第三章 第23話 八乙女涼介は考える
俺の顔は、いつの間にか涙にまみれていた。
いつ以来だろうか。
いや……
でも、これはそういう涙じゃあない。
「……済まないな、瑠奈。みっともないところを見せちまったか」
瑠奈はふるふると
その髪に、俺は手を置いた。
思えばこの子は、瑠奈は……これまで一度だって弱音を吐いたことがない。
両親よりも何故か俺に懐いたのだって、きっといろいろあったはずなのに。
母親の手を振り切って俺を追いかけてきた時も、不安だったろうに。
ザハドへの遠い道のりをひたすら歩いた時も、泣き言一つこぼさなかった。
山風亭で襲われた時も、夜通し馬車で揺られた時も、このピケで宿屋を探して歩き回ってた時も……あんなに高熱を出すほどに疲れ果てていたってのにな。
「ふっ……」
瑠奈の頭をゆっくり撫でていると、自然に口角が上がってくる。
そうだ俺は、この子がついてくるのを受け入れた時に決めたんだった。
ちゃんと守るって。
「よしっ!」
パァンッッ!!
突然俺が自分の頬を両手で引っ
「すまんすまん、ちょっと気合いを入れたんだ」
両の頬がじんじんと痛む。
でも今はその痛みが心地よいし、何より弱気になっていた自分に
「それじゃ、気持ちが切り替わったところで、これからのことを考えるか」
こくり、と瑠奈が
――とは言え、だ。
何から考えたらいい?
そうだな、まずは今後の身の振り方か。
とにかくマリナレスさんに言われるまま、俺たちはオーゼリアのヴァルクス家を目指していたんだが、そもそも行ってどうするんだっけ。
(そこであなたが知りたいと願うことの
さっきも思い出したマリナレスさんの
「転移した真相」については、既に知ってる。
あれには、校長先生と誰かの会話と、校長先生自身の
そして校長先生とその誰かは、驚くべきことに
(でも、少なくとも相手は日本人じゃない。あれは、俺の知ってる学校のメンバーの誰の声でもなかった)
それなら誰だ?
すぐに思い浮かぶのはリィナやシーラ、オズワルコスさんぐらいだが、その三人とも明らかに違う人物の声だ。
まあリィナたちが他の誰かに教えたという可能性も――いやしかし、それだけであれほど
(ただなあ……あの声、どこかで聞いたことがある気がするんだよなあ)
あれは、女性の声だった。
ザハドの関係者で俺が声を聞いたことのある女性の数は、それほど多くはない。
……今ひとつ、ピンと来ないな。
あとは――――
(オーゼリアの「ヴァルクス」という家を
ヴァルクス……ヴァルクス……ん?
そう言えば山風亭に、もう一人見知った女性がいたな。
確か食堂でみんなとわいわい飲み食いしていた時、別のテーブルで一人ぽつんと食事を取っている様子が印象的で、記憶に残っている。
(――アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクス)
「!」
そうだ!
ヴァルクスと言う家名。
学校訪問にも確かに来ていた人だ!
あいさつ程度しか話していなかったと思うが、そう言えば「エリィナ」と呼んでくれと言われたのを思い出した。
ミドルネームが「
しかしあの時は、普通に
それでも、あの録音データの女性と声が似ていたような気もする。
先入観のせいだろうか。
(ただなあ、仮に校長先生の会話の相手がそのエリィナさんだったとして、校長先生とどういう繋がりがあるのかも分からないし、日本語が話せる理由も不明なままなんだよな……)
その辺も含めて、マリナレスさんは「知りたいことの端緒を
……いやいや、ちょっと思考が
今考えなきゃならないのは、これからのことだ。
元々ヴァルクス家へ向かうつもりなんだから、この辺りの疑問の答えも行けば分かるとしておこう。
問題はその
繰り返しになるが、そもそも俺の知りたいことって何だ?
ヴァルクス家に到着したら、どうすんだ?
学校には戻れないから、瑠奈を連れてこの国をずっと放浪でもするのか?
――そんなわけがない。
そんなこと、俺は別に望んじゃあいない。
俺は、
それを大目標ってことにして、転移してから色々頑張ってきたんだ。
「俺は、日本に帰る方法が知りたい。瑠奈、お前も日本に帰りたいだろ?」
「……」
ところが、案に相違して瑠奈は黙ったまま、
(――そうか。幸か不幸か、この子は両親と一緒に転移してきたんだった。しかも、あんな別れ方をしてきている……)
俺と二人で仮に日本に戻れたところで、それが彼女の幸せとはならないだろう。
それに今、学校がどんな状況になっているのか分からないけれど、きっと
先生たちばっかりじゃなく、
彼らを置いて、俺だけが日本に帰る――多分、俺には無理だ。
正義漢ぶるわけじゃないけれど、そのまま何事もなかったように生きていくことなんて……俺には出来そうにない。
(まあ、
ともかく、これで行動の指針はとりあえず立った。
――日本に帰る方法を探す。
思い出したって言った方がいいかも知れない。
(とは言っても、手掛かりがあるわけじゃな――――)
いや、待てよ。
あの校長先生の
――
語られていた話が本当ならば、彼はこのエレディールのどこかにいるはずだ。
もしかしたら彼の行方も、ヴァルクス家で明らかになるのだろうか。
今は、そう願おう。
(そして、もうひとつ)
「瑠奈」
突然呼びかけられたからか、彼女は首を
「俺は痛感したよ。あまりにも自分が無力だって」
「……」
「山風亭でもここでも、俺たちはただただ守られるだけだった。彼らがいなければひたすら逃げるだけで、他には何にも出来ないままだ」
「……」
「俺はこれから日本に帰る方法を探そうと思う。まず手始めに向かうのはヴァルクス家だけど、そこに行くのだってただお客さんみたいに誰かに運ばれていくだけじゃダメなような気がするんだよ」
「……」
小四女児相手に決意表明とか。
いい年した大人が何やってんだ、と思われるかも知れない。
だけど、俺にとって瑠奈は――うまく言葉に出来ないけれど――既にただの旅の連れではなく、久我夫妻から預かった教え子というだけでもなく、何だろうか、ともかく今自分が考えていることを、知っておいてもらいたい相手なのだ。
「理由はまだ分からないけれど、俺たちは追われているだけじゃなくて、命まで狙われている。でも、今日みたいにいつでも誰かが助けてくれるとは限らない。俺は少なくとも、お前ぐらいは守れるようになりたい」
「……」
「手始めに、
瑠奈が俺の顔を見上げて、俺の左手をぎゅっと握ってきた。
頑張って、と言われている気がした。
――その時、ドアの向こうから足音が響いてきた。
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