第三章 第15話 ディアブラントとウルティナ ―3―

「……今おっしゃったことは、事実イザヌ・エレなのですか? 巫女殿」


 ディアブラント・アドラス・リューグラムは、驚きを隠そうともせずに尋ねた。

 彼にとって衝撃の事実を伝えたウルティナの方はと言うと、特に顔色を変えるようなこともなく、淡々と答える。


「現時点ではあくまで可能性エヴレコスの話ではありますけれど、確度は高いでしょう。少なくともそうと思われる状況は、ここ一年イシヤーニュ二年ウスヤーニュの話ではありません」

「そうですか……」


 ディアブラントはひたいをおさえてうめいた。

 彼の後ろに立つ従者エルファのラーシュリウス・ベック・オリヴァロも、眉間に深いしわを寄せている。


「我が恥をさらすようですが、当家の家宰メナールであるイングレイが、レアリウスと何らかの関係ハルマーナを持っているということ自体は、私も把握しておりました。さらに言えば、私の護衛レスコールの中にもレアリウスの息がかかった者がおり、ニホンジンに接近していたこともつかんでいます。しかしその、五司徒レガストーロでしたか? イングレイがレアリウスを束ねるほどの地位にいようとは……」


「何か手立てを講じられていたのですか?」

「いえ」


 苦し気にかぶりを振るディアブラント。


「泳がせていました。彼らの目的がどうにも分からないからです。少なくともイングレイは、家宰としての仕事はまっとうしておりましたし、我が家に、ひいては我が領地グロスに不利益をもたらすような事実も見受けられませんでしたから」


「彼らは十年前のピケでの事件をきっかけに、それまで以上に地下にもぐるようになりましたからね。弾爵だんしゃく家督かとくがれたのは?」


「……八年前です。しかし父のだいでの話とは言え、そのことは言い訳にはならないでしょう」


 ディアブラントはひとつ大きなため息ハスパーをつき、目の前に置かれていたディトをひとくちすすると、何かを考えるように視線を落とした。

 その様子を、ウルティナは黙ったまま注意深く見つめていた。


 しばらくすると、ディアブラントは顔を上げて口を開いた。


「巫女殿、あなたは先ほどレアリウスを滅ぼすべしと仰った。当家の零番隊コル・レイガに言及されたのも、そのために必要だから。そうですね?」

「はい」

「ならば教えていただきたい。レアリウスは一体何をしようとしているのですか? 我が領地の何かを狙っているのですか? それとも、我がオラルドですかね?」

「そのどちらでもありません。彼らは」


 ディアブラントの眼を正面からしっかりと見据え、ウルティナは答えた。


合一ミラン・イースを阻止しようとしているのです」

「ミラン、イース……?」

弾爵ノスト・ラファイラ、あなたは『レアリウス』という言葉が何を意味しているのか、ご存知ですか?」

「確か、『祖の地よとこしえに』でしたか……あっ」

「そうです。彼らは祖の地アリウスが未来永劫、存続していくことを求めています。そのためには、合一ミラン・イースをどうしても阻止しなければならない」

「ちょ、ちょっとお待ちをメントバルテーム、巫女殿」


 ディアブラントは再び、ウルティナの言葉を右手で制してうなった。


「合一とは何です? いえ、意味としては分かりますが、レアリウスが阻止しようとする合一というものに、私は全く心当たりがありません」

「合一を……ご存知ない、と?」

「ええ」


 ウルティナはわずかに顔をしかめた。


「やはり、王家ル・ロアはこのことを周知していないのですね。 ……まあ『白き人ヴィッティ・ヴィル』の件から察せられないこともありませんけれど」

「白き人の、件?」


 それはかつて、ザハドの代官屋敷セラウィス・ユーレジアにてサブリナ――リィナが学舎スコラート教師セルコオルガナックスに教わったこととして、従者のラーシュリウスに答えたものでもある。


 エレディールの南東セレタヴァントオーゼに、メリディオと呼ばれる大きなアイがあり、そこにはゼレナヴィエラというエルおこっている。

 国と言っても住んでいるのは元々エレディールの民であり、いわば同君連合と言うべき体制である。


 しかし五十年ほど前、「白き人」と呼ばれる謎の民族ジャンディアが突如としてどこからともなく現れ、元から住んでいた人たちを残らず追い出し、ゼレナヴィエラに居座ってしまった。

 王家のめいもとメリディオ島アイ・メリディオに最も近くに領地を持つミザレス家がアルダートを出して奪還リキャプトを目指したが、五十年以上経つ現在まで成っておらず、今なお膠着状態が続いているという事態のことである。


 その件と、レアリウスの話。

 一体何の関係があるのか――ディアブラントにはまったく分からない。

 しかも合一ミラン・イースという謎の言葉。

 王家がそれを周知していないとも。


「先に教えていただきたい。巫女殿は……聖会とは一体何なのですか?」


 ディアブラントはあえぐように言った。


「レアリウスも不気味なスカゲライ組織アントルガーナには違いありませんが、巫女殿。あなたがたばねてらっしゃる『聖会イルヘレーラ』も私には同様に未知の存在エートレ・エゼグーナなんですよ。さすがに胡散うさん臭いとまでは言いませんがね」


「協力をあおぐにあたって、そちらが疑問に思われることについてある程度説明が必要なのは当然でしょう。信用できない相手と協力関係を結ぶことなど、普通はあり得ません」

「そう仰っていただけると助かりますよ」


 ディアブラントは再びディトをひとくちすすって、「ふぅ」とつぶやきながら続けた。


「まず、そもそも聖会イルヘレーラとは何なのですか? 私たちが把握しているのは、例えば望星教会エクリーゼやそのほか宗教エリジオ組織と同じように、イナまつり、あがめ、教義レグドのっとって信者クレディアンまとめあげる――そう言った組織であること。養護院オルウェーゼを経営して弱者に手を差し伸べていること。本部イートライゴがザハドにあること……この程度なのですが」


「その認識で間違いありません」


「いや……そもそもなぜザハドなんですかね。望星教会はもちろん、他の宗教組織も私の知る限り、大抵は王都レフォルタに本部を置いています。自分で言うのも何ですが、我が領はいわば辺境リモスとも言える位置にある。しかもザハドは領都ではない。決して小さくもないし重要な拠点ではあるけれど、ザナーシュ湖ロコ・ザナーシュほとりにある、普通ののどかなハドに過ぎません」


「当然の疑問ですね」


 ウルティナは小さくうなずきながら答えた。


「聖会が何たるか……まず言えるのが、いずれきたる『合一』による混乱フルクスを最小限に抑えるために動いているということ。『すれ違いエルカレンガ』という言葉にお心当たりは?」

「……当然、一般的に使われる意味ベクニスではないのでしょうね?」

「ええ。『合一』は『すれ違い』の果てに起こる現象メノリスです。磁石イマナスで出来た二つの、お互い反対方向に振れる振り子エクレドールが、最終的にひとつにくっついてしまうように」


 いよいよディアブラントは、首をひねるよりほかなかった。


    ◇


 そして、四時鐘よじしょうのティリヌス(午後一時)が鳴り、さらにしばらくしてからようやく、ディアブラントはウルティナ――聖会イルヘレーラに協力することを確約したのだった。

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