第三章 第18話 拠点

「そうですか、あの母子おやこは無事なのですね……」


 ほっとした表情で、ダルビナーツ・カシミアレスはため息をついた。


 ここは、地下都市ヴームの区画のひとつ、第七十八区画スキュリス:エニディアビス議場カンブロと呼ばれる一室。

 一度に二十人ほどが着席できる大きなボロスが置かれており、片側にウルティナ率いる聖会イルヘレーラ一行いっこうが、そして反対側にダルビナーツをジェフェとする第七十八区画の住人マルカの主だった者たちが座っている。


 両者は地上にある「地上地点リーズ・エレオーヌ」で邂逅かいこうした。

 当初はその場で会談メーディアをする予定だったのが、聖会の巫女ヴィルグリィナであるウルティナが自らそのゼーナを明らかにすると、ダルビナーツはあわてた様子で聖会の一行を地下都市へ招き入れたのだった。


 安堵するダルビナーツに、ウルティナはにこやかに答えた。


「ええ、彼らも転移してからいろいろあったようですが、今は信用のおける家で保護ガルドスされています。二人とも、特に母親アルカサンドラの方は異世界ソリス・マルサーマ文化メルディルス言語ヴェルディスを貪欲なまでに吸収しようと毎日チウディーナ励んでいるようですね」


「何とも彼女らしいことです。それにしても……いえ、疑うわけではありませんが、まさか別の世界ソリス・アーネン転移メルタースしていたとは……いやはや、想像もしておりませんでしたな」


「転移した当時、何か変わったことなどありませんでしたか?」

「それらしいことは何も。ただ、住民の多くがごく小さな違和感マルコルファを感じたようです」

「違和感……ですか」

「はい」


 ダルビナーツは、何かを思い出そうとするかのようにあごに手を当てた。


「あいにく私はまったく気づかなかったわけですが、あれは確か夕方ヴェセールになる少し前のことでしたかな。まあ私たちは長らくこのような生活ヴィアラスをしていますゆえ地上の者ヴィル・スプルテーロたちのようにレーフノメンを計るようなことはありませんがね。とにかくそれが起きた直後に、何名かの住民が伝えてきてくれたわけですよ」


「違和感があったことをでしょうか」


「もちろんそのこともそうですが、何よりある通路アルワーグプラックふさがれていると大騒ぎになっていました。こんなことは私が長になってから一度としてありませんでしたし、それ以前でも聞いたことすらない事態でして。ともかく急ぎ総出で復旧させました」


「そこが、ベーヴェルス母子おやこが住んでいたところだったわけですね」


「いかにもそうです。ところが土を掘れども掘れども、彼らの居住区は一向に見つかりませんでした。ぞっとしない想像でしたが、もしかして潰されてしまったのかとも考えました。しかし、それにしても構造物ラクトロスヴィスル欠片ブルッツすら発見されませんで……」

転移交換メル・ヴァルしたのであれば、それも当然ですね」


 ウルティナは頷いて言った。

 肩をすくめるダルビナーツ。


おっしゃる通りで。復旧と言っても元通りの状態に戻す術はありませんから、通行に差し支えのない程度まで穴を掘ってつなげただけです。土はき出しのまま、固めてはありますが」


 その様子については、先ほど案内されたウルティナ達は既に見て知っていた。

 そこにあったのは、途中で九十度に折れ曲がった、日本語で言う細長い隧道トンネルであり、元の通路の姿とは全く異なっていた。


ウルティナ様ハス・トイルス・ウルティナ。彼ら二人の消息フレティアについての情報フィルロス提供ティブロフには衷心ちゅうしんより感謝エスケリーク申し上げます」

「『殿下ハス・トイルス』はおやめください、ダルビナーツ殿。あなた方は聖会イルヘレーラの者ではありません。そこまでへりくだる必要はないのですよ」


 グラーヴァボロスこすり付けんばかりに下げるダルビナーツに、ウルティナは困ったように声を掛けた。

 ダルビナーツばかりではなく、彼の後ろに控えている住人たちも同様に、深く腰を折っている。

 先ほど地上の『リーズ・エレオーヌ』であれほど強気な態度ジェラーロを見せていたブレクサンドすら、である。


「しかしあなた様は……」

「わたくしは聖会の巫女ヴィルグリィナです。そして出来れば、そのゼーナで呼ぶのは控えていただければありがたく思います」

「…………承知いたしました。それでは、巫女様アルナ・ヴィルグリィナと」

「ありがとうございます」


 ダルビナーツは振り返り、住人たちに告げた。


「皆もそのようにお呼びするのだ。巫女みこ様のお名前は今後一切、口外することまかりならぬ。厳重に秘するように」


 住人たちは黙ったまま、しっかりとうなずいた。

 ダルビナーツは、視線イクセロアをウルティナに戻して続ける。


「して巫女様。私たちに協力クラボーラをお求めと仰いましたが……」

「はい。単刀直入に言いますと、こちらに拠点オイナリアを作らせていただきたいのです」

「拠点、ですか?」

「ええ。先ほど言った、ベーヴェルス母子と引き換えにこちらに転移してきた『ガッコウ』に目を配っておくために、監視員ステイビルを常駐させたいと考えているのです」

「なるほど」


 ウルティナは視線を上げた。


「土で埋もれたと言う場所の直上ちょくじょうには、『ガッコウ』があるはずです。ずうずうしいお願いで恐縮ですが、引き受けていただけないでしょうか」

「うーむ……」


 ダルビナーツは腕を組んで唸ると、何やらしばらく考えていた。

 聖会の一行は、ただ黙って彼が口を開くのを待った。

 そして――


「ブレクサンド」

「はい」

「居住区にいている部屋ルマはあったかの?」

「……はい」


 少し考えてから、ブレクサンドは答えた。


「ただ、崩れた場所からかなり離れてしまいます。第三倉庫プラルカ・セスガでしたらすぐ近くですから、そこを使っていただいてはどうでしょう」

「ふむ……というわけですが、いかがでしょう、巫女様」

「ありがとうございます。お言葉に甘えたいと思います。交代しながら常時二人ずつ任務メジオラに当たる予定ホラロアですが、必要物資等はこちらでまかないますし、場所をお借りするお礼に何かご希望のものを提供させていただきましょう」

「それはありがたく存じます」


 ウルティナの申し出に、ダルビナーツは破顔はがんして答えた。

 心の中で、ウルティナはほっとため息をついた。

 思いのほか、地下都市の長が協力的なことに安堵したのだ。


 それから、必要なさまざまなことを取り決めたのち、ウルティナたちは地下都市をあとにし、急ぎ聖会へと戻ったのだった。


    ◇


 ウルティナは、エレディールに戻るや否や、精力的に動いていた。


 まずは、彼女が琉智名るちなとして日本にいた間に起きた様々な出来事について報告ポルタートを受け、エレディールの現状を把握。

 星祭りアステロマに参加し、ザハドの様子を自らのマータで確かめた。

時計ホロラル」を点検し、合一ミラン・イースまでの猶予を再確認。

 ここら一帯の領主ゼーレであるリューグラム弾爵ラファイラ・リューグラムに協力を取り付け、今また学校の様子を探るために、地下都市ヴームに監視拠点を作ることの同意を得た。


 すべては、レアリウス祖の地よとこしえにの企むところをくじくためである。

 しかしこの時点ではまだ、朝霧あさぎり彰吾しょうごは殺害されておらず、八乙女やおとめ涼介りょうすけはまだ学校を追放されてはいない。

 ウルティナがその事実、そして涼介と瑠奈るなが襲撃されたことを知るのは、この日から四日後のことだった。


 ――――そして。


 レアリウスの実行部隊エギザトラプスが、ピケに到着した。

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