第三章 第28話 八乙女涼介は悟る

「まず最初に言っとくけどわたしの見る限り、二人とも魔法ギーム素質クヴァリト、きっとすごいものがあると思うわ」


 マリスの言葉に、瑠奈るなは嬉しそうにしているが、俺はまだ手放しで喜ぶわけにはいかない。

 やらかしちゃったからね。


「その上で説明アザルファするわね。魔法ギームを操るためには、魔力ギムカが必要なの」


 魔力……何だかふわっとしたものが出てきたな。

 ちなみにだけど、今は口頭で会話をしている。

 ただ、概念のように実体のないものが出てきた場合、一時的に精神感応ギオリアラを介して、より正確な意味やイメージをつかむようにしているんだ。


「そして、魔力と言うのは魔素認識力ギオ・グニティカ魔素支配力ギオ・フィラリオカの二つの総称オルコゼーネスね」

魔素ギオの認識力と、支配力、か」

「そうね。どちらも言葉ヴェルディス通りの意味ベクニスで、認識力グニティカはある一定の範囲にある魔素を認識する力。支配力フィラリオカの方は、認識出来た魔素を動かす力」


 なるほど。

 そう聞くと、確かに魔力がどんなものなのか少し具体的に思えてくる。

 魔素が何なのかは、相変わらず分からんけど。


「たとえば」


 そう言って、マリスはてのひらを上にして両手をこちらに突き出した。

 ちょうだい、のジェスチャーだ。


「わたしのこの掌の上に、どのくらいの魔素があると思う?」

「分からん」

「……ちょっとは考えてほしいわ」


 と言われてもな。

 まあ相当に大きな数だろうとは予想出来る。


「いや、きっとたくさんあるんだろうけどさ、正直に言うと大きな数の単位エーダ、まだよく分からないんだよ」

「ああ、そう言うことなのね。安心して? わたしも分からないから」


 ……何かそんな感じがしてましたよ、マリスさん。

 この世界エレディールにも、メガとかギガみたいなSI接頭語エスアイせっとうご的なものがあるのかも知れないが、今のところ誰からも聞いたことがない。

 そもそもこっちじゃ、そんなに大きな単位は使わないような気がするしね。


「ものすごーく、数えきれないくらい多いのは確かなの。でも誰も数えたことがないからこう言うのよ。『星の数アストルーアほどある』って」

「それは分かりやすい」

「でね、ここからが重要なんだけど、一つの範囲の中にそれほどたくさんある魔素ギオも、人によっては数個しか認識できないし、別の人には何千ヨグズだったりなの」

「なるほど、それが認識力ってわけか……」


 瑠奈、分かってるかな。

 ふと不安になって横を見ると、彼女は何とも言えない顔をしていた。

 退屈しているわけではないけれど、理解が追いつかなくて困っているといった感じだな。

 実際、言葉も難しいし概念的な話だからね、無理もない。

 早く実践的な段階に移してやりたいとは思うが……。


「瑠奈、俺があとで説明してやるから、どっかで休んでてもいいぞ? ちょっと話が難しくなってきただろ?」


 しかし瑠奈は、ふるふると首を横に振る。


「ごめんね、るぅな。なるべく分かりやすく話をするからね?」


 こくり。

 まあ本人が頑張ると言うなら、いいか。


「それでマリス。その認識力の違いってのは何にるんだ?」

「個人差、かしらね。胸腺タロスの能力の差って言われてるわ」

「それは訓練とかで向上したりは?」

「するわ。一定の限界ムーガはあっても、基本的には訓練すればするほど、認識力も支配力も上がるとされているの。でもね……」


 そう言って、マリスは瑠奈を見た。


「小さいうちに魔法を行使し過ぎると、身体の弱い子に育ってしまうとも言われているのよ」

「え、そうなの?」


 瑠奈はきょとんとしている。


「実際に傾向として確かめられているわ。もちろんこれにも個人差はあるし、行使し過ぎると言うのもどの程度のことなのか諸説あるしね。だから子どもが魔法を使うのはあまり推奨されていないの」


 何かどこかで聞いたことあるな、その話。

 それに、タロスが胸腺きょうせんならば何となくだがうなずけない話でもない。

 と言うのも、胸腺は主に免疫系の臓器で、生まれてからずっと成長を続けて思春期の頃に最大の大きさになるらしい。

 それ以降は少しずつ脂肪に変わっていくんだけど、成長を続ける間に魔法を使いすぎると何らかの悪影響が及ぶのだとすれば、納得もいく。


「でも、わたしたちの社会トブラムでは魔法が使えて当たり前だから、大きな負担オウナスにならない範囲で、幼いころから魔法に親しむようにもしてるわ。矛盾しているようだけど、要するに程度の問題ってこと」


「なるほどね。大切なことを聞いたよ。胸にとめておく」

「そうね。それで最初の素質の話に戻るんだけど、まず、るぅな」


 突然名指しで呼ばれて、瑠奈の肩がぴくりと震えた。

 にっこり笑ってマリスが告げる。


「あなたの魔素認識力ギオ・グニティカは、恐らく年齢ルスタに見合わないほどに優れているわね。『解像度ゾルシオ』がとても高いメタ・トイリィとも言うわ」


 瑠奈が俺の顔を見上げる。


「お前の魔力は、すごいってことさ」

「……」


 それにしても、エレディールにも「解像度」なんて概念があるのに少し驚いた。

 モニターもないのに、映像をピクセルに分解するようなイメージがあるのか。

 書物はあるから、写本方式じゃない限り印刷技術はあると思うけれど、解像度なんて意識してないように思えるんだけどなあ。


 それとも、魔法に関しては研究が相当進んでいて、印刷技術とかとは関係なく生じたものなのかも知れない。


「で、りょーすけ。あなたについても、素質が相当あることは恐らく間違いないわ。ただ、さっきのこと・・・・・・から考えて魔素支配力ギオ・フィラリオカに多少の難があるかもね。何しろ、るぅなはちゃんと箱の中に現象を収めてたんだから」


「言葉もないです……」


「だから落ち込まないの。さっき言ったように認識力も支配力も訓練で伸ばせるし、さっきの場合は想像の仕方が適切アウジアータじゃなかったかも知れないしね」


「想像の仕方かあ」


 確かに、木箱の大きさなんか考えずに、巨大な剣山けんざんをイメージした。

 つまりイメージ、想像力が大事というのはそう言う意味でもあるんだな。


「それじゃあ聞くけど、例えば火をおこす時はどんな想像をするんだ? 俺の知ってる食堂の親父ペルオーラそこの娘サブリナも普通に出来てたけど、二人の想像していることは別々かも知れないってことか?」


「いい質問フラジオンだわ。それはね、例えばログを熾したり空気ウィリアを操ったりするような基本的なオルナリアル魔法ギームには、広く知られている共通のノアロ手順ゼルドラがあるのよ」


「共通の手順?」


「そう。火の場合は、魔素ギオを思いっきり激しくこすりつけるような感じかしら」


 マジか。

 何だかずいぶん原始的プリミティブなイメージのような気が……いや、手を擦り合わせるとあったまるし、割と分かりやすいのかも知れない。

 だけど俺たち日本人は、ものが燃えるのは酸化現象だって知ってるし、そっちの方が効果が高いようにも思える。


「ちょっと試してもいい?」

「いいわよ。それじゃあ、うーん……ちょっと待っててね」


 そう言ってマリスは部屋を出て行った。

 そして、皿の上に木片を乗せて戻ってきた。

 もしかして、さっきのテーブルの成れの果てだろうか?


「さ、どうぞ。言っとくけど、燃やしていいのは木片リグノブルッツよ? お皿ラプトじゃないから」

「分かってるって」


 皿は燃えないだろ。

 むしろ溶ける、だ。

 ……いやでもこれ、木皿か。


 俺は、木片を凝視しながら想像した。

 木片の表面部分の木の分子ぶんし――即ちセルロース部分が周囲にあるはずの酸素分子と結合して酸化する過程を。


 すると間もなく、木片から炎が上がり始める。


「まあ!」

「!」


 ……まだだ。


 俺はそのまま、まだ燃焼していない部分に対しても、先ほどの酸化反応のイメージを叩きつける。


 そして俺の予想通り、炎は木片全体を包み込み、一気に燃え上がった。


「えっ……」


 マリスが驚愕の声を漏らすのが聞こえた。

 瑠奈も、先ほどまでの表情が嘘のように生き生きと、目の前に生まれたプチ焚火たきびに目を奪われている。


「りょーすけ、火が大きくなりすぎよ。消すわよ?」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 俺は、そばにあるうつわの水をかけようとするマリスを手で制した。

 木片を覆い尽くしている炎は、すでに下にある皿をがし始めている。

 ……消そう。


 俺はあるイメージを思い浮かべ、炎と煙を上げる木片の上方じょうほう十センチほどのところに意識を集中した。

 すると……そこにはいくつもの透明で小さな粒が現れ、ぽたぽたと木片の上に降り注ぎ始めたのだ。


 それはもちろん、水だ。

 空中に生じた水は、俺が集中しているあいだは次から次へと現れては木片に落ちていき、とうとうジューという音とともに炎を消し去ってしまった。


「え、え、ええ?」


 あわあわしているマリスのことは置いておいて……俺は悟った。

 こいつはヤバい。

 魔法ギームは、マジヤバい。

 語彙ごいが死んでるが、そんなことどうでもよくなるほどのヤバさだ。


「りょーすけ……デュー、どこから出したの?」

「水は、空気中の水蒸気を集めたんだ」

「は? スイジョーキって、何?」


 それと、これもだ。

 この文明と言うか、知識のちぐはぐさと言うか、魔法ギームなんて俺たちには理解の及ばないようなことはよく知っているのに、水蒸気みたいな小学生でも持っている知識は欠けていると言う……。

 どうしてエレディールここはこんなに支離滅裂なんだろう。


 ――いや、何となくその理由は分かる。

 元凶と言うと語弊ごへいがあるのだろうが、きっと魔法だ。

 魔法の、せいなのだ。

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