第三章 第14話 ディアブラントとウルティナ ―2―

弾爵ノスト・ラファイラは、『レアリウス』についてどの程度ご存知でしょうか」

「正直なところ、あまり多くはありませんね」


 巫女ヴィルグリィナ――ウルティナの質問に、ディアブラント・アドラス・リューグラムはまずは率直に答えた。


組織アントルガーナ目的ヘルブルーアがまず不明瞭です。組織構造ラクトロスも不明。現在の本部イートライゴが恐らくザハドにあること。そして――」


 ここでディアブラントはウルティナの眼を真っ直ぐに見てから続けた。


はるか昔に、巫女殿あなたの『聖会イルヘレーラ』から生まれたと伝えられていること……ぐらいですかね」


 そのレアリウスは、元々はお前のところの組織だったらしいぞ? ――という意味のディアブラントの言葉を聞いても、ウルティナは特に表情を変えることもせず、静かにうなずいただけだった。


「たとえ貴族ドーラであっても、彼らの目的を知る者はほとんどいないでしょう。何しろ表に出ぬよう、徹底的に情報統制を敷いているでしょうし、本拠地である西部地方レギノス・ルウェスから勢力を広げようともしていないはずですから」


「元はあなたのところの組織だったという話は?」


「間違っておりませんよ、弾爵ノスト・ラファイラ。確かにレアリウスは、わたくしども『聖会』から、とてもとても遠い昔に分かたれたものです」

「なるほど……では、レアリウスは聖会にとって、商売がたきのようなものなのですかな? 宗教エリジオ的な意味ベクニスでの」

「それは違います。まずレアリウスは宗教組織ではありません。必要に応じてそう装うことがあったのかも知れませんが、彼らは何もあがめていませんから」

教祖クトゥのようなものは、いないと?」

「ええ」


 ウルティナは再びうなずいた。


「レアリウスをたばねているのは、『五司徒レガストーロ』という五人の人間です」

「レガストーロ……」

「多少の組織改編はあるのかも知れませんが、体制はそう大きく変わってはいないはずです」

「ふむ」

「まず、わたくしたちは、レアリウスを滅ぼさなければならないと考えています」

「……何と」

「そして、弾爵だんしゃくにはそれに協力していただきたいのです」

「ちょっと、ちょっとお待ちくださいメントバルテーム


 ディアブラントは右手でウルティナを制して言った。


「その話をうかがう前に、ひとつお聞きしておきたいことがあります」

「何でしょう」


「なぜ、私なのですかね? 確かに私はザハドの領主ゼーレではありますが、貴族ドーラ位階ランゴとしては弾爵ラファイラに過ぎませんし、禁足地テーロス・プロビラスついては何の権限アジタリッドも持っていません。西方ルウェスにおいては、オーゼリアを領都ゼーレグラードとされているオーナベイト博爵アズルートゥス・オーナベイト(はくしゃく)や、我が寄親よりおやたるリンデルワール凰爵バルフォーニア・リンデルワール(こうしゃく)の方が、私より遥かに大きなルカをお持ちです」


おっしゃる通りでしょうね」


「それに、自分で言うのも何ですが、私も貴族の端くれ。それなりの野心グロービオも計算高さも持ち合わせている男のつもりです。たとえ秘密イロスを打ち明けられたからと言って、あなたの思惑エスペクラード通りに動くとは限りませんよ?」


 ディアブラントの言葉に、ウルティナは小さく微笑ほほえんだ。


「当然の疑問ですね。ひとつひとつ、順番にお答えしましょう。まず一つ目の理由は、例の二十三人に対するあなたの姿勢です」

「……ニホンジンのことでしょうか」


「そうです。詳細は後ほど話しますが、レアリウスに敵対するということは、日本人に危害リオサイドが及ぶ可能性があるのです。わたくしたちの調査エスプローダによれば、あなたは突然現れた異邦人アルニエーロである彼らに、非常に友好的に接していました。生きるのに必要な物資プロタス無償グラスルークで提供し、彼らをザハドに招き、彼らの存在をザハドのマルカに対して侵略者アヴァドーラではなく、友人アプリアとして前向きに周知しました。違いますか?」


「いえ、仰る通りですよ、巫女殿。しかし全く見返りを求めずにほどこしたというわけでもありません。そもそも最初に彼らに物資を送ったのは私ではく、先ほど名前の出たアウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナなんですよ。ある宿屋ファガードアルフェムを介して、ね」


「まあ、そうでしたか」


 ここに来て、ウルティナは初めて驚きの表情をあらわにした。

 彼女が学校訪問に同行した件もしかり、そして何故かリューグラム卿ノスト・リューグラムに先んじて二十三人に支援を始めていたことも含めて、何としてもアウレリィナには会わなければならない――と、ウルティナは思った。

 そんな彼女に、ディアブラントは尋ねた。


「なぜ、レアリウスがニホンジンたちに危害を?」

「弾爵はご覧になりませんでしたか? 日本人たちが持つ、我々エレディール人とはまったく異なる体系による技術ロジカの数々を」

「よくご存じですね。もちろん見ましたよ。驚嘆に値するものばかりでしたね」

「これもまだ推測の域を出ませんが、レアリウスはその日本人の持つ知識や技術を我が物として欲するに違いないのです。そして、そのためにはきっと手段を選ばない」

「なるほど、しかし」


 ディアブラントは、あごの下を小さくきながら言った。


「私がニホンジンに友好的なことを認めるにやぶさかではありませんが、それはレアリウスに対抗し得る力を持っているということとは別の話でありましょう」

「その通りですね、リューグラム弾爵。あなたに協力を求める理由は、日本人に友好的でなければならないということの他に……零番隊コル・レイガの存在なのです」


 コル・レイガ。

 その言葉を聞いて、ディアブラントのマブロイがぴくりと動いた。


「……ご存知でしたか」

「ええ、あなたの父君ダードレが十年前にピケで起きた事件アクディエントをきっかけに、レアリウスに対抗するためだけ・・極秘部隊トラプス・イロスを創設したことを私は存じ上げております。さらにもうひとつ」


 ディアブラントはやれやれと言うていで、肩をすくめた。


「どうやら私は、いろいろな理由カラーナでお力添えせねばならないようですね」

「そうですね。特にこれから申し上げる最後の理由は、リューグラム家にとって抜き差しならない話のはずです」

「うかがいましょう」

「わたくしたちの調査によれば、先ほど申し上げたレアリウスを束ねる五人の人物である『五司徒レガストーロ』、そのうちの一人がリューグラム家そちら家宰メナール――――イングレイ・カルヴァレスト殿である可能性が高いのです」


 今度こそ、ディアブラントのマータは驚愕に大きく見開かれたのだった。

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