乙女涼介と言います」

「ヤオトメリョースケ?」

「はい」


 衛士は少し首をかしげながらも、手元の紙に何かを書き込んでいる。

 俺の名前って、エレディール共通語だとこんな風に書くんだな。

 会話はずいぶん出来るようになったが、読み書きについては中途半端なところで終わってしまったから、今でも町の看板とかをちゃんと読めないままだ。


容姿ようしもそうですが、なかなか珍しいお名前ですね。どちらの出身ですか?」


 さて困った。

 どう答えるのがベストだ?


「えーと、ザハドです」

「ザハドですか……ふむ」


 何か言いたそうにするが、とりあえず先に進めるようだ。


年齢ルスタは?」

「確か……三十六セシディアライです」

「……確かリ・ペンサ?」

「ええ」

「……」


 いや、ちょっとで忘れてたわ……年なんて。

 何かちょっと怪しまれてるか?


「ザハドにお住まいのあなたが、どうしてピケへ?」


 どうしようか。

 こうして改めて聞かれると、ちゃんと答えにくいことばっかりだな。

 でも、下手に嘘をついてもバレた時に厄介だろうし、正直に答えておくしかないだろうな。


「ピケから船に乗るつもりでした」

ネイヴィス? 船でどちらへ?」

「オーゼリアです」

「オーゼリア……なるほど、定期船ネイヴィス・アトーラはしばらく来ません。つまり、乗り損ねたんですね?」

「そのようです」


 何となく気の毒そうな表情をしている。

 割といい人なのかも知れない。


ちなみにビジバース、オーゼリアへは何をしに行かれるんですか?」

「ある家を訪ねるよう、言われまして」

「ある家とは?」


 ……言っていいんだろうか。


「えーと、確か『ヴァルクス家』です」

「ヴァルクス家……ヴァルクス家!?」


 この反応は、どっちだ?

 言ってよかったのか、まずかったのか。


「ヴァルクス家と言うと、貴族ドーラですね?」

「ええ」

「あなたは、ヴァルクス家の関係者なんですか?」

「はい。私の荷物の中に、これを持ってたずねるようにと渡された短剣が入っています。見てもらっていいですか?」

短剣フーリオ……」


 衛士は俺のリュックサックを開けようとするが、開け方が分からないらしい。

 考えてみれば無理もない。

 俺は彼の許可を得て、荷物の中からマリナレスさんから渡された短剣を取り出して、テーブルの上に置いた。


 衛士は手に持ち、紋章の部分をしげしげと見つめながら首をひねっている。


「私には、この紋章ファルマースがヴァルクス家のものかどうか分かりませんので、あとで判断できる者に確認をとってもいいですか?」

もちろんですビ・ネーブレどうぞルテーム


 彼は咳払いと共に、椅子に座り直した。

 もともと丁寧な対応だったが、態度がより軟化したような気がする。


「それでは、先ほど言ったように乱闘事件についてお聞かせ願い――」


 衛士がそこまで言った時、突然部屋の扉が大きな音と共に乱暴に開かれた。

 それと同時に、この狭い部屋に三人の別の衛士がどかどかと入ってきた。


「その男が、例の乱闘騒ぎの首謀者か」

「え、いえ、彼から事情を聞いているところです。首謀者と決まったわけではありません、ハンスオーロフ副小隊長ブロートリス・ハンスオーロフ


 先頭に立っていた、ハンスオーロフと呼ばれた男に、衛士が立ち上がって答えた。

 ブロ―トリスの意味が分からん。

 衛士の階級か何かだろうか。


「今から、その男の尋問プリデマンダは私が行う。君は元の持ち場に戻れ」

「え? いえ、私が行うように命令オルディナを受けていますし、現在、領都中央部は第五中隊シートス・ゴウガの担当のはずでは……」

ヒエロリウス大隊長バロイアロス・ヒエロリウスの命令だ。口答えするな」

「ええっ!? ……クヴィスダール副大隊長バロイアリス・クヴィスダールに確認を――」

「いいからどけ」


 ハンスオーロフが冷たく言い放つと、後ろにいた二人が衛士の腕を引っ張り、無理やり部屋の外へ追い出してしまった。

 一体、何が起きているんだ?


「さあ、改めて話を聞こうじゃないか。正直に答えないと為にならんぞ?」


 椅子にどっかりと座ったハンスオーロフとやらは、剣呑けんのんな目でじろりと俺をにらんだ。


 嫌な予感しか、しない。

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