第三章 第03話 二択
「まずこれより先に話を進める前に、ここにいる皆には
隣に位置する場所に座っていた
そこは即ち、
思わず問い掛ける教頭先生に、鏡さんが鋭く答える。
「なぜ、あなたはその席に?」
「さっきから言っているではないですか。私はリーダーたらんとしていると」
「ですがまだそうと決まったわけではありません」
「それをこれから問おうと言うんですよ。この先、あなたのようにいちいち突っかかってくる人の相手をするのは面倒なんでね」
「ぐ……」
黙り込む教頭先生をよそに、鏡さんは正面に向き直る。
「もう一度言おう。私をリーダーとして認めるか否か。認めぬ者はここを去っていただきたい」
「!」
なんて乱暴な……!
私は立ち上がって叫んだ。
「そんな二択、断じて認められません!」
「私も黒瀬さんと同感です。リーダーに
「ならば
「いえ、それは……」
「ふっ……」
「他の方たちも、
強い口調でまくしたてる鏡さんに、挙手するどころか誰もが
もちろん、私も……。
なぜならリーダーと聞いて私の脳裏に浮かんだのは、あの少し能天気な八乙女さんの顔だったから。
決して強いリーダーシップを発揮しそうなタイプではないけれど、あの人ならば何となくもっといい状態に持っていってくれるような、そんな気がする。
でも、彼はもういない。
――三十秒ほどの沈黙の
「
そう言うと、鏡さんは一年一組の
如月さんは小さな声で「はい」と答えた。
その後も質問は続き、学級担任の先生たちは誰もが肯定と返している。
私の番が来た。
これまでさんざん口答えしてきたからだろうか、問い掛ける鏡さんの眼が何となく面白がるような光を帯びているように感じられる。
でも……私の心はとっくに決まっている。
「はい」
私はしっかりと鏡さんの眼を見据えて、はっきりと答えてやった。
何となく意外そうな表情をしたが何も言わず、鏡さんの問いかけは次の
だって、私は八乙女さんにあれこれ託されている身。
ここを逃げ出すなんて、最初からあり得ない選択肢なのだ。
リーダーがたとえ鏡さんでも――いや、むしろ鏡さんならなおさらのこと、私は子どもたちを守らなきゃならない。
「少しだけ聞いてもいいですか? 先生」
ここまでずっと短い返答だけだったのが、あるところで止まった。
頼もしく思える反面、少し危うさを感じてしまうのは、私が彼らを守らなければならないと気負い過ぎているせい?
「本来ならイエスかノーだけなのだが、君は私の教え子でもある。何だね?」
「口では『はい』って言っておいて、心の中では『いいえ』というのはアリなんですか?」
「ふっ」
薄く笑う鏡さん。
「なかなか正直な質問ではあるな。ちなみに君が言う態度のことを『
「はい」
「まあ立場によっては『
「大義……ですか?」
何だか国語の授業が始まったような雰囲気になってきたような……。
でも、私には鏡さんがこれから言及しようとしていることが相当に
「私は自分の意見や立場について十分すぎるほど説明をし、何度も意思確認の機会を
「はい」
「君が言ったような行為はもちろん可能だ。しかし、公明正大に振舞っている私に比べて卑怯・卑劣な行いであることは明白だろう。何しろ皆の眼の前で堂々と
「……分かります」
「そういう卑怯な振る舞いをする者は、時に強権的である以上に印象が悪い。つまるところ自分は言動に信が置けない人間だと自白しているのに等しいわけだからな。そのような者も、それについて行こうとする者も等しく『賊軍』なのだよ。善悪に当てはめれば当然『悪』の
「はい」
「皆の前で嘘を
「分かりました。じゃあ僕の答えは『はい』です」
「よろしい。その返事が心からのものであることを願おう」
それから、最後に答えた
つまりこの瞬間、私たちのリーダーは名実ともに鏡さんに決まったということになる。
客観的に考えて、この人にリーダーシップがないとは思えない。
むしろこれまで同僚として接した経験から言えば、朝霧校長とは違ったタイプ――先頭に立ってぐいぐいと引っ張っていくリーダーとして十分な素養があることに疑いはないだろう。
……それでも、だ。
八乙女さんの一件から、
胸の中に湧き上がる、このどす黒い予感がどうか
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