第三章 第27話 八乙女涼介は掴む

 土の入った木箱。


 俺こと八乙女やおとめ涼介りょうすけ久我くが瑠奈るなは、目の前のそれ・・を眺めながら、アリスマリスの指示を待っている。

 どうやらこれから、俺と瑠奈が持つ魔法ギームの素質を測るらしい。

 一体、何をさせられるんだろうか。


「今から、このボスカの中のプラックヴェントを開けてほしいの」

「穴?」

「そう。小さいのでいいから、出来るだけたくさんね」

「分かったけど、どうやって開ければいいんだ?」

「そこね」


 アリスマリス――マリスは、テーブルの向こうで胸を張った。

 そう言えばこの子、年はいくつなんだろうか。


「そこで想像力ルカフォーレスが大切になってくるの。土に小さな穴を開ける方法は、決してひとつじゃあないでしょ?」

「まあそうだが」

「じゃあまず、わたしが実演してみせるわ。まず針の先カドリオグラーヴァくらいの穴からね」


 トスッ。


「ほら見て、真ん中オルタのところ」

「ん? ……お」


 針先とは言ったが、そうだな……鉛筆の先をぷすっと刺したような穴が、確かにマリスがゆびさす先にある。


「今度は、タマゴイファくらいの大きさで」


 パスッ。


「おおっ」

「ふう……」


 彼女の宣言通り、今度は直径五センチメートルくらいの半球状のくぼみが、さっきの穴の隣りに現れた。

 瑠奈も目を丸くして見ている。

 気のせいかも知れないけど一瞬、何だか風が吹いたような気がした。


「こんな感じよ」

「聞いてもいいか?」

「どうぞ?」

「さっきマリスは想像力が大事だって言ったよな?」

「そうね」

「ちなみに、どんな想像をして穴を開けたんだ?」


 それはね、と言いながらマリスはまず小さい方の穴を指さした。


「こっちは、空気ウィリアを針のように固めて、上から刺す感覚フェクタスね」

「空気を、針に……」

「そしてこっちも基本的には同じ。空気をタマゴくらいの大きさに押し固めて、上から勢いよく落とす現象メノリスを思い描いたのよ」


 分かったような分からないような……って言うか、分からん。


「想像したものは分かったよ。でも、どうして思い描いただけでそんな現象を起こせるんだ?」

胸腺タロスよ。胸腺が魔素ギオを操って、魔素が空気を固めてくれたり動かしたりしてくれてるの。多分エブレード

「多分て……」

「だってそんなの確かめようがないじゃない。実際にそうすることで現象を起こすことは出来てるの。少なくともこれが魔法ギームについての一般的な認識オルコ・グニティよ?」


 これが魔法の常識……。

 改めて、ここは異世界なんだと思い知らされた気がした。

 魔素の充満する、異界。


「さあ、それじゃやってみて? どっちからいく? りょーすけ? るぅな?」

「じゃあ俺が――」

 ビシッ!


 俺の言葉をさえぎるように、瑠奈が勢いよく手を挙げた。

 確かにさっきから、隣りから興味津々オーラをビンビンと感じてはいたが……めちゃやる気になってるな。


「はい、じゃあまずるぅなからね。いい? この箱の中にとにかく出来るだけたくさんの穴を開けるのよ?」


 こくりと頷くと、瑠奈は椅子の上に立ったまま、箱の土を凝視し始めた。

 そして――――――


 ボンッ!!


「うわっ!!」

「きゃあっ!!」


 突然の大音響に、俺は思わず顔をそむけてしまった。

 マリスも叫び声をあげて後退あとずさる。


 視線を木箱に戻すと――――中の土の様子が、変わっていた。

 元々柔らかそうな土だったが、まるでたがやしたあとのように全体的にふかふかと盛り上がっていたのだ。

 瑠奈はいわゆるドヤ顔で立っている。


「……すごいわね」


 マリスは木箱に近付くと、中の土を指でいじりながらつぶやいた。


「これは、どうなんだ?」

「そうね。さっきも言ったように、これは素質を大雑把にしか把握できないおもちゃルディオみたいなものだけど……かなりたくさんの穴を開けなければこうはならないわ」

「才能アリってことでいいのか?」

「おおアリってところよ。すごい素質を持っているわ。でも……」


 ん? でも?


「何か困ることでもあるのか?」

「うーん、まあ説明はあとでまとめてすることにしましょう。さ、今度はあなたの番テスドレッタよ、りょーすけ」

「お、おう」


 穴を開ける、か。

 マリスは、その方法はひとつじゃないと言った。

 想像力が大事だとも。

 彼女の場合は、針先を突き刺すイメージで現象を起こしたと言う。

 そのイメージは分かりやすい……俺でも共感できる。

 他にも、穴を開けるだけならば、その分の土をどかすって方法もあるだろう。

 それなら……これでどうだ!


 バギャンッ!!!


「うおおっ!!」

「きゃああっ!」

「!」


 ……遠くからドタドタと足音が聞こえてくる。

 と思ったら、ドアが乱暴に開かれた。


「どうした!」


 飛び込んできたのは、ヴェンだった。


    ◇


「何か……済まない」


 思わぬ部屋の惨状に、俺はとりあえずそう言うだけで精いっぱいだった。

 瑠奈はびっくりして、俺の服の裾をつかんで身体を寄せてきている。

 マリスは、ぱかーっといた口に両手を当てて、ぼっ立っている。

 あとから入ってきたヴェンは、飛び散った木片や土と真ん中から折れたテーブルを見て立ち尽くしてしまっている。


「りょーすけ」

「……はいヤァ

「どんな現象メノリスを、想像フォーレスしたのかしら?」


 ……剣山けんざんなんだけど、何て説明したらいいんだろうか。

 そう、生け花で使うあの剣山。


 俺が考えたのは、硬くて鋭い、そして細い針が歯ブラシみたいにびっしりと生えてるどでかい剣山の形に空気を圧縮して、それを上から叩き落すみたいなイメージだったんだが……よく考えれば、実際にそんなことしたらこうなるのは当たり前エヴィダンだよな。


 一応説明はしてみたが、案の定全然理解できてないみたいだ。

 ザハドの山風さんぷう亭で壁に花が飾ってあるのは見たから、フラワーアレンジメントみたいな文化はあるとは思うんだけれど、剣山を使うような形じゃないのかも知れない。

 状況を理解したヴェンは、頭を振りながら部屋から出て行ってしまった。


「で……肝心の俺の素質は、どうなの?」

「……分かんない」


 え?

 どゆこと?


「土も箱もここまで粉々になっちゃったら、分かんないわよ」

「……ごめんなさい」


「あ、いやあの、別に怒ってるわけじゃないの。ボロスだって取り換えれば済むんだから気にしないでね。ただちょっと、あまりに想定外の結果イノビコア・エルディーヴで驚いただけ。あ、でも片づけは手伝ってほしいわね」


「もちろんです……」


    ◇


 ようやく綺麗になった部屋で、俺と瑠奈は椅子に座ってマリスと相対あいたいしている。

 壊れたテーブルは、ヴェンがどっかに持ってった。

 俺たちとマリスの間には、どこから持ってきたのか新しいテーブルがある。


「ふう。それじゃ、続きを始めましょうか」

「よろしくお願いします……」

「もう!」


 マリスは笑った。


「気にしないでって言ったでしょ? わたしがやってって言ったんだし、りょーすけは何も悪くないんだから、ね?」

「……はい」

「るぅなからも何か言ってあげて? 誰も怪我レジオアしてないし、いいのよって」


 瑠奈はうなずくと、落ち込む俺のそでをくいくいと引っ張った。

 まあ確かに俺だって、理科の授業で実験に失敗して器具が壊れたとしても、子どもを頭ごなしに叱るようなことはしない、か。


了解ダット、マリス。もう引きずらないでおくよ。でも、同じようなことが起こらないようにいろいろちゃんと教えてほしい」

もちろんよビ・ネーブレ。これから説明することは、きっとそのために役立つわよ」


 女性二人に励まされて、やっと復活。

 何か俺、気持ちの乱高下らんこうげが激しいような気がするな。

 いろいろあり過ぎたって言えばそうだが。


 でも、マリスの言う「何でも出来る」「想像力が大事」は何となく理解できたぞ。

 どうも「魔法」って言葉にとらわれていたようなんだけど、俺の元いた世界の知識にある魔法とは、少し毛色が違うんじゃないのか?


 少なくとも呪文を唱えるようなことは今のところないみたいだし、火魔法とか水魔法とか、そういうカテゴリー分けも聞いたことがない。

 いや、まだ答えを出すのは早いか。


 とりあえず、マリスの説明を聞くとしよう。

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