第三章 第06話 ピケへ――2
「ピケ……ですか?」
「ああ」
私――
彼女というのは、エリィナさん。
正式には、アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスと言うらしい。
長い。
そしてこの人は、貴族なんだそうだ。
こちらの言葉では「ドーラ」って言うんだけど。
「ピケはね、ここからずっと
私の右隣りでこう話すのは、リィナ。
リィナは愛称で、正しくはサブリナ・サリエール。
ザハドにある宿屋「
彼女の両親公認で、私の旅についてくることになった、好奇心旺盛な女の子だ。
ちなみにだけど、驚くことにエリィナさんは私とは「日本語」で話している。
見た目は完全にエレディールの人なのにも関わらず、だ。
リィナは、基本的にはこちらの言葉――
私もリィナもお互いに相手の言葉を勉強中で、時々思い出したように相手側の言葉で話したりもするのだけれど、エリィナさんという優秀な通訳がいてくれるお蔭もあって、私の場合、ついつい日本語を多用してしまっているのだ。
……と言うか、なぜエリィナさんがこんなに日本語が
その理由については、今もまだ分からない。
どう見ても日本人じゃないんだから、普通に考えれば誰かに教わったんだと思うんだけれど……問題はその誰かが誰なのって言う話になる。
その辺りについて尋ねても、エリィナさんは首を横に振って答えてくれない。
「それにピケには、
「確か、リューグラム
「
こんな会話も、実際のところはエリィナさんの通訳が挟まってたりする。
リィナは私より頑張っていて、なるべく日本語で話そうとしてるし、私の
エリィナさんが言うには「
ちょっと羨ましい。
ただ、この
そこは正直、ちょっと安心している。
――今、私たちは馬車で移動している途中だ。
私は、とんでもない
でもそこで待っていたのは、二人が前日の夜に何者かに襲われて、既に宿を
そして私は、突然現れたエリィナさんに
彼女によれば、私たち二十三人がこのエレディールに転移してきたことに、
そのことを知らされた
ただ、具体的にあの男がどう関わっていたのかと言うことについては、まだ聞けていない。
私も知りたい気持ちは当然あるけれど、正直なところ聞く勇気がないと言うか、ちゃんと受け止める覚悟がまだ出来ていないように思う。
エリィナさん自身も、進んで話そうという気は今のところないように見えるしね。
「八乙女
「やっぱり船の方が速いんですか?」
「そうだな。それでも途中でチェース、ミラコスと経由して、オーゼリアに到着するにはピケからでも最低四日はかかる。天候によってはさらに日程が延びることもあるが、陸路を馬車で進むよりは遥かに早いと言えるだろう」
八乙女さんたちが乗った馬車は、ものすごい超特急でピケに向かったらしい。
普通の馬車ならゆっくり三日くらいかけて進むところを、途中で馬を替えながら夜通し駆け続けて朝方には到着するという……多分すごい乗り心地なんだろうけれど、命には代えられないものね。
「そういうわけで、この馬車はピケに向かっている。途中で小さな
「でも、エリィナさん」
私が答える前に、リィナが先に疑問を口にした。
「りょーすけたちがそんなに急いでピケに向かったのに、私たちがのんびりしていたらあんまり意味がないような気がするんですけど」
「そうだな。だが彼らを急がせたのは、まず追手からなるべく距離を取るためだ。それともう一つ理由があってな」
「理由、ですか?」
「ああ。実は定期船は
月にたった二便だけ!
いやでも、片道の航路が一週間くらいかかるのなら、そんなもんなのかな。
それに、何でも日本の感覚で考えてたらダメだとも思う。
でも……それだと……
「オーゼリア行きの
「それじゃあ、次の便がくるまでの二週間、八乙女さんたちはピケで足止めされるということに?」
「にしゅうかん? ――ああ、およそ
……これが、単に待ち時間が長すぎるというだけの話ならいいのだけれど、八乙女さんたちは今、追われている立場なのだ。
見知らぬ街でそんなに長い間、無事でいられるものだろうか。
「山吹さん、あなたの心配はよく分かる。私も同じことを
「さっきリィナが言ってましたけれど、ピケにはリューグラムさんがいらっしゃるんですよね? 事情を話して彼のお力を借りることは出来ないんでしょうか?」
「それなんだがな……ふーむ」
途端に難しい顔になるエリィナさん。
何かあるのだろうか。
「それが出来れば
「えっ、それはどういう……?」
「あの、それってもしかして、こないだエリィナさんが言ってた……確か『レアリウス』と言うのが関係してるんですか?」
口を挟んだリィナに、エリィナさんは驚いたように目を
「君は好奇心が
「えへへ」
「レアリウスって、確かオズワルコスさんがそうだって、山風亭でエリィナさんが言っていた言葉でしたよね?」
「ああ。私たちの調査によれば、リューグラム家はレアリウスに『汚染』されてしまっている。
「そうなんですか……」
「だから、私の部下も八乙女たちに、領主館には近づかぬよう伝えているはずなのだ。私たちが到着するまで、何とかしのいでくれることを願うしかあるまい」
私の
彼は確かに
私は思わず、正面に座るエリィナさんの手を取って懇願していた。
「エリィナさん、どうか八乙女さんたちを何とか、何とか助けてあげてください。お願いします。どうか、どうか……」
「はずみ……」
「落ち着くんだ、山吹さん。さっきも言ったように手は打ってある。もちろん楽観視は出来ないが、今は彼らと私の部下を信じるしかない」
「は、はい……」
大きなため息をついて座席に腰かけ直した私の背中を、リィナが
「あ、ありがとう、リィナ……」
「二人はきっと大丈夫だよ、はずみ。特にるぅながいるなら、ね?」
「え? 瑠奈ちゃん? 何で?」
八乙女さんがいるからって言うなら、まだ分かるけど……どうして瑠奈ちゃん?
「あの子、『
「そ、そうなの?」
「うん。私もそういうの強めだって言われたことあるんだけど、私なんか比べものにならない強さだって思ったもん」
私には
私の視界に、リィナの向こうの車窓の先が入ってきた。
街道沿いに植えられている
普段ならきっと、足を止めて眺め
(早く、一刻も早く、ピケへ――――)
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