第三章 第11話 妹二人

やばいパ・オーナやばいパ・オーナやばいパ・オーナやばいパ・オーナ!」


 その少女アルフェムはピケの街を必死になって走り回っていた。


やっちゃったリエラーロやっちゃったやっちゃった!」


 彼女のミス名前ゼーナは、ユーリコレット。

 ユーリコレット・マリナレスと言う。

 通称エリゼーナは、コレット。

 アビゼーナから分かるように、アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスの右腕であるマルグレーテ・マリナレスの実妹じつまいである。


どこズマル!? どこなのズマルユニター!」


 彼女がきょろきょろと探し回っているのは、もちろん八乙女やおとめ涼介りょうすけ久我くが瑠奈るなの二人である。

 保護対象ゼド・ガルドナの「ヤオトメ・リョウスケ」と「クガ・ルナ」が馬車カーロで到着するので、速やかに保護し、無事に定期船ネイヴィス・アトーラに乗せるようにという緊急指令プリカッツェ・プレミーゾラを、彼女はアデルードレであり上司ブルザでもあるマルグレーテより受けていた。


やばいパ・オーナホントーにブラウディやばいって! お姉ちゃんアデラリィに殺されちゃう……」


 朝方サーヴには到着すると聞いて、コレットはちゃんと馬車発着所カーロ・テルナルにいた。

 絶対に遅刻してはいけないと考えた彼女は、ずいぶん早くから待っていたのだ。


 ――前のネロスゲーゼから。


 朝になって、発着する馬車の数がどんどん増えてくる。

 そろそろ到着する頃だろうと気合いを入れたコレットだが、あまりに長い間待ち続けたせいで、ほんのちょっとだけ立ったままうとうとしてしまった。

 運の悪いことに、その、ほんのちょっとの間に涼介たちは到着し、食べ物ミルを求めてとっとと移動してしまったのだった。


「どこだろ……初めてここに来る人が到着してすぐ向かうところって」


 しかもさらにの悪いことに、似たような風体ふうていの別の二人組を発見してしまい、そちらにかかずらわっているあいだに、さらに対象との距離がびてしまっていたりする。


 姉のマルグレーテは、コレットの能力ビルキートを信頼している。

 姉いわく、彼女は持っている・・・・・というのだ。

 が、同時に彼女の少しおっちょこちょいマレルタなところを心配してもいる。

 残念ながら今回は、その心配が的中してしまったようだ。


「ねえねえおじさんタ・ノアメルっ! この辺で人を見なかった!?」

「はあ? 人なんてそこらをうじゃうじゃ行ったり来たりアレーニャベーニャしてんじゃねえか」

違うノイン、違うの! 男の人ノァス女の子アルフェムの二人組!」

「男と女の子の二人組ぃ? んー、そんなん特に珍しくもねえけどな……」

「そうそう、髪の毛ハールがね、黒いのヴァーティ! ね、珍しいでしょ?」

「……おお、そう言えばいたな。コトラス買ってったぞ」

「その二人、どこに行った?」

「その辺で座って食べてたけど、しばらくしてあっちの方へ行っちまったな」


 そう言って、屋台マトラの店主は別の通りウリートを指さした。


「あっちね? ありがとマロースおじさん!」

「ところであんたもコトラス、どうだい?」

「……食べる」


    ◇


「もぐもぐ……んー、やっぱ分かんないなあ……」


 次にコレットが向かったのは、とある大きな市場メルコスだった。

 直近の定期船がすでに出航済みであることは把握している。

 そうすると、次は宿屋ファガードを探すのではないかと推測したのだ。


「しょうがない。とりあえず片っぱしから当たってみるか……」


 コレットは人混みの中に飛び込んでいった。


    ◇


「ねえお兄ちゃんブラットリィ

「……」

「お兄ちゃんってば!」

「……ん、何だ? セラ」

「何だ、じゃないでしょ?」


 腰に手を当てて、セラピアーラはぷりぷりしながら兄――アーチークレール――をめつけた。


「手伝わないんだったらあっち行っててよね! 忙しいんだから」

「ああ……わりい悪い。手伝うよ」

「ん~?」


 いつもの兄らしからぬ態度に、セラはいぶかな視線を向ける。


「……なーんか変だなあ、お兄ちゃん。どうかした? 具合でも悪いの?」

「いや……どうもしねえよ。 ……お、注文アッセ取って来るわ」

「う、うん」

「すいませーん、お会計コンタード!」

「あ、はーい!」


 食事が終わった客に呼ばれて、セラはあわてて返事をする。


(なーんか、変なのよね……)


 先ほど、上の階からりてきたかと思うと、アーチーはそのままぼーっと店内に立ったまま動かずにいた。

 普段から何を考えているのか分からないところはあるが、感情については割と表に出しがちな兄――そんな兄がうわの空なのだ。

 いぶかしみたくもなる。


ありがとうございましたマロースー。またお願いしますヴェーニャエレンムルテームー!」


 にっこりと笑って去って行く客に頭を下げながら、セラは考える。


(ドルさんと何か話したのかな? うーん……)

「ねえねえ」

(だとしても、お兄ちゃんがあんなにぼーっとするような話って何だろ)

「ねえねえってば」

(そう言えばお兄ちゃんがあの二人をうちに連れてきたのにも驚いたけど……何か関係あるのかなあ――)

「ねえねえちょっとちょっと!」

「えっ? あっ、はいっ!」


 気が付くと、目の前に一人の女性フェムが立っていた。

 セラはまたしても慌てて返事をする。


いらっしゃいませサヴァート!」

「あー、えーっとごめんねポリーニ、お客じゃないんだー」

「え?」

「ちょっと教えてもらいたいんだけどさ」

「はい」

「隣の宿屋ファガードって、あなたのところだよね?」

「はい、そうですけど」


 セラの答えに、その女性――コレット――はうなずいた。


「宿のお客さんの中にさ、二人組の――男の人と小さい女の子っていない?」

「えっ!?」


 ちょうどその二人のことを考えていたセラは、驚いてつい狼狽うろたえてしまう。

 しかしそれもつかの間、何食わぬ表情に戻して答えた。


「お客さんのことについては、教えられません」

「えー、いいじゃない」

「ダメです。規則アロックなんです」

「そんな固いこと言わないでさー」

「ダメなんです。ごめんなさい」


 そう言い切って頭を下げるセラを見て、コレットはあごに手を当てた。


「そっかあ、ま、規則じゃしょーがないもんね。ありがとねー」

「すみません、お役に立てず」

「いいよいいよ、それじゃねー」


 手をひらひらさせながら、コレットは店を出て行った。


    ◇


 通りに戻ったコレットは、自然とほほゆるむのを感じていた。


「分っかりやすいなー、あの子」

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