第三章 第13話 ディアブラントとウルティナ ―1―

「まず、彼らは恐らく歓喜の節アゼルナ(三月:日本における六月)、もしくは水瓶の節デュルセルナ(四月:日本における七月)に現れたと思われます」


 最初に情報フィルロスを提供し始めたのは、ディアブラントの方だった。

 聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナ――すなわ琉智名るちなことウルティナが何か重要な事実イザヌ・エレを知っているのではないかと考えた彼は、自分から口火を切ることによって目の前の小柄な女性フェムから情報を引き出しやすい空気を作ろうと考えた。


 そして、次の彼女のミス答えエランドによって自分の推測ディヴェーナが当たっていることを確信クルデスした。


「その時期フージャルははっきりしています。彼らが転移メルタースしてきたのはこちらで言う・・・・・・水瓶の節デュルセルナで間違いありません」

「それは……何か確たる根拠バゾスが?」

ええヤァ

「……」


 根拠はあってもとりあえず話す気はなさそうだと感じたリューグラムは、先を続けることにした。


「彼らは合計でエントール二十三名。ほとんどの者が黒いヴァーティハールと黒いアルノーを持っていま――」


 巫女の持つ神秘的な雰囲気に当てられたのか、はたまた転移者たちと関わる中で黒髪に対する違和感が薄まっていたためだろうか――台詞せりふを終えようとしかけたディアブラントは、正面に座る彼女が、今自分が述べている容姿そのものであることに今さらながら気付いた。


 ウルティナの髪は、まさに漆黒であった。

 そして彼女の瞳も、冥漠めいばくとして底知れぬ深さを持っていた。

 実のところ、琉智名としての彼女を目にした白銀しろがねひとみ天方あまかた家の面々が、姿かたちに特に違和感をいだくことがなかったのはこのためである。


「? どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、失礼いたしましたバルカータラウ


 ディアブラントは気を取り直して続けた。


背格好せかっこうは個人差が大きいようですが、おおむ男性ノァスの方が女性フェムより大きい傾向が見られます。これは我々と似たような特徴と言えそうですね」

なるほどリ・ヴィーダス。彼らの容姿イクスラ名前ゼーナなどを記したものはありますか?」

「容姿や名前……おお、そう言えばちょうどいいものがあります。ラーシュ」


 ディアブラントが背後にいる従者エルファに短く命じると、ラーシュリウスは部屋ルマヴラットけ、外で待機していた使用人パーラブに何事か伝えた。

 しばらくすると、使用人は台車オルガレオのようなものに何やらいろいろな品物を乗せて戻ってきた。


「これらはニホンジンたちから贈られた品々ボニィスです。そしてこの中に……これですねセオ・ラ


 そう言ってディアブラントが取り出したのは、ちょっとした厚みのある四つ切サイズの画用紙の束だった。

 それは八乙女たちがディアブラントに自己紹介用に贈った、プロフィール帳だった。

 そこには転移者二十三人の名前と性別、加藤かとう七瀬ななせの手になるバストアップの似顔絵と簡単な肩書きが日本語で記されている。


 本のようにじられた画用紙をぺらりぺらりと興味深そうにめくっていたウルティナは、あるページでふと手を止めた。


 ――天方あまかた聖斗せいと


 男性。

 十二歳。

 小学六年生。

 短く切りそろえられた短髪に、にかっと笑っている顔。


(この子が、理世りせの兄……)


 あの元気いっぱいな少女の姿が脳裏をよぎったのか、ウルティナの眼は優し気にほそめられた。

 とりあえず、これで転移した二十三人の生存は確認できた。

 この朗報を日本の人たちにすぐに知らせることはかなわないが、いつか彼らの悲しみを払拭ふっしょくしてやることが出来る。

 ウルティナは思わず、小さくうなずいていた。


「その少年アルノァスがどうかしましたか?」

「あ、いえ。よくけているものだと思いまして」

「巫女殿もそう思われますか。さらに言うなら、このワラウスにも驚かされました。これほど品質の高いものはリンデルワール領でも作れないでしょう」

「ええ、本当に」


 ウルティナはプロフィール帳にひと通り目を通すと、ぱたりと閉じ、ディアブラントに向き直って言った。


「わたくしたちの調査エスプローダによれば、弾爵閣下ノスト・ラファイラは『ガッコウ』――こちらの言葉で言うのなら『学舎スコラート』となるのでしょうが、そちらを訪問ビーゾックしたそうですね」

「ええ、確かに」

禁足地テーロス・プロビラスについてはイルエス家が専権事項アルシオ・イクシナとして全てを管理しているはず。もちろん俟伯爵ヴァジュラミーネ許可ルミッサは……」

「得ておりますよ。ヴァルクス家の令嬢アルナレーアを同行させるのが条件コンソラールと言うことで」


 巫女は思いのほかこちらの事情に精通しており、ニホンジンの情報も手にしている……下手に隠したりぼかしたりするのは悪手とディアブラントは考えた。

 彼女――聖会イルヘレーラの訪問の真の意図についてはまだ分からない。

 言葉を額面通りに受け取るなら情報収集ということになるのだろうが、問題はその目的だ。

 何のために彼らのことを知ろうとしているのか――ディアブラントはこの場で必ず、その理由を明らかにしようと決意している。

 それゆえ、巫女の質問には可能な限り真摯しんしに答えるつもりでいるのだった。


「ヴァルクス家……それはもしかして、アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナのことですか?」

「ええ、そうですよ」


 ディアブラントの返答を聞いて、ウルティナは少し考えるそぶりを見せた。

 ヴァルクス家がイルエス家の意を受けて、エレディール西方に目を光らせていること自体は、彼女も承知している。

 しかしそれは主に「レアリウス」の動向を把握することと、禁足地の定点観測のようなものであり、アウレリィナのように目立つ人物が先頭を切って行うようなものではない。

 そもそもウルティナが持つ情報では、アウレリィナは実家を離れてイルエス家に仕えているはずだった。


(イルエス家で、何かが起こっている?)


 イルエス家とは、大陸中央の王都ロアグラードレフォルタのある王領の、さらに北東に広がる「王の騎士領ヴァシャルド・ノヴォロア」を治める貴族ドーラである。

 ただしの家は、第九位階ランゴ・ナルガである宇爵イーヴール(うしゃく)に始まり、頂点の第一位階ランゴ・イシガである光爵レフクリードラ(こうしゃく)に至る通常の位階いかいの枠に収まらない、『俟伯爵ヴァジュラミーネ(じはくしゃく)』という唯一の称号ゼノブルーアを代々受け継ぐ、特別な家系なのだ。


 現当主は、グリンデア・イルエス。

 全ての貴族と、王家ル・ロアですら持つ聖名ゼーナ・ヘレーラ(せいめい)――いわゆるミドルネーム――を、イルエス家だけは持たない。

 このことからも、イルエス家の一意いちい性が際立って分かる。


(そう遠くないうちに、訪れる必要がある……)


 ウルティナは決意した。

 しかし、まずはレアリウスだ。

 合一ごういつが迫っている今、あの組織が大きく動き出すのは必至。

 それに……目の前の辛抱強い弾爵閣下ノスト・ラファイラも、早いところこちらの訪問目的を知りたいとうずうずしていることだろう。


「リューグラム弾爵、情報提供に感謝いたします」

「おや、私どもが『ガッコウ』で見聞きしたことについて、おはなししなくてもよろしいのですか?」

「いえ、恐らく関係のあることですので、そちらもうかがいながら本題に入りたいと思います。わたくしたちが本日、無理を申し上げてまでこちらを訪なおとのうことにしたのは――レアリウスについて話をしたかったからなのです」


 ディアブラントの肩がわずかに動いたことを、ウルティナは見逃さなかった。

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