第三章 第29話 八乙女涼介は考察する
俺と
最初に案内された、あのこじんまりとした部屋だ。
時刻は……少し前に
これからここで十日間以上、俺たちは次の定期船が来るまで、あれこれしながら過ごすことになった。
アリスマリスから
俺も、瑠奈も。
さすがに、疲れた。
ゲームならきっと、
でも現実には、そんなものを視認できるわけがない。
時折休憩を挟みながらでも、何時間も根を詰めてやれば、疲れるのは当たり前だ。
ただ、
全身の倦怠感として現れているみたいだから、胸腺自身が酷使されているかどうか、よく分からないんだよね。
マリスは「幼いころに胸腺を使いすぎると、身体の弱い者に育ってしまう」と言っていたから、瑠奈にはあんまり無理をさせたくない。
でも、そのことを説明しても「今は、がんばる」としかこの子は言わない。
きっと彼女なりに、俺たちが置かれている現状を理解しているんだろう。
それなのに俺が頭ごなしに禁止したところで、あまり意味がない気がする。
練習しようと思えば、俺に分からないようにだって出来るんだし、何より訓練を積むことで能力が向上するとなれば、やらないわけにもいかないのだ。
だから、瑠奈とは約束を
決して無理はしない、と。
それにしても……ピケに来てまだ二日目だってのに、いろいろあったもんだ。
で、いろんなことも分かった。
俺たちが追われる理由――今のところ、あくまで推測だが――も、その辺の人間関係も……俺自身の弱さも。
そして何より、
もちろん、まだ奥深い魔法の世界に足を踏み入れたばかりなんだろうけど、例えるのなら、俺たちはこれまでずっと薄暗がりの中を手探りで歩いていたようなものだ。
それが今、明確な光と道しるべを得た。
――もしかしたら、エレディール人にとって未知の領域の可能性すらも。
ごろり、と瑠奈が寝返りを打った。
あどけない寝顔が、
伸びてきた左手が、俺の胸元を掴んだ。
そのままぎゅうと背を丸める彼女の髪を、俺は静かに
マリスは言った。
「ないものは、出せない」と。
俺が空中に水滴を生じさせた時の、彼女の台詞だ。
だから、何の根拠もなく、例えば巨大な
でも俺は、目には見えないけれど、空気中に水蒸気と言う形で水が存在することを知っている。
しかし、マリスは知らないから出せないと思っている。
そう考えると、あれだな。
これは魔法と言うよりも、一種の「科学」だろう。
誰だかの三法則の三つ目に「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」ってのがあるらしい。
この場合、科学と魔法は同じものと言うことだ。
まあ、
昼間の訓練で、俺は酸化反応を使って木片に着火した。
でも本来ならば、燃え上がるほどに反応を進めるには、一定以上の温度が必要なはずなんだ。
それなのに、常温下でも普通に成功した。
これはつまり、魔素が何とかしてくれたってことだよな?
もしくは、触媒のような働きを魔素がしたとか……。
エレディールは、科学技術が発達した社会だとは言えないように思える。
もちろん、まだ知らない場所はたくさんあるだろうから断言はできないけれど、少なくともこの社会では、高度な文明に不可欠なはずの「電気」が認識されていない。
その代わりを、ここでは古来からずっと「魔素」が務めているんだ。
どちらも普通は目に見えないけれど、生活のあちこちで使われている。
エレディールでは久しく戦争のようなものは起こっていないと聞くし、生活に必要なことは魔法を使えば十分であるなら、電気の発見や利用が進んでいなくても何らおかしいことはない。
ここは、そういう社会なんだ。
……でも、俺や瑠奈は違う。
科学技術の発達した世界で生まれて、日本と言う国で一般的な、そしてある程度専門的な教育を受けて、いろんな知識や技術を身につけている。
そんな俺たちが、今ここで魔法と言う力を手に入れてしまった。
例えば、だ。
俺は「核分裂」とか「核融合」というものについて、一応知識を持っている。
その仕組みを念頭に魔法を発動すれば、その現象を再現できてしまうことになる。
もちろん、そんな素粒子レベルに緻密な作業を行うためには、恐らく高度な魔力――認識力と支配力――が求められるだろうし、俺自身がそのレベルに至っているとも思えない。
試すわけにもいかないだろう。
でも、理論的には可能なのだ。
……それが、怖ろしい。
マリスの言った「何でも出来る」が、ここまで重い意味を持つとは……。
俺はこの事実を、他にも魔法を使えるようになっている人たちに教えていいものか迷っている。
三人とも
そして、もうひとつ魔法について分かったことがある。
それは「呪文」だ。
これまでの話で分かる通り、魔法の発動に呪文は必要ない。
ただし、マリスの話によると「キーワード」のようなものはあるらしいのだ。
使うことの多い魔法現象を起こすのに、毎回イメージを浮かべて……みたいにやるのは
だから、ひとつの魔法現象に
その言葉のことを、マリスは「ギルーザ」と呼んでいた。
これは「
そして、「
例えば、火を点ける魔法には「燃えろ」とか「火よつけ」とか、皆が好きに鍵の言葉を設定しているということだ。
ただ、どんな魔法でも簡単に出来るかと言えばそうでもなくて、複雑で大規模な現象になるほど、何度も何度も「鍵」と
それに、例えどんな壮大な魔法をイメージしたところで、自身の
まあ当たり前のことだよな。
これだけの知識を得て、ようやく自分がすべきことが具体的に見えた。
まずはマリスたちに相談しながら、どんな魔法が必要なのかを把握して教わる。
必要なら、俺の知識を加えて独自の発動の仕方を模索する。
それらを「
加えて、このエレディールについての知識をもっと得なければならない。
とにかく俺たちは、この世界と言うか社会について知らないことが多すぎる。
転移してから一年も経っていないし、その半分以上は自分たちが生きていくためのインフラ構築みたいなことばかりだったから、仕方ないところもある。
でも、もうそんな悠長なことを言っている暇はない。
この国の地理や歴史、社会構造、いろいろな組織、なるべくたくさんのことを知識として
魔法の訓練と並行して、たかだか十日程度では大して身に付かないかも知れない。
それでも、やらないわけにはいかない。
(次の定期船の日まで、どうやって時間を潰そうかと思ってたけどさ……むしろ全然足りないくらいだな)
俺は目を
――そんな決意を飲み込みながら、俺はいつしか眠りに落ちていた。
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