第三章 第09話 ついてるぜ

「うーん、分からん」


 俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――と久我くが瑠奈るなは、さっきから宿屋を探してこのピケの街をうろうろと歩き回っている。

 地図も予備知識もないし、そもそも文化が大分だいぶ異なっているしで、想像以上に探し物が大変だと言うことを身にしみて感じているところだ。


 さっきの市場いちばを出てから、とりあえず最初に馬車で到着したところまで記憶を頼りに向かってみようと思ったんだが……見事に迷ったなこりゃ。

 石造りの建物だらけなのはザハドと同じなんだけど、建物の規模や道幅、移動している人の数なんかがかなり違う。

 やっぱり領主が住む領都りょうとってやつだからだろうか。

 ここと比べると、それなりに大きいと思っていたザハドも少しひなびた町のように思えてしまう。


「なあ瑠奈、さっき馬車で降りた場所、覚えてるか?」


 情けないのは承知で隣を歩く小四の女児に道を尋ねてみるが、彼女はふるふると首を横に振るばかり。

 まあ無理もないだろう。


 大体、宿屋の形状からしてよく分からないのだ。

 俺の知ってる宿はザハドの山風さんぷうていだけだから、そのイメージで似たような建物を物色するんだけれど……どうにも判然としない。


(これはいよいよ、その辺の人に聞くしかないか?)


 さっき衣料品店を探した時も通行人に道を尋ねはしたけど、フードをかぶっているとは言え、あんまり姿を人目にさらしたくないんだよなあ。

 一応、みんな親切に教えてはくれても、好奇に満ちた目を隠そうともしてなかったし、どこでどう追手につながるか分からないからさ。


おいウーラこれ落としたぜタラグートセオ?」

「えっ!?」


 立ち止まってきょろきょろしていると、背後から突然声がかかった。


(今日は後ろからよく声をかけられる日か?)


 そう思いながら振り向くと、そこには一人の青年の姿があった。

 手に、何やら青い布を持ってひらひらさせている。

 反射的にマントヴィーザランの上からふところをぽんぽんと叩いてみるけれど……そもそも青い布切れなんか持っていた覚えもない。


いやノイン私のじゃないジユーノ・ノナ・リスタが」

「お、そうかい」


 俺が冷静に答えると、青年は手にしていたそれ・・をあっさりと懐に引っ込めた。


「ところで、何かお困りかい? きょろきょろセルティ・ラスティ何か探してるようだったが」

「ん? あー……」


 ――――…………‥‥‥‥こんなん、怪しすぎるだろ!!


 落とし物とか言って気を引いて会話に持ち込むとか、手慣れているにも程がある。

 何を企んでるんだ? こいつは。

 ああもちろん、心当たりと言えばひとつしかない――追手だ。


「いや、特に困っていないイーズユナスノナエンプローブルありがとうポリーニそれじゃエレムレスタ


 俺は半ば言い捨てるようにして、青年とは反対方向へ瑠奈の手を引いた。


「あ、おいウーラ!」


 青年の声に振り向くことなく、俺たちは歩を進め――


「あっ」


 瑠奈の手が、俺の左手からすり抜ける。

 そのまま彼女は、うずくまってしまった。


「おい、どうした、瑠奈。疲れたか?」


 瑠奈は黙ったまま小さく首を横に振る。

 が、しゃがんだまま顔を上げようとしない。

 肩が大きく上下している。


「瑠奈!」


 駆け寄って、瑠奈の顔をのぞきこもうとした途端、彼女の身体がぐらりと俺の方へ倒れ込んできた。

 俺は慌てて瑠奈を抱きとめる。


「! ……瑠奈!」


 ――!? 熱い!

 服の上からでもはっきり分かるほどに!

 ほっぺたは上気じょうきして真っ赤になっている。

 呼吸も、荒い。


 俺の心に、突然大きな後悔が巨大な津波のように押し寄せる。

 考えてみれば、無理もない。

 学校を出て以来――


「いやいや! 違う! そんなこと言ってる場合じゃないだろっ!!」


 俺はあえて声に出して、自分を怒鳴りつけた。

 後悔なんてあとでいくらでもすればいい。

 そして俺は振り向き、棒立ちになっている先ほどの青年に声を掛けた。


あなた!」

「ど、どうした?」

すまないがポリーニバナス、この辺に……えーと、何だ、病院って何て言うんだ?」

もしかしてセファナスその子、具合が悪いのか?」

ああヤァそうなんだダ・ホリクス。どこか治療トルハンドが出来るところを知らないか?」

「治療? 診療所クラキルマはあると思うけど、この時間帯ノメレームじゃあまだ……」

「せんせー……」


 見ると、瑠奈がうっすらと目を開け、か細い声で俺を呼んでいる。


「どうした瑠奈! 大丈夫か?」

「くすり……リュックに……」

「薬!?」


 俺は瑠奈の負担にならないよう、彼女のリュックサックをあさった。

 すると、サイドポケットの中に錠剤の入った小箱を見つけた。

 これは……風邪薬か?


 そう言えば、瑠奈の荷物は黒瀬先生が準備してくれていたはず。

 そうか。


(ありがとう、黒瀬先生)


 俺は心の中で、彼女の姿を思い浮かべて手を合わせた。

 一瞬だけ、原因も分からないのにやたらと薬を飲ませてしまっても問題ないのだろうか、という疑問が思い浮かんだけれど、今はそんなことを言ってられない。

 自分のリュックからペットボトルを取り出すと、俺は小箱から錠剤を一錠取り出し、水と一緒に瑠奈に飲ませた。

 彼女ののどがこくんと動くのを見届けて、俺は青年に尋ねた。


「診療所じゃなくていいから、どこか休ませられる場所……宿屋ファガードとか知らないか?」

「宿屋なら」


 その青年は胸を張った。


あんた、ついてるぜタ・ボナグレック。ちょうどおすすめマリンガの宿がある」

本当かプラウダ!? それはどこにズマルユーノジ? 近いのかプロクシーム?」

「ああ。でも歩いていくとそれなりにあるから、馬車カーロを拾おう……ほら来た」

ありがとうマロース。で、その宿ってのは……」


 得意げな顔で、青年は答える。


もちろんビ・ネーブレうち・・さ」

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