第三章 第22話 涙
「うおあっ!」
唐突に足元の
当然バランスを崩す。
そんな俺に追い打ちをかけるように、大砲の弾丸のような
「ぐふっ……」
まともに声を出す間もなく、俺はつんのめるようにして頭から落下した。
(う……これは、死んだか? 俺)
背中の痛みと気持ちの悪い浮遊感に、事態を全く把握できないまま、俺の頭に
いやだって、これはもう無理だろ……。
ここからどうやったら助かるって言うんだ?
済まない、
「うぐあっ!!」
突然、俺は巨人の手で
身体の自由が全く利かない……。
よく見ると、俺の身体は見覚えのある縄でぐるぐる巻きにされていた。
ぶーん。
「うわっ!!」
俺の身体は落ちることなく、代わりにまるでブランコのように、どでかい振り子のように水平方向に動いていた。
恐る恐る見上げると――コレットが両手で縄を掴みながら踏ん張っていた。
「行くよー! ヴェンー!」
そう叫ぶとコレットは、遊園地にあるバイキング系のアトラクションのように俺をもう
「それ――――っ!」
「うわ――――――――――――――――っ!!!!」
今度こそ
あとはもう、目を
ボズンッ!!
「うぐおっ!!」
俺の身体は、大して落下しないうちに硬いような柔らかいような変なものにぶつかる形で止まった。
息が止まりそうだったが、痛くはない。
生きてるのか? 俺は……。
こわごわ目を開けると――知らない男が俺の顔を
もしかして、この人が抱きとめてくれた、とか?
「
「……」
「おい、どうした。どこか怪我でもしたのか?」
「……」
あかん。
思考は回ってるんだが、口が動かない。
多分驚き過ぎて、
ここはどうやらバルコニーのようなところらしい。
男は俺を下に置いて座らせると、身体を縛り上げていた縄をぐるぐると
身体を押さえつけていたものが
それで気付いたんだけど、俺の心臓の鼓動、すごいことになってるな……。
もちろん呼吸だって、浅くて荒い。
そしたら突然、全身から汗が噴き出てきた。
「おい、大丈夫か?」
もう一度、男が問い掛けてくる。
俺はのろのろと男の顔を見上げると、辛うじて
がくがくと。
「せんせー!」
聞きなれた声が飛んでくる。
そちらの方向へ振り向けば、瑠奈が走り寄ってきていた。
その後ろから、見知らぬ女性が追いかけてくる。
「ヴェン、とりあえず二人を中に入れて」
「そうだな」
ヴェンと呼ばれた男はそう言うと、俺と俺にしがみつく瑠奈もろとも抱え上げ、開けっ放しになっている扉の中に入っていく。
「マリス、コレットの
「
二人の男女は、すれ違いざまに短く言葉を交わした。
男はちらりと女性の背中に視線を送り、俺たちを下におろした。
「どうだ、歩けるか?」
「あ、ああ……」
とんでもない恐怖体験をした俺も、さすがに少しずつ落ち着いてきた。
瑠奈が俺の服の
それを見て、いつまでオタオタしてはいられないと、自然に気合いも入り始めた。
「ならついてきてくれ。ここは
「分かった。瑠奈、行こう」
俺と瑠奈は、どんどん先を行く男の
◇
案内されたのは、ごく簡素な一人部屋だった。
ベッドと小さな物入れのようなものが、ひとつずつ。
ただ、それだけだ。
窓も小さ目で、外は隣の建物の壁が間近まで迫っている。
「ふう……」
俺と瑠奈は、荷物を
バクバク言っていた俺の心臓も、ようやく落ち着いてくれた。
汗も、ひいた。
そうして少しずつ冷静さを取り戻してくると、急に身体が震えてきた。
さっきの、空中でぶん回された時のものとは別種の恐怖で、だ。
(本気で俺たちを殺そうとしている奴らが、いる……)
ザハドでも襲撃を受けたし、あの時も怖くなかったわけではないけれど、マリナレスさんがあっと言う間に倒してくれて、訳の分からないまま馬車に詰め込まれたから、正直戸惑いの方が大きかったように思う。
でも、今回は違う。
屋根の上を移動する俺の足下の瓦が、砕けて散った。
直後に謎の攻撃を背中に受けて、空中に
死を覚悟したのも、初めてだった。
少々手荒い方法でもコレットが助けてくれたから、俺は今ここでこうしている。
何より、敵はザハドから
俺たちを何としても殺すと言う、明確な意志を持って。
(恐ろしい……)
俺は頭を抱えた。
一体、何故だ?
どうして俺たちは殺されなきゃならない?
俺たちが一体、何をしたって言うんだ?
(そこであなたが知りたいと願うことの
ザハドで襲われた時、マリナレスさんはこう言った。
俺たちを襲撃したのが、オズワルコスさんの手の者だとも言っていたな。
……それこそ意味が分からない。
どうして、彼が?
(このままじゃ、オーゼリアに着くまで生きていられるかどうか……)
「くそっ…………」
「せんせー」
ふいに隣に座っている瑠奈が、俺の左手に手を置いて言った。
「せんせー、泣かないで」
え?
「泣かないで、せんせー」
左手にかぶせた彼女の小さな両手に、ぎゅっと力が入る。
泣いてる?
俺が?
右手で思わず自分の顔をなでると、いつのまにか俺の頬と言わず目と言わず、全体がぐしょぐしょに濡れていた。
泣いていたのか、俺は……。
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