第三章 第20話 油断すんじゃねえぞ?

「何だい、おじさんフロンダ

「来たか、アーチー」


 アーチークレール・モレノアは、八乙女やおとめ涼介りょうすけ久我くが瑠奈るなが宿泊する「風見鶏亭プル・コキドヴェテロア」の執務室ロマ・ビューラスに再び呼び出されていた。


 呼び出したのはもちろん、この部屋のあるじであるドルガリス・ローザント。

 彼はこの食堂ピルミル宿屋ファガードである風見鶏亭のほかに、自らが会頭レジダンを務めるローザント商会メルカタリスを経営している。

 さらに言えば、この風見鶏亭は例の「レアリウス」のピケ支部ピケ・アダーラとも言うべき働きをになっており、ドルガリス自身がそちらも統括グライベジーアしているという事実がある。


「例の二人はどうなってる」


 彼はクリーヴに向かったまま、振り向きもせずに問い掛けた。

 いつものことなので、アーチーは特段気を悪くしたりしない。


「ああ、部屋ロマで大人しくしてると思うぜ。さっき、ノァスの方が食事ミルの買い出しに出ようとしてたから、こっちで調達コントラジオするって言って戻らせたよ」

「そうか」

「セラに頼んどいたから、もう届けてるんじゃねえかな」

「それならいいが」


 アローラだけをアーチーに向けて、ドルガリスはおいマータをぎろりとめつけた。

 思わず後退あとずさりたくなるアーチーだが、決しておもてには出さずどうにかこらえる。


「そろそろザハドの実行部隊ギザトラプスが到着してもおかしくない頃だ。一番上の階の部屋に押し込んだからと言って、油断すんじゃねえぞ?」

「分かってるって。話は、そんだけかい?」

「まあそんなとこだ。とにかく、今のお前の仕事は二人を逃がさないでおくことだからな。店のことなんかは他の奴らに任せておけ」

了解ダット了解。それじゃ、行くぜ?」

「ちょっと待て」


 きびすを返したアーチーを、ドルガリスは呼び止めた。


「? まだ何かあんのかい?」


 アーチーがいぶかに振り返る。

 少しヴォコのトーンを落として、ドルガリスは続けた。


「それで、あいつはちゃんと仕事カーマしてんのか?」

「え? あいつって」

「……セラだ」

「セラ? さっきも言ったけど、あの二人に食事を届けてるだろうし、普段の仕事ぶりだったらしっかりしたもんだぜ?」


 何となく首をかしげながら答えるアーチーを見て、ドルガリスは視線を机上きじょうに戻した。


「そうか、そんならいい。行っていいぞ」

「……ああ」


 今度こそ、アーチーは執務室のヴラットけて外に出た。

 彼の表情イレームには、何とも言えない色がただよっている。


 と言うのも、ドルガリスがセラについてこんな風に尋ねるのは、実は今日に始まったことではないのだ。

 そのたびにアーチーは、名状しがたい気分になる。


 ――十年前、両親オビウスを亡くしたアーチークレール・モレノアとセラピアーラ・モレノアは、ドルガリス・ローザントに引き取られた。


 兄妹きょうだいにとって、ドルガリスは叔父おじ――父方ちちかた叔母おばの夫――である。

 元々はローザント商会もこの風見鶏亭も、二人の父親ダードレであるメドロアース・モレノアのものであり、商号も「モレノア商会」だった。

 ドルガリスは副会頭マル・レジダンとしてメドロアースを支える立場にいた。


 しかし十年前、このピケの街においてレアリウスと望星教会エクリーゼの間で大規模な争いヴァルコッタが起きたのだ。

 アーチーとセラ――モレノア兄妹の両親は、その戦闘エスクル最中さなかに亡くなった……とアーチーは聞いている。

 と言うのも、ドルガリスだけではなく父親であるメドロアース自身もレアリウスの一員だったからだ。


 当時アーチーは八歳ビス・イェービー、妹のセラピアーラは六歳ライ・イェービーだった。

 望星教会側には、「狂信者ブリジャーロ」とあだ名されているリグベストラ・ヴァイクライトという人物がおり、幼い二人もその手にかかろうとしていたところを、ドルガリスが間一髪で救出したのだと言う。


 ドルガリスが事件後に新会頭として商会を引き継ぎ、両親を失った幼い兄妹を引き取ったことはごく自然な流れであった。

 引き取られて数年経ち、まずアーチーが風見鶏亭を手伝うようになると、ドルガリスは自らが所属するレアリウスについて彼に少しずつ明かしていき、末端の仕事を任せるようになった。


 最初はよく分からず、言われるがままに動いていたアーチーだが、次第にどこか後ろ暗いことに手を貸している事実に気付き始めた。

 とは言っても、自分たちを引き取ってくれた叔父には恩義グレヴナを感じていたので、何となく引っ掛かりを覚えながらも協力を続けていたのだった。


 だから彼は、セラが風見鶏亭を手伝うようになり、ドルガリスが妹をもレアリウスに関わらせようと考えていることを知った時、必死で懇願した。

 レアリウスとして自分が妹の分まで働くから、彼女を巻き込まないでくれと。


 ドルガリスは少し考えたあと、それを了承したのだった。


(それ以来、時々だけどああやってセラのことを聞いてくるようになったんだよな。自分の目で確かめりゃいいじゃねえかといつも思うんだが)


 商会と風見鶏亭を行き来して忙しくしているドルガリスでも、店でセラと言葉を交わすくらいの時間はあるはずなのに、とアーチーは不思議に思っている。


 階下かいかから賑やかな声が響いてきた。

 階段エスカロりれば、そこにはいつもの食堂の日常が広がっている。

 セラの姿を探すと、彼女もこれまたいつものように注文アッセを受けたり、出来た食事ミルを運んだりして、くるくると店の中を元気に飛び回っていた。


「セラ」

「あっ、お兄ちゃんブラットリィ

「あの二人に食事は運んだか?」

「うん。とっくに持ってったけど?」

「そっか。そんならいい」

「セラちゃーん、こっち、注文頼むわー!」

「あ、はーい!」

「セラ」


 クリエの方へ向かおうとする妹を、アーチーが引き留める。

 足を止めて振り返るセラ。


「何? 呼ばれてるんだけど?」


 こいつは、あの二人にこれから訪れる運命フェルディスを知らない。

 知ったら……きっと悲しむだろう。


「――いや、何でもねえ」

「はあ?」


 セラは眉間みけんにしわを寄せた。


「忙しいんだから、用もないのに呼び止めないでよ、もう!」


 そう言い捨てると、セラはドスドスと客の方へ歩いていった。

 呼び出した客も目を丸くしている。


(さて、そんじゃあ俺は監視ステイブに戻るかね)


 小さくパラスすくめながら、アーチーは再び階段を上っていった。


    ◇


 そしてアーチーは、涼介りょうすけたちが泊まる部屋の近くでかれこれ十分間ディアナディスほど、こうして立っている。

 今のところ部屋を出てくる気配シグノはないが、もし出てきたら何と言って戻そうかと考えながら。


(それにしても、静かだな)


 一体、あの二人は何をしでかして、レアリウスから追われるような恐ろしい破目になったのだろう。

 そもそもあのノァス少女アルフェムはどんな関係ハルマーナなのか。

 黒髪ヴァーティハール黒瞳ヴァーティアルノーという特徴も同じだし、何となく親子オピエジナスだと思っていたが……。


(ちょっと世間話みたいな感じで聞いてみるか)


 特に急いでいるような様子でもなかったし、少しくらい暇つぶしに付き合ってもらってもいいだろう。

 これから彼らを待ち受けている事態を考えると、正直あまり顔を合わせたくないと考えていたが、どうにも好奇心ヴィルベレスが抑えられなくなったアーチーは、その部屋のヴラットをたたいてみた。


「……」


 返事エランドが、ない。


 二人して眠っているのだろうか。

 まだ朝早いのに、よく眠れなかったとかか?


 もう一度たたいてみるが、部屋の中からは何の物音も聞こえてこない。

 何となく嫌な予感がして、アーチーはそっと扉を開けてみた。


 そこに彼が見たのは――荷物も含めてもぬけのからになっている室内だった。

 残っているのは、食事の後の食器ボロスリアのみ。


 アーチーの背中ディエートルを、冷たい汗ルドシュヴィティつたった。

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