第三章 第33話 心得

 レアリウスとやらに襲われて、一時的に会員制酒場「シュルーム」に身を寄せることになった俺たちは、それから一夜明けた今日、街に出ていた。


 また襲撃される危険性があるから、可能な限り屋内にこもって過ごす予定だった。

 しかし、不足しているものがあった。

 服だ。


 ヴィーザランとか言う、フード付きマントだけは買ったが、その下は相も変わらずサーフボードがプリントされたTシャツにカーキ色のショートパンツと言う出で立ちのまま。

 瑠奈るなの恰好も、似たようなものだ。

 オレンジ色のTシャツに、紺色のプリーツ入り膝丈ひざたけスカートと言う、エレディールの小さい子たちが来ているものとはやっぱりどこか違う服装である。

 正確に覚えている訳ではないけれど、恐らく転移した時に着ていたやつだと思う。


 服装なんかよりも身の安全だとは思うが、周囲から浮くような外見がいけんをしていることが要らぬ危険を招き寄せる可能性があると言われれば、それはその通りだ。

 時間が経てばたつほど、再襲撃の危険性が高まるだろうから、今のうちにごく短時間で買い物を済ませよういうことになった。


 ユーリコレットとヴェンデレイオが護衛についてくれると言うし、割と近所に目的の店があるとのこと。

 襲撃についても、一度態勢を立て直してからだろうから、昨日の今日でまたやってくる可能性は低いと見積もってこうして出てきたのだが……その目算が大いに甘かったことを痛感している。


 もう少しで目的地と言うところで、襲われてしまったのだ。


 しかも……今目の前で、コレットに腕をじられながら組み敷かれている男は――俺の見知った顔だった。


 ――アーチークレール。


 いかにも怪しい声かけをしてきた男。

 倒れた瑠奈のために馬車を拾い、俺たちを宿屋まで案内してくれた男。

 その男が今、俺たちを襲い、返り討ちに遭った苦痛に顔を赤くゆがめている。


 彼については、出会い方からして油断がならないと思ってはいた。

 しかし、あれこれといろいろ親切にしてくれたことも事実――それらも全ては演技だったのだろうか。

 それに、彼の妹であるセラピアーラ。

 あの子もいろいろ親身になって俺たちの世話を焼いてくれたのに、彼女もグル・・だったのか……そんな風に考えたくないが、今となっては湧いてくる疑念を止められないでいる。


 瑠奈の俺の手を握る力が、痛いほどに強まった。

 表情は見えないが、多分相当にショックだったんだと思う。


大丈夫かユニタオーナ、コレット」

問題ないよエック・アラゾーク。あとは――――」


 コレットの言葉が途中で消えた。

 何故なら、別の影が襲ってきたからだ。


 俺は素早く瑠奈を抱き寄せ、彼女をおおうようにしながら周囲に目を走らせた。

 影は三つ。

 周囲は騒然とし始めている。


【いい? りょーすけ。魔法ギームを使った攻撃ザルトスの中で、空気ウィリアを使うのは初歩パソ・イシガ中の初歩なの。だから、戦いポロットの際にはまずそれに備えなくちゃいけない】


【どうすればいいんだ?】

【それはね――】


 俺はアリスマリスとの会話を思い出し、彼女の言う通りに練習したことを初めて実践に移した。

 それは――――身体の周囲にある空気を常に動かす、ということだった。

 単純なようだが、それだけで空気を固めて拘束するような魔法ギームにまずは対抗できるのだと言う。


 顔を風がでる感覚がする。

 空気が動いている証拠だ。

 戦いに慣れた者たちは、無意識にこの状態を維持しているらしい。

 そして……


【それともう一つ】


八乙女様ノス・ヤオトメ、そこを動くなよ!)


 それが、これ。

 精神感応ギオリアラだ。


 団体戦……と言っていいのか、とにかく複数人で戦闘に臨む場合には、あらかじめ精神感応でお互いを繋げておくのが鉄則なのだそうだ。

 連携プレイでももちろんだし、今ヴェンが俺に指示したように素早いやり取りが可能だからだ。


 今の俺と瑠奈は、戦闘には全く役に立たない。

 余計なことをすれば、むしろ足を引っ張ってしまう。


 バシッとかドスッとか、そういう派手な音はしない。

 聞こえてくるのは、いくつもの足が路面をこする音、激しい動きに伴う衣擦きぬずれの音、そして恐らく武器同士がぶつかり合っている金属音だ。

 恐らくと言うのは、速すぎて目に見えないから。


 それでもコレットとヴェンは、相手の方が人数が多いのにも関わらず、俺たちの方へ敵の攻撃を通さずに立ち回っている。

 大したものだ。


 周りはいよいよ大騒ぎになっている。

 街の人たちは、俺たちを取り囲むように集まって事の推移を見守り、或いは早足で逃げ去って行く。

 これなら衛士がすぐ来るかもしれない。


 ヒュンッ!


「うおっ!!」


 俺の顔の横を、何かがすごい勢いで通り過ぎ、地面とぶつかってカチリと音を立てた。

 見るとそれは、矢だった。

 途中から折れた、矢。


(八乙女様! どっかからガロが来てる! 気を付けて!)


 コレットから精神感応で入電。

 ものすごく焦っている感情まで、一緒に伝わってきた。

 矢が折れているのは、もしかしてコレットが払い落としたからか?


(いや、気を付けてと言われても、どうすりゃいいんだ?)


 俺の問いかけに、コレットはちらとこっちを見たまま何も答えない。

 敵の攻撃をいなし、さばき、ダメージを与えるのに精いっぱいの様子だ。

 仕方なく、せめて俺の周りで動かしている空気の流れを出来る限り速めてみた。

 高速で飛んでくる矢に、どれほどの効果があるのか分からないけれど。


「うっ……」


 自分で起こした風が、睫毛まつげに激しく吹き付けて俺は思わず目をつぶってしまった。


「あっ!」


 コレットの短い声と共に俺が目を開いた時、眼前に広がっていたのは、コレットの防御をかいくぐってこちらに迫り、銀色のやいばを振りかぶっている敵の姿だった。

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