第三章 第12話 突然の訪問

 ここで物語は、ほんの少しだけ時をさかのぼる。

 それは、八乙女やおとめ涼介りょうすけが学校を追放される一週間ほど前の出来事。


    ◇◇◇


 ディアブラント・アドラス・リューグラムは、領都ゼーレグラードであるピケの領主館ゼーレ・ユーレジアにいた。

 領主ゼーレである彼が治める地は、ピケはもちろんのこと隣接するザハドやチェース等グラーシュ川アバ・グラーシュ沿岸の町々や、豊かな穀倉地帯であるイストーク等であり、ザハドの西方に広がる西の森シルヴェス・ルウェスももちろん、含まれている。

 そんな若き弾爵ラファイラ(だんしゃく)である彼は、たった今、彼の従者エルファであるラーシュリウス・ベック・オリヴァロからもたらされたしらせに、まずは耳を疑った。


「ラーシュ、もう一度言ってくれ。誰が面会レネヴェート希望だと?」

「はい。聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナと名乗る方が、明後日モムロスに当屋敷において面会を希望していらっしゃると、ザハドの代官屋敷セラウィス・ユーレジアから黒針ヴァートリオで連絡が入りました」


 黒針こくしんとは、魔石ギムピードによって作られた魔法ギームによる遠隔通信フォーラル・ベンティカードのための装置ガリウーアである。

 エレディールにおいて、遠く離れた場所と連絡を取るための一般的な手段は手紙ドープスであり、お互いの了承コンプレーニがとれている場合には魔素線ギオリアラを使う場合もごくたまにある。

 ちなみに八乙女涼介はギオリアラを「精神感応かんのう」と訳しているが、これは彼独特のもので、エレディール人たちネイティブには通じない。


 この魔素線の仕組みをさらに遠距離で使用可能にしたものが「黒針」なのである。

 と言っても誰もが使えるというものではない。

 魔素ギオを利用した装置の製造を一手いってになっているアムジール家によってその製法は秘匿ひとくされている上に、入手するためには貴族ドーラやそれに準じた存在を介する必要があるのだ。


 形状はその名の通り、真っ黒な石で出来た針のようなもので、もう少し詳しく言うのなら「つるつると光沢こうたくがあって黒御影石くろみかげいしみたいな方尖柱ほうせんちゅう」である。

 そして――それはかつて涼介が東の森で発見し、彼が人生で初めて気絶する原因となった黒い石碑のようなものと同一の装置だった。


「聖会の、巫女が……本人に間違いはないのか?」

「向こうで確認した限りでは、本人に相違ないと」

「そうか……うーむ」


 聖会イルヘレーラ

 いまだ謎多き組織。


「どうされますか? 今日は『小刀アルヴェール』からも、例の乱闘事件・・・・・・について連絡タクティラスがありましたが」

「……とりあえず小刀については後回しでいい。既に『ミブ』は釈放アリベリゴさせたし、『ヤオトメ』にも必要な措置メズロスをするよう命じてあるんだ。彼女に会って話すのは最早もはやいつでもよかろう。 ……明後日の予定ホラロアはどうなっている?」

「確か、ローザント商会メルカタリス会頭レジダンの面会が入っております」

「ならばそちらは中止アンリージュで……いや、イングレイに任せよう」


 家宰メナールの名を聞いて、ラーシュリウスはわずかにまゆをひそめた。


「よろしいのですか?」

「ああ。もう少し泳がせておこう。あとは時宜じぎをはかるだけだしな。それより巫女だ。十分じゅうぶん接遇ハリセットが出来るよう、準備フォルベルードを頼む」

わかりましたセビュート

「しかし突然、一体何の用で……」

「推測ですが、禁足地テーロス・プロビラスの件では?」

「あの『ニホンジン』たちか? 可能性エヴレコスはありそうだが、彼らが現れてずいぶん経つ。今さらという気がしないでもないぞ」

「確かに……」


    ◇◇◇


 そして、二日後。

 午前中プリムスーラアウリス近くになって、その一行は現れた。

 屋敷側では、訪問者を応接室へ丁重に案内した。


「しかし本当によろしかったのですか? 今からでも昼餐ミラウリスの用意をさせますが」

「急な訪問ビーゾックを受け入れていただいた上に、さらに面倒をおかけしてしまうのはわたくしの本意ではありません。どうぞお気になさらないでください」

「それならよいのですが」


 豪華なボロスを挟んで、ディアブラントと聖会の巫女――ウルティナが向かい合って座っている。

 ディアブラントの後ろにはラーシュリウスが立ち、ウルティナの背後には右の騎士ヴァシャルド・イウスアルメリーナ・ブラフジェイと、左の騎士ヴァシャルド・フォリスエミリアージェス・イドラークスが立っている。


「とにかく、我が家にかの有名な巫女ヴィルグリィナ殿どのをお迎え出来たのは光栄の至りです」

「こちらこそ、わたくしどもの不躾ぶしつけな訪問を快く迎え入れていただき、感謝しております。リューグラム弾爵閣下ノスト・ラファイラ・リューグラム

「本来なら、きちんとした場を設けてお迎えしたいところでしたが、必要なしと仰せであれば無理強いもできません。して、本日のご用向きは?」


 たった三人で身軽に乗り込んできた、聖会の巫女。

 彼女について、ディアブラントは多くを知らない。


 知っているのは、聖会が望星教会エクリーゼとは別の宗教エリジオ組織アントルガーナであることと、「名もなき創世神アノニィナ・ノイゼーナ」をあがめていること。

 そして――――「レアリウス」という組織が、かつてその聖会より分かたれて・・・・・・・・・誕生したと伝えられているということだけである。

 そもそも、巫女の名前すら明らかになっていないのだ。


 彼の目の前にいる巫女――その聖会の頂点に立つ存在――は、ディアブラントの問いに簡潔に答えた。


「禁足地に現れた日本人・・・について、あなたが知る限りの情報フィルロスをお聞かせいただきたいのです、弾爵ノスト・ラファイラ

「!」


 今、この巫女は「ニホンジン」と言った。

 彼らがニホンというエルから現れたことを、なぜ知っているのか。

 あの「訪問」の時、聖会の関係者は含まれていなかったはず。


「あなたは……巫女殿は彼らをご存知なのですか?」

「直接は、知りません。面識もまだ・・ありません。ですが、彼らのいた世界ソリスについて、ある程度の情報提供は出来ると考えています」


 一体それは、どういう意味なのだろう。

 彼女の話ぶりから判断するに、巫女はまるでニホンジンの世界についてその目で、その耳で見聞きしたことがあるような……。


 ディアブラントは決意した。


「いいでしょう。それではまず――――――――」

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