第三章 第31話 エルカレンガ

「ヘルマイア、聞いたか?」

「何をだ、エヴェリア」


 ここはザハドのとある場所にある食料倉庫ミリスプラルカの一室。

 レアルコスが、ザハドに置いているアジトカセージョの一つである。


 そこにいるのは、二人の幹部エクゼド

 ヘルマイア・オズワルコスと、デアシルカ・エヴェリアだ。

 二人とも、レアルコスをべる五人である「五司徒レガストーロ」の一人、イングレイ・カルヴァレストの直属の部下バルトランであり、自らも多くの人員を配下として動かしている。


「ピケに派遣した部隊トラプス、返り討ちに遭ったようじゃないか」

「ああ、その件か」


 オズワルコスが昼間、代官屋敷セラウィス・ユーレジア学舎スコラート教師セルカスタとしての顔を持つのと同様に、デアシルカ・エヴェリアという女性も、この食糧倉庫の管理人ストロナンディという表向きの仕事カーマを持っている。


先遣隊コル・ヴォラフがしくじっただけと言う話だ。アロイジウスがいれば、特に問題アラゾアはない」

「だといいのだがな」


 八乙女やおとめ涼介りょうすけ久我くが瑠奈るなを追ってピケに向かった実行部隊エギザトラプスは、もちろんオズワルコスの配下のひとつである。

 アロイジウスは、その実行部隊の「フォンタ」と呼ばれる隊長スキピルであり、オズワルコスが全幅ぜんぷくの信頼を置いている男だった。


「お前は最初に『ゼド』を襲った時、見事にしくじっている。『山風亭プル・ファグナピュロス』の段階で仕留めていれば、こんな余計なひと手間は必要なかったのだ」

「分かっている。だからこそ、今度はアロイジウスを送ったのだ。確実にるためにな」

「せいぜい私に尻拭いガルベットをさせないでほしいものだ。カルヴァレスト様(イングレイ)を失望させたくないのでな」


 オズワルコスが何か答えようとしたその時、ヴラットに何かがコツコツと打ちつけられる音がした。

 誰何すいかするオズワルコス。


「誰だ」

お客様クリエが見えております。禁足地テーロス・プロビラスから」

「通せ」


 扉の向こうからの答えにオズワルコスが指示を出すと、二人の男が静かに入室してきた。

 それまで無表情だったオズワルコスは、人が変わったような笑顔で来客を迎える。


「いらっしゃいません、カガミさん、ミィブさん」

「お邪魔しますよ、オズワルコスさん……おや?」


 部屋に入ってきたのは、かがみ龍之介りゅうのすけ壬生みぶ魁人かいとだった。

 鏡は、オズワルコスの他に見知らぬ人物がいるのに気付いた。


「そちらの女性はどちら様ですかな? ご紹介くださるんでしょうね?」

「もちろんです。こちらは」


 オズワルコスは、エヴェリアを手で差して言った。


「デアシルカ・エヴェリアと言います。私と同じ、レアリウスの一員ブローマです」


 エヴェリアは黙ったまま、軽く頭を下げた。

 それに合わせて学校側の二人も会釈を返す。


「私は鏡龍之介、こちらは壬生魁人と言います。よろしく、エヴェリアさん」


 鏡の自己紹介に、エヴェリアは一瞬きょとんとしたが、彼の言っていることを察したのか、小さく微笑ほほえんだ。

 オズワルコスはひとことふたことエヴェリアに伝えると、鏡たちに向き直る。


「すみません、カガミさん。あなた方の話す言葉を理解できるのは、今のところ私だけなんです」

「おお、そうでした。我々がこちらの言葉を覚えればいいのだが、どうも私や壬生にはそちらの才能があまりないようでしてな。今日は久我くが純一じゅんいち)がいないので、世話をかけます」

「気にしないでください。私がいれば話は出来るのですから。さあ、まずはお座りください」


 勧められるままに、鏡と壬生は椅子ストリカへと腰かけた。

 小さなボロスを挟んで、オズワルコスは反対側に座る。

 エヴェリアは何を思うのか、オズワルコスの後方で立ったまま動かない。


「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。黒針ヴァートリオが使えればよいのですが」

「ああ、あの遠距離通信の……。致し方ありませんよ。あいにく魔法ギームとやらを使える人材が、こちら側・・・・にいないのでね」

「まだ苦労していますか? ガッコウは」

 

 オズワルコスの問いに、鏡は小さく咳払いをして答える。


「学校の方は、ほぼ掌握しょうあくした。はねっかえり・・・・・・がまだひとりふたりいるが、いずれを上げるでしょう」

「はね……っかえり、は、何ですか?」

「ああ、すまない。そうだな……反乱分子と言って分かるだろうか」

「反乱、は分かります。大切な言葉ですから。こちらの言葉では『マルキナード』と言います」

「マルキナード、ね。そのマルキナードをするおそれのある者が数人いる、ということですよ」


 誰の顔を思い浮かべてのことなのか、鏡は若干顔をしかめながら言った。

 横に座る壬生も、口をへの字に曲げている。

 二人の表情を見たオズワルコスは、彼らに一つの案を提示した。


「もし、そのマルキナーデス――えー、反乱者たちに困っているのなら、こちらから人員を派遣することも出来ますよ」

「人員の派遣か……」


 少し考えてから、鏡は続けた。


「いや、今のところそれには及ばない。それよりも『長屋計画』の方をより優先して進めてもらいたい。我々も今の暮らしに慣れてきたとは言え、もう少しましな住環境が整えば、こちらに対してより積極的に賛同、協力する者も増えるだろう。反乱者たちも抑え込みやすくなる」


「そうですか。分かりました」


 鏡龍之介は、特に平易な日本語を意識せずに話しているが、オズワルコスはほぼ正確に相手の言うことを理解している。

 それは彼の日本語能力が日々磨かれていることに加えて、「感受フェクト」という、相手の言いたいことを大まかに感じ取る魔法ギームによるものである。


「それよりも、しつこいようだがもう一度確認したい。我々が『電気』の知識や技術を提供していけば、本当に――えー、何でしたかな? あなた方が言う、その――」

「――『アヴァロア・レーヴ』、でしょうか?」

「そうです、そのアヴァロア・レーヴとやらが我々を日本に帰すことが出来るんでしょうな?」

「その可能性は、とても高い思いますよ」


 オズワルコスは受け合った。


「わがレアリウスの『生体部門サラト・ビジリク』において、アヴァロア・レーヴのキムス――研究は、主にその制御方法において行き詰まりを見せていました。しかし、あなた方によってヴェンダル――生物が『デンキ』と言うもので動いているということを知りました」


「ふむ」


「これはとても大きな転機なのです。『デンキ』の研究でアヴァロア・レーヴを制御できるようになれば、あなた方を日本へ帰せることに間違いないでしょう。なぜなら――」


「――我々の転移が『すれ違いエルカレンガ』なるものを利用してされたものだから、でしょう」


 鏡龍之介は、彼を含む二十三人がエレディールに転移した原因について、ほぼ正確に把握していた。

 それは、八乙女やおとめ涼介りょうすけ朝霧あさぎり彰吾しょうごから託された携帯電話を接収し、録音データを聞いていたからである。


 ただし、その事実を彼は壬生魁人に一部しか伝えていない。

 そのために、彼の台詞を聞いた壬生は驚いて鏡の顔を見た。


「鏡さん、それは私も初耳なんですが……」

「壬生さん、君にも伝えたじゃないか。何者かの思惑・・・・・・によって、我々は転移させられたと」

「それは、聞きましたが」


「『すれ違いエルカレンガ』というものが何なのか、私にも分からない。だからそれを伝えても意味がないと思ったから伝えなかったまでだ。説明できないからね。気を悪くさせたのなら謝ろう」


「いや、そう言うことなら、分かりました」


 納得したのか、壬生はそこで大人しく引き下がった。


 壬生魁人が鏡龍之介のもとで力を合わせているのは、そもそものところ、八乙女涼介を排除したかったからである。

 鏡は、山吹やまぶき葉澄はずみに対する壬生の気持ちを承知しており、自分の知る転移の秘密を織り交ぜながら、八乙女排除について協力することで壬生を味方に引き込んだ。

 実際に事態は壬生の望んだように鏡によって進められており、さらに実際に日本へ帰るための具体的な手段についても、しっかり目処めどをつけている鏡のことを壬生は信頼している。

 それ故に、些細ささいなことで鏡の不興ふきょうを買うような気は彼にはないのだった。


「ところでもうひとつお聞きしたいのだが」

「はい。例の二人・・・・のことですね?」


「そうです。我々は『電気』について情報や技術を提供する条件のひとつとして、彼ら――まあ久我の娘はどちらでもいいのだが――を消すことを伝えました。そして、達成されたという報告をまだ受けていない。どうなっているのでしょうな?」


 オズワルコスは申し訳なさそうな表情を浮かべて答える。


「正直に言います。今まで二回襲撃しました。しかし、どちらも失敗しています」

「失敗……? 素人に襲わせたわけでもないでしょうに」

「もちろんです。しかし、どうやらあちらにも協力者がいるようです」

「協力者、ですか。それは何者で?」

「見当はついています。そして、確実に任務を遂行できる者を送りましたので、近いうちによい報せを届けられると思っています」

「そうですか……分かりました。よろしく頼みますよ」


 鏡は、転移の秘密を正確に・・・知る者を排除するため。

 壬生は、恋敵こいがたきをこの世から抹消するため。

 目的は大きく違っていても、八乙女涼介を始末するという目的が一致している二人は、お互いに結んだ手を離すつもりは毛頭ないのである。


    ◇


 鏡龍之介と壬生魁人が帰り、デアシルカ・エヴェリアも去った部屋の中で、オズワルコスは一人、椅子に座ったまま沈思ちんししていた。

 しばらくすると彼は立ち上がり、魔素ギオを使った遠距離通信機器である黒針ヴァートリオのある部屋へ移動した。


 そして、彼が報告するために指定した通信相手は――――イングレイとは別の人物だった。

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