第三章 第08話  In a Piquetan Market 2

何かお探しですファルタセルチスイオロ?」


 その声に振りかえった俺たちの目の前に、一人の少女が立っていた。

 にっこりと人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべている。


(客引きか……?)


 周囲の喧騒けんそうの中には、普通の会話の他に商品の名前らしきものを連呼したり、道く人を呼び止めたりする声も大いに混ざっている。

 ここではそれが当たり前だし、積極的に客を呼び込もうと言う行為もそんないつもの風景のひとつなのだろう。

 だけども……俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――は「客引き」と聞くと、「1+1=」「2」のように条件反射的に「ぼったくり」と言う言葉が思い浮かんでしまうのだ。

 過去に何か嫌なことでもあったっけか? 俺。


 瑠奈るなも少女から隠れるように、俺の後ろに回り込んでしまっている。


「ああ、いや、ちょっと……」


 思わず日本語で口ごもってしまう俺を見て、少女は目をぱちくりして首をかしげた。


お食事ミル? 泊まるところファガード? それとも他のものイオロ・ベステかな?」

えーとブエール……ブ、ブレーゼをちょっと、探してるんだけど」

「服かあ。うちじゃ扱ってないけど、うちの向かいの店プローデ・カレアンがおすすめだよ! 案内しようかクルミスーリ・グヴィダーダ?」


 う、どうするか。

 どうやら衣料品店に心当たりがあって、案内してくれるみたいだけど……。

 少女は相変わらずにこにこしたままだ。

 こんな子が俺たちをカモろうとしているとは考えたくない。

 いやしかし、でもなあ……ん?


「せんせー、だいじょぶだよ」


 瑠奈が俺の服のすそを引っ張りながら、小声でそう言う。

 ……まただ。

 この子は時々、こんな風に俺が判断に迷った時、ぽそりとアドバイスをくれる。

 魔法ギームに関わる何かしらの力なのか、元々彼女が持っている勘の良さとでも言うべきものなのか。

 でも、彼女が何を根拠に言っているのか分からないが、今のところ外れたことはないように思う。


 まあ、俺としてもこの恰好で人目につきながら店を探し回るよりは、案内してもらえるのならそれに越したことはないわけで……とりあえずついていってみるか。


分かったベーネ。それじゃ、よろしく頼むよガルディート・ルテーム


    ◇


お買い上げ、ありがとうございまーすマロース・フォル・アセッタ!」


 元気な声でそう言うと、少女――セラピアーラ――はぺこりと頭を下げた。

 結論から言えば、彼女についていって正解だった。


 セラピアーラ――セラはまず俺たちをある一軒の店へと連れて行った。

 屋台や露店ではなくて、しっかりとした店構えのところだった。

 俺が彼女に欲しい服について説明すると、セラは俺に代わって店員と交渉を始めてくれたのだ。

 お蔭でこうして、俺と瑠奈はお揃いの焦げ茶色のフード付きマントのようなものヴィーザランを購入できた。

 瑠奈の分はそのままだと大きすぎたので、その場で簡便な調整までしてもらえた。


 そして、店を出た俺たちをセラは手を振って見送ってくれたのだった。


 ぼったくりと疑ってしまったこと自体は、自分でもある程度仕方がないとは思うけれど、親切にしてくれた彼女とこのままさよならするのは何だか申し訳ない気がした俺は、セラの店について尋ねた。


 それが衣料品店の真向かいでいい匂いをさせている店だと分かり、先ほど食べたコトラスだけではちょうど物足りなかったこともあって、俺は何品なんしなか見繕ってテイクアウトしたのだった。


「そうだ、一つ教えてもらいたいんだけど」

何でしょうヤァ?」

「ここからオーゼリアってところまでネイヴィスが出てるって聞いたんだけどさ、どうやって乗ればいいのか分かるかい?」

「オーゼリアってことは、定期船ネイヴィス・アトーラのことかな? 大通りをグラーシュ川アバ・グラーシュに向かって進めばホルニアに行けるけど……」

「けど?」

「もう船、出ちゃってるよ?」

「えっ」


 何と彼女の話では、直近の定期船は既に出航してしまっていて、次の便が来るのは何と半節プセ・アッタル――――つまり約二週間後だと言う。

 ちなみに、定期船以外にも各みなとを行き来する小さな船はあるらしいんだけど、詳細は分からないそうだ。


 俺は頭を抱えてしまった。


「何か分かんないけど……ごめんねポリーニ?」


 別に自分が悪いわけでもないのに、途方に暮れている俺を見てセラは謝ってくれている。

 優しい子なんだろうな。


「いや、あなたが悪いわけじゃないから……教えてくれてありがとう」


 俺は気を遣ってくれている彼女に申し訳ないと思いつつ、瑠奈と共にその場を後にした。

 フード付きマントのお蔭で、俺たちに注がれる物珍し気な視線はほぼ気にならなくなっていたが、それより何より俺は今後のことで頭がいっぱいだった。


「マリナレスさんはなるべく早く船に乗れって言ってたけれど、他の移動方法を探した方がいいのかな……」


 陸路という手もあるにはある……が、追手のことを考えると危険度が高いようにも思えるんだよな……。

 何しろ陸続きなのだから、万が一見つかってしまったらどこまでも追いかけられてしまうわけで、俺たちにはそれに対抗できるような武力も機動力もない。


「領主館には近づくなって言われてるから、リューグラムさんを頼るわけにもいかないし……仕方ない。まずはどこか宿を探して、なるべくひっそりと次の便を待とう。その間に何かいい考えが浮かぶかも知れないしな」


 俺の言葉に、瑠奈が黙ってうなずいた。


    ◇


 とぼとぼと歩き去って行く八乙女たちを、セラピアーラは何となく見送っていた。

 定期船が既に出航していることを伝えた時の、男性ノァスアローラが妙に気になったのだ。

 彼の陰に隠れるようにしていた、少女アルフェムのことも。

 とは言っても、彼女に出来ることは何もない。


「さて、仕事に戻ろっと」


 彼女は、店頭でせわしく薄いクレープポマ状の生地きじを焼いている別の店員の横を通り、奥の食堂ピルミル部分に戻った。

 セラが店員クロフィスタをしている店は、食堂の他に大きな宿屋ファガードを併設している。


「おいセラ」


 ボロスに残されていた食器を片付けようとしたセラに声を掛ける男がいた。


「あ、お兄ちゃんブラットリィ

「今のクリエ、誰だ?」

「今のって?」

「お前がプローデの前で話していた二人だよ」

「ああ」


 セラは何の気もなく答えた。


市場メルコス入り口サレッラのとこで困ってたみたいだから、案内グヴィダードしたんだけど?」

「……」

「あの二人が……どうかしたの?」

「ちょっと出てくる」

「あ、ちょっと!」


 お兄ちゃんと呼ばれた男はアルモードレの問いには答えず、ぶっきらぼうにそれだけ言うと店の外へ駆けだしていってしまった。


「はあ? ……何なの?」


 セラピアーラはとっさに追いかけようとしたが、ブラトルードレの姿は既に人込みにまぎれてしまっていた。

 ため息ハスパーをつくセラ。


「まったく……またドルさんに怒られても知らないんだから」

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