第三章 第24話 八乙女涼介は決意する

 無機質なノックの音と共に、彼らは部屋に入ってきた。

 二人の女性と、一人の男性。


「とりあえず安全セクレコは確保できました。下に来てください」


 先頭に立っていた女性が言った。


    ◇


 そこは、言ってみればバーだった。


 まあ俺はあんまり酒は飲めないから、日本でも片手で数えられるくらいしか行ったことはないんだけれど、薄暗い室内のところどころに照明がともり、長い長いバーカウンターがあって、背もたれのないバースツールが並んでいる――これって、バーだよな?


 座面が高いから、瑠奈るなは足をぶらぶらさせながらカップを両手で持っている。

 すすっているのは、あったかいミルクティーティト・ラークだ。

 ちなみに俺も同じものをもらった。

 いいんだよ、こういうので。


「どうです? 落ち着きました?」


 カウンターの中からにっこりと笑いかけるのは、ユーリコレット。

 さっきここへ移動するよううながしたのも、この子だ。

 ブロンドの髪を後ろで太く束ねて、左肩から前に流している。

 年のころは……二十歳いくかいかないかくらいだろうか。


「るぅなちゃん、どう? おいしい?」


 コレットの隣りで瑠奈に話しかけているのが、マリス。

 瑠奈はこくりとうなずいた。


 彼女はアリスマリスという名らしいのだが、アリスなのかマリスなのか疑問に思っていたら、マリスと呼んでと言われた。

 この子は、恐らくコレットよりは年上じゃないかな。

 明るい金色のロングヘアが、顔の輪郭に沿う感じでうねっている。

 色気と言うか、女性らしさのオーラみたいなものがむんむんしている人だ。


 さらにマリスの隣りで、黙って立ってこっちを見ているのが、ヴェンだ。

 言わずもがな、俺と瑠奈をひょいと抱え上げて運んでくれた人。

 ヴェンの名は……確かヴェンデレイオだったかな。

 彼は口元にもあごにもほおにも短いヒゲが生えていて、坊主頭だ。

 髪の色は、薄めの茶色ってところか?

 見た的にちょっと怖い感じがしないでもないけれど、細い目は優し気で威圧感のようなものはまったく感じられない……少なくとも、今はね。


 それにしても、あったかい飲み物というのは気持ちを落ち着けてくれる。

 俺は寒い冬でも、飲み物は水でもコーヒーでも冷たくして飲みたい派の一人なんだが、ここにきてホットドリンクの良さを再確認させられた思いだ。


 ちなみにだが、このミルクティーを作ってくれたのは、ヴェンである。

 さしずめ、このバーのバーテンダーと言ったところなのか?


「さてと」


 パン、と手を叩いて、コレットが口をひらいた。


「二人の気持ちも落ち着いたようだし、状況を整理しましょう。まず、さっき襲撃してきたのはレアリウスの手の者で間違いないと思います」

「レアリウス……?」


 何だ? レアリウスって。

 オズワルコスさんの手の者とは聞いていたけれど。


「確かめたのか? コレット」

「うん、ちゃんとあったし。刺青ティグマータ

「ティグマータ……?」


 知らん単語が出てきた。

 まだまだだな、俺も。


「刺青を見たのなら、死体モーザンテロスはどうした?」

「二人分はいつものところ。もう一人分は……分かんない。えへっ」

「ごふっ」

「あらあら、大丈夫ユニタオーナ? 八乙女様ノス・ヤオトメ


 マリスが心配そうに、軽くむせた俺の顔をのぞきこんだ。

 彼女の表情には、心底俺をいたわる優しさしか浮かんでいない。


「ごほっ、ごほっ……ああ、済まない。大丈夫だ」


 ……モーザン、テロス。

 死んだ身体――死体か。

 ってことはだ、追手はこの子たちに殺されたってわけだ。


 しかし同時に、彼らは追手を殺したことを、少なくとも表面上は何とも思っていないように見える。


(こいつは……腹をくくらないとダメだな)


 追手は、俺たち二人を殺そうとしていた。

 この三人はその追手を殺して、俺たちを助けてくれた。

 三人がいなければ、俺たちが殺されていた。


 今さら彼らに、俺の倫理観とか道徳観を押し付ける気はない。

 ここは、そういう世界・・・・・・なんだから。

 生活している人たち全員がそうじゃなくても、少なくとも今俺たちが足を踏み入れている場所はそういうところなのだ。

 自分の価値観を合わせるつもりはない。

 ないけれど、受け入れていかなくちゃならないだろう。


 そして――――必要があれば、俺自身のこの手で……。


どうしましたキエラフェーロ? マーニ怪我レジオアしたとか?」


 なかば無意識に自分の手を凝視していた俺に、今度はコレットが声を掛けてきた。

 瑠奈も何となく不安そうに俺を見つめている。

 今こそ、決意する時だ。

 俺は手をグーパーグーパーしてごまかしながら、彼らに言った。


「いや、怪我はしていない。ただ、ひとつ頼みがある」

「何でしょう?」


俺としてはキェルフォルラウ今自分たちが置かれている現状をリヴォラスアエクテーニエグノラシー可能な限り正確にダスダオイーズユニニルもれなく把握したいと思っているキェルタルネーズィエカプレティキェルエヴレークでもアダリオ俺のエレディール共通語はまだ拙いからリスノアロ・ヴェルディスユーノアンクラウポブレア……済まないけれどベラーズパルダーノ精神感応で話させてもらいたいんだリヴォラスアユヌルミッサアパルニルギオリアラ


 三人は、俺の提案に顔を見合わせて目をぱちくりしている。

 俺の言葉の何かがひっかかっているのだろう。

 共通語が拙いってところなのか、精神感応そのものに対する忌避感なのか――などと考えていたら、三人からほぼ同時に「ノック」が来た。


(コレットでーす)

(マリスよ)

(……ヴェンだ)

(ありがとう、三人とも)


 みんな同じ空間にいるのに、表向きは誰も話していない状況になった。

 第三者がもし見たとしたら、結構異様な光景かも知れないな。


(瑠奈ちゃんはどうするのかしら?)


 マリスの言葉に、俺は瑠奈を見た。

 彼女は黙って、首を横に振った。


(とりあえずは加わらないつもりらしい。まあもしかしたらこの子の場合、つながなくても聞こえている・・・・・・・・・・・・・のかも知れないんだ)

(? どーゆーことですか?)

(俺にもよく分からないんだが、まあそこはよしとしといてくれ)


 さて、情報収集の時間だ。

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