第三章 第10話 ヒリス

 俺は今、ものすごい後悔と自己嫌悪にさいなまれている。


瑠奈るな……すまん)


 彼女は目の前のベッドで静かに寝息を立てている。

 その姿に向かって、俺は何度目かの詫びの言葉を心の中でこぼした。


 考えてみれば、全くもって無理からぬことなんだ。

 俺が学校を追放された朝、瑠奈は俺を追ってついてきた。

 それからずっとザハドの山風さんぷうていまで歩き詰めだった。

 が沈むころにやっとたどり着いて、人心地ひとごこちついたのもつか

 謎の襲撃を受けて、そのまま馬車に押し込まれるように乗った。

 一晩中、一刻も早くピケに到着するのが第一とばかり、乗り心地など二の次でとにかくひたすら走り続ける車内ではろくに睡眠もとれず。


 それでようやくピケに着くも、衣料品店を探したり宿屋を探したりで、とにかく歩き続けていた。

 要するに、ゆっくりと身体を休める時間をほとんど取れていなかったのだ。


 それに加えて、瑠奈は元々口数が極端に少ないこともあって――――いや、これはただの責任転嫁だな。

 そんなことは百も承知だったんだから、余計に気を配ってしかるべきだった。


(ホントにすまなかった……瑠奈)


 それより何より、追手のことに気を取られ過ぎていたのだ。

 少しでも早く、マリナレスさんの言う「ヴァルクス家」に向かうことばかりにとらわれていた。


 カーン……カーン……カーン……カーン…………


 ――コンコン、コン。


「……どうぞヴェーニル


 四時鐘よじしょう(昼の十二時)が鳴るのとほぼ同時に、控えめなノックの音がした。

 俺が返事をすると静かにドアがき、そこには一人の少女がトレイのようなものを手に立っている。


どう? 調子はノラドール

ああヤァ、大分落ち着いてきたよ」


 実際、飲ませた薬が効いているのか、瑠奈の表情も呼吸も倒れた時にくらべてずいぶん穏やかになってきている。


「それにしても、あの時の二人が今度は宿ファガードの方のお客さんクリエになるなんてね」

「確かにすごい偶然カザリットだね。食堂ピルミルだけじゃなくて、宿屋もやってたんだな」


 目の前の少女――セラピアーラ――は、持っていたトレイを近くのテーブルの上に置くと、俺の方を向き直ってにっこり笑った。


そうよヤァ。それと、これは差し入れシープレックわたしからの気持ちグラピエッタだから、遠慮しないで食べてね」

ありがとうマロース、えーっと、セラピアーラ」

「『セラ』でいいよ。あと、うちのお兄ちゃんブラットリィのことも『アーチー』でいいからね、りょーすけ。 ……見た目もそうだけど、変わった名前よね」


 そうなのだ。

 俺たちが案内された宿屋が、朝方に市場でぼっ立っていた俺たちに親切にしてくれた少女の店だったことにも驚いたんだけど、倒れた瑠奈を運ぶために馬車を呼んでくれたあの青年が、この子――セラの兄だったらしい。

 アーチークレールと名乗ったその彼は、俺たちのことをセラに任せるとどこかにいってしまったようだが。


 ただ……結果として世話にはなってるから、怪しいなどと思ってしまって申し訳ない気持ちはあるけれども、あの不審な接近アプローチの目的は分かっていない。

 油断はするまい。


「それでりょーすけ、とりあえずはその子……えーっと、何て名前ゼーナだっけ?」

瑠奈るな、だ」

「そうそう、るぅなね。そのるぅなが良くなるまでうちに泊まるんだよね?」

「そうさせてもらえると助かる。出来れば、次の定期船ネイヴィス・アトーラが来るまで頼みたい」

「うちはもちろん、お客さんは大歓迎だよ!」


 はからずもこれで一応、寝床は確保できたか。


「それと……お医者さんフォマールか、治癒師クラクールの人ってここに来てもらえるのかな?」

「お医者さんか、治癒師? ……どうだろ、呼んだことないからちょっと分からないかなあ」

もし出来ることならセファ・エヴレーク、瑠奈の具合をてもらえる人を呼んでもらいたい。お金ディルカならあるからさ」

分かったベーネ。確かめてみるね」


 ぱたり、とセラが扉を閉めて部屋を出て行くと、大きく深いため息が勝手に口をついて出た。

 座っていた椅子が、ため息に合わせてギィと音を立てる。

 今出来ることは、こんなもんだろうか。


 ベッドに目をると、瑠奈の掛け布団コヴレスが規則正しく上下しているのが見える。

 このまま落ち着いてくれるといいんだけどな……ふぁ。


 ヤバいな……俺も結構疲れてるかも……寝不足だしなあ…………くぅ……


    ◇◇◇


おじさんフロンダ

「ん? ……アーチーか、どうした」


 ここは、八乙女涼介と久我瑠奈が宿泊することになった、ピケの市場いちばにある食堂けん宿屋「風見鶏亭プル・コキドヴェテロア」の一室。

 この宿屋の主人であり、アーチーとセラ――モレノア兄妹きょうだいの叔父でもあるドルガリス・ローザントの執務室ロマ・ビューラスである。

 姓が違うことからも分かる通り、兄妹とドルガリスに直接の血の繋がりはない。


「おじさんが言ってた二人ウスヴィル早速さっそく現れたぜ?」

「む、本当か。それでどうした」

「この宿に確保セグルアしてある。たまたま小さい子どもアルフェムの方が調子悪くなったみたいでさ。そのままうまいこと連れてくることが出来たよ」

「そうか、でかしたオニ・エギーナ


 ドルガリスは座っていた椅子ストリカごとくるりとアーチーの方へ向き直り、ゆっくりと立ち上がった。

 その姿は八乙女涼介よりこぶしひとつ分ほど低いが、横幅は彼のふた回り以上大きい。

 ただし、肥満体というわけではなく、そでからのぞく腕にはみっしりとうねる筋肉を見てとることが出来る。


「ザハドから実行部隊エギザトラプスが到着するまで、決して逃がすな」

「ああ、分かった」


 叔父の迫力あるアルノーを見ると、いつもアーチーは少しだけ気圧けおされてしまう。

 しかし今日は好奇心ヴィルベレスの方がまさったようで、多少控えめながらもアーチーは軽い調子で疑問を口にした。


「それでその二人は、何をやらかしたんだい?」

「詳しいことはまだ聞いておらん」

「ふーん……で、結局その二人をどうするのさ?」

指令プリカッツェによれば――『消せヴィズィ』ということだ。もちろんお前が手をくだす必要はない」

「え……消す、って?」


 若干ひるんだ様子のアーチーに、ドルガリスは重々しく告げた。


「――――殺すのだヒリス


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