第三章 第17話 突然の訪問2

 エレディール西部に広がる禁足地テーロス・プロビラス


 今岡小学校の職員室を含めた一部がおよそ九ヶ月ほど前に転移してきたのは、その禁足地とザハドの間に横たわる巨大な森林地帯――ザハドで呼ばれる西の森シルヴェス・ルウェス――からさらに西へ数キロメートル離れたところだった。


 転移してきた二十三人は水や食料を求めて周辺の探索をおこない、幸いなことに前述の西の森――彼らにとっては東方向なので「東の森」だが――にたどり着き、そこで念願の水資源や少量の可食植物を発見することが出来た。

 それから森の探索を続け、ザハドに住む少女――サブリナ・サリエールたちと出会い、交流を始めるに至った。


 それ以来、学校側はザハドとのやり取りに集中することになり、学校周辺の探索はほとんど行われなくなっていった。

 そもそも、彼らが転移した場所は広大無辺な禁足地の東端であり、探索によって明らかにされた場所はほんの極々ごくごく一部に過ぎないのである。


 そして……彼らの探索対象から外れていた、学校から北東へ一キロメートルほどの場所に、それはあった。


 ――リーズ・エレオーヌ。


 それは、地下都市ヴーム第七十八区画スキュリス:エニディアビスガが地上と行き来するために設置した地点リーズであり、半径一メートルほどの黒い円盤のような形をして、地面に埋め込まれているものである。

 地下都市には、物質を転送アクタールするための交換機メック・ヴァルタールというものがあり、独立している各区画スキュリスは本機によって互いに接続されていた。

 しかし、『すれ違いエルカレンガ』の影響で地下都市の多くの区画は破壊され、残るは第七十八区画を含めた十程度になってしまっている上に、多くの交換機が使用不能に陥っているために各区画同士の接続はほぼ絶たれているのが現状だった。

 そして、交換機は使うことこそ出来るものの、新たに作り出したり壊れたものを修理したりすることはかなわない。

 何故なら、それは遥か遠い遠い昔に製造されたものであり、その技術は失伝しつでんして久しいからである。


    ◇


 そんなリーズ・エレオーヌに向かって、ある一行いっこうが徒歩で進んでいた。

 聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナであるウルティナと、彼女の左右の騎士であるアルメリーナ・ブラフジェイとエミリアージェス・イドラークス。

 そして先日、リーズ・エレオーヌを発見したアイドラッド・アズナヴィトンとシクラリッサ・マリナレスの二人が先頭に立って歩いている。

 さらにその後ろには、数台の荷車キャリコスを引く者たちが続く。


 西の森からそれなりに離れている場所のはずなのに、どのように移動してきたのか彼ら一行に疲れている様子はまったく見られない。


「あーここですここです。ほら、主様リス・ドミニア! ここですよ!」

「どれでしょうか」

「これですよ、これですってば!」


 数メルス(メートル)先の地面を指さしながら、シクラリッサことクラリスがはしゃいで声を上げた。

 そんな彼女に静かに歩み寄っていくウルティナを見ながら、右の騎士ヴァシャルド・イウスであるアルメリーナ――アルが若干眉根まゆねを寄せてアイドラッドことラッドの顔をめつける。


「相変わらずなのだな、クラリスは」

「申し訳ありません、アルメリーナ様。本人に悪気はないのですが、こやつはどうにも距離感と言うか何と言うか……」

「いいじゃないか。主様あるじさまも特に気にしていないんだしな」


 恐縮するラッドに、エミリアージェス――エミが気安く言う。

 ちなみに、エレディールこちらの感覚でもアルとエミという通称は男女の誤解を与えやすいようなのだが、アルは女性、エミは男性である。


「お前が他人ひとのことを言えるか、エミ」

「俺だっていいんだよ。主様がいいって言ってくださってるんだ。いちいち絡むな」

「何だと!?」

「おやめなさい、二人とも」


 もう何十度め、何百度めになるかと言うやり取りを背中に受けて、ウルティナが振り返りながらため息をつく。


「それよりラッド、例のものを」

「ははっ!」


 ウルティナの言葉に、ラッドはふところから何やら取り出しながら急いで駆け寄っていく。

 その手には、長さセスディメルス(三十センチメートル)ほどの細長い棒状のものがあった。


「それが『ソノリオ』とやらですね」

「はい。これを手に持って、リーズ・エレオーヌの近くで数回はじけ、と」

「そうですか。では」


 そう言って、ウルティナが右手をラッドに差し出した。

 アルが飛び上がって叫ぶ。


「まさか、主様ご自身がされるのですか!? いけません!」

「? 何故ですか?」

「一体どんなことが起こるのか分かりません。危険すぎます!」

「わたくしなら、大丈夫・・・ですが」

「いえ、念のために他の者が――」

「じゃあわたし、やりまーす!」


 元気な声でそう言ったのは、クラリスだった。

 彼女はあっと言う間にラッドの手から黒い棒を取り上げると左手に持ち、右手の人差し指で二度三度と、その先端をはじいた。


「あっおい、クラリス!」


 ラッドが止める暇もなかった。

 アルとエミは素早く、黒い円盤――リーズ・エレオーヌと主のあいだに立ち、腰のベルツェルに手をかけて構えた。

 ウルティナと言えば好奇心に満ちた瞳で、アルとエミの隙間すきまからリーズ・エレオーヌを見つめている。


 すぐには、何も起こらない。

 それでも一行は臨戦態勢を解かず、何が起きても対処できるようにリーズ・エレオーヌとその周辺に気を配り続けた。


 そして――――――


 三十秒セシディアセグトほどった頃、黒い円盤の上イシメルス(一メートル)くらいの位置に小さなレーフが現れた。

 それはまたたく間に膨張し、大きなまばゆい光体となった。


 光が収縮していくと、そこには四人の人物が姿を現していた。

 そのうちの一人に、ラッドとクラリスは見覚えがあった。

 彼は先日この場で対面し、ジェフェへの取次ぎを頼んだ相手――狩猟隊ロヴィクス隊長スキピルのブレクサンドだった。


 ブレクサンドは一歩前に進み出て言った。


約束フォラーガ通りおさは連れてきた。お前たちの代表者オルデカリア――あるじとは誰だ」

わたくしですジユーノラウ


 ウルティナが、アルとエミの背中ディエートルをぽんぽんと叩いて前に出る。

 それを合図に二人の騎士は構えを解き、ウルティナの左右に立った。


「わたくしが聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナです。地下都市ヴームの皆さまにはご足労をおかけしてしまい、申し訳ありません。ダルビナーツ・カシミアレス殿はどちらに」


 ウルティナの声に答えるように、一番後方にいた初老の男ノァメルードが歩み寄ってきた。


「私です。第七十八区画スキュリス:エニディアビスガの長であるダルビナーツ・カシミアレスです」


 ダルビナーツと名乗ったノァスは、目の前に立つ小柄な女性フェムの姿を正面から見据えた。

 敵対心こそ露わにしていないが、そのアルノー警戒心シンガディーモは宿ったままである


「あなた方が、会談メーディアは地下都市の中ではなく外でよいとおっしゃったこと、そして何より我らが同胞サムランダたる『アルカサンドラ・ベーヴェルス』のゼーナを口にしたことで、こうして参ったわけですが……我らに何用ですかな?」

「わたくしたちはまず、あなた方にアルカサンドラとエルヴァリウスの消息フレティアについてお伝えしに、そして協力クラボーラを求めてここへ来ました」


「おい」


 ウルティナとダルビナーツの会話に、突然割って入る者がいた。

 ブレクサンドである。


「こちらの長がきちんと名乗ったと言うのに、そちらの巫女ヴィルグリィナとやらが名乗らないのはどうなんだ。失礼ザッカルなのではないか?」

「何だと!?」


 アルが腰のつるぎに手を伸ばして気色けしきばむ。

 ウルティナはすぐに彼女を制した。


「およしなさい、アル。彼の言うことは筋が通っています」

「しかし」

「よいのです。確か……ブレクサンド殿でしたか。あなたの仰る通り、わたくしの方が礼を欠いておりました。お詫び申し上げますバルカータラウ


 そう言って頭を下げるウルティナ。

 ダルビナーツが困った顔でブレクサンドをたしなめた。


「お前もそのような物言い、改めるがよいぞ、ブレク。言っていることが正しくても、伝え方がまずければ無用な軋轢あつれきを生む」

「……すみませんでした」


 そう言って、ブレクサンドも素直に頭を下げた。


「とは言え、私も巫女殿のお名前をおうかがい出来るに越したことはない。最初に名乗られなかったことに何か理由があるのかも知れんが、お聞かせ願えればありがたいのですがの」

「お気遣いありがとうございます」

「主様!」

「アル、よいのです。ダルビナーツ殿、わたくしの名は――ウルティナと申します」

「ウルティナ、殿……?」


 ダルビナーツは何か引っかかるものがあったようで、少しうつむきながら彼女の名を口の中で小さく繰り返した。

 そして次の瞬間――――驚愕きょうがくに目を見開いた。


「ウ、ウルティナとは……まさか……」


 ダルビナーツの顔を、ウルティナは静かに微笑んで見つめるだけだった。

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