第三章 第35話 そして俺たちは
「――――――
俺がそう
まず、目の前の灰色の男があっと言う間に地面に叩き伏せられていた。
俺がイメージした、見えないけどどでかい、空気の剣山が上から直撃したのだ。
崩れ落ちた身体を見下ろすと、フードの後頭部からうなじ部分にかけて生地はボロボロになり、血が
背中のマントの部分にも、無数の穴があいていた。
そちらに出血が見られないのは、下に防具を着込んでいるからだろうか。
次に、こちらに駆け寄ってきたコレットが一瞬だけ目を
足元でうずくまっていたヴェンが、切断された左腕を押さえながら立ち上がった。
一瞬よろめいたのは激痛のためか、腕を失ってバランスがとりにくくなったからか、それでも彼はすぐ
しかし灰色の男は、驚いたことにヴェンが振り下ろした短剣を身体を転がして
その手には、既に武器が握られている。
(おいおい、マジか……)
自分で喰らったことがないので何ともだが、それでも木製のテーブルを真っ二つに割るほどの衝撃を受けたのは確かなのだ。
改めて考えると足が震えそうになるが――――即死でもおかしくないはず。
ダメージは決して小さくはなさそうだとしても、これは恐らく不意の攻撃にも予め何らかの対処をしてあったからじゃないだろうか。
ヴェンと灰色の男が、戦闘を再開した。
片腕を落とされているヴェンと、後頭部から背中にかけてダメージを負っている灰色の男。
互いに動きに精彩を欠いているのだろうけれど、それでもとてもじゃないが間近で観察していられるような動きじゃない。
……どちらかと言うと、ヴェンの方が押されているようにすら見える。
俺は瑠奈を腕の中に抱えたまま、数歩下がった。
「ヴェン!」
叫びながら駆け寄ってくるコレットの向こうに、男が倒れている。
最初に襲ってきた敵の、最後の一人を制したらしい。
多分ヴェンに加勢するつもりなんだろう。
――しかし、何と言うことか。
灰色の男は、ヴェンとコレットを相手に回して、対等に立ち回っているのだ。
しかも、時々俺の方へ視線を投げるのが分かる。
この
灰色の男の凄まじい執念に、俺は
だが、戦闘力で敵わなくても、気力で負けるわけにはいかない。
このままではまずいと感じたのか、コレットは灰色の男と距離を取り始めた。
手に鞭を握ったということは、少し離れて攻撃をするつもりなのか。
しかし、その
防御しきれず、小さな
コレットが放った鞭の波をかい
その動きを読んでいたのか、低く這うように近付く男に向けて、コレットは左腕のミニクロスボウを撃った。
しかし灰色の男は、その至近距離から放たれた
男が狙うのは、恐らくコレットの足。
それでも彼女は、灰色の男の描いた半円状の鋭い
鞭は空中を蛇のようにのたうちながら、灰色の男の頭部に巻き付こうとするが、男は左腕を上げて阻止した。
そして、左腕に巻き付いた鞭がぴんと張る前に自らさらに前に出て、再び短剣でコレット追い込もうとしている。
その時、俺の目の錯覚だろうか、男の動きがぐんと加速したように見えた。
男の
それからの展開は、
これはまずい――そう思ったが、いい手が何も浮かばない。
さっきの「剣山」をもう一度食らわそうにも、あれほど素早く動かれていてはとてもじゃないが狙いが定まらない。
ヴェンはと言うと、今ようやく立ち上がったところだ。
しかし、彼は彼でヤバそうだ。
ひじの先から切断された左腕は、いつの間にか根元のところに何かの布切れのようなものがぐるぐると巻かれている。
恐らく自分で、右手と口でも使って止血を試みたのだろう。
それでも、赤いものが絶えず
明らかに顔色が悪いし、左わき腹を押さえているのを見るに、先ほど喰らった鋭い蹴りでダメージを負ったんじゃないだろうか。
「うぐっ!」
とうとう、灰色の男の右の拳がコレットの
苦し気な声を漏らすコレット。
あれは相当にキツいはずだ。
俺も同じようなやつを食らったことがあるから、よく分かる。
「コレット!」
俺は咄嗟に彼女に向かって駆け出そうとした。
その時、腕の中の瑠奈が思い切り俺を押した。
思わずよろける俺の右耳に、
「いつっ!」
触ってみると、何と俺の右耳が一センチほど切り裂かれていたのだ。
ぬるりとした液体が、俺の指を赤く染めている。
(――何て、やつだ……)
方法は分からないが、あの灰色の男はコレットを追い詰めながら、引き続き俺の命を隙あらば狙っているのだ。
瑠奈が俺を押さなければ、位置的に考えて、俺の
「――何て、やつだ……あいつは」
俺は今度は声に出して
瑠奈の、俺に抱きつく腕に力がこもる。
「瑠奈、助かった。ありが――」
ふいに聞きなれない音が耳に飛び込んできて、俺の言葉を
「
「衛士が来た!」
「
誰かが叫ぶ声が聞こえる。
音の方を振り返ると、人混みを割るように何頭もの馬らしき動物が近付いてくるのが遠目に見えた。
今、正にコレットに致命の一撃を入れようとしていた灰色の男の動きが、一瞬止まった。
その
灰色の男はゆらりと立ったまま、懐から何やら取り出して口元に当てた。
鋭い音色が
馬車はスピードを全く落とさないままあっと言う間に近づき、先ほどの馬の一団とは反対の方向へ走り去っていく。
気が付くと、灰色の男の姿は消えていた。
◇
そして俺たちは、
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