第三章 第02話 方舟
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20XX年 4月13日(星暦12511年 始まりの節)
こうして日々のことを記すようになって、もう何日経っただろう。
私は今、ここに来て初めての大きな後悔と無力さを感じている。
そしてその犯人として、
八乙女さんはもちろん、強く否定していた。
でも何が真実なのか全く分からない私は、究極の選択を突きつけられて彼を追放する方に手を挙げてしまった。
正直私は鏡さんと、
今日、朝霧先生を皆で送った。
そして――――
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◇◇◇
「今後、我々は自身のことを『
職員室の中は一瞬だけざわつき、すぐに静まった。
でも、問い掛けるのではなく確定事項として告げる鏡さんの口調に、私はどうにも不安を抑えられない。
「まあ多少
いつからか鏡さんは、私たちのことを「我々」と言うようになった。
使う言葉が少し変わっただけで、何かが決定的に違ってきたように思える。
鏡さんは皆の反応を
「本日我々は、この『方舟』の船長だった
心の奥がざわめく。
「しかし、悲しみに暮れてばかりもいられないのもまた事実。不謹慎と言われようとも生きるための
その通りだ。
確かに鏡さんの言う通りではある。
でも……
「今、混乱の極みにあるのはある程度仕方のないことでしょう。しかし私が
「ちょっと待ってください!」
私は我慢出来ず、思わず叫んで立ち上がってしまった。
「彼がやったという確たる証拠はありません! 今のような物言いには到底納得がいきません!」
「そして、あなたのような存在もだよ、
そう言うと、鏡さんは私を刺し
私は負けまいと、正面から見返す。
「どういうことでしょうか」
「まず八乙女涼介の件については既に決着がついている。今さら蒸し返して再びこの場をさらなる混乱に
「あんな
「その言い方は、ここにいる人たちすべてに対する侮辱だよ、黒瀬さん。彼の追放は私が決めたわけではない。純粋な多数決によるものだ。そもそも私が求めていたのは
「っ……」
あの、人民裁判じみた異様にひりつく空気が私の
八乙女さんを冷たく見据える、
それに必死に耐え、
瞳から
「そして、あなたのように我々が先に進もうとする足に
「なっ……」
私ばかりでなく、他の人たちの表情までが固まるのが感じられた。
「そう言う意味で、山吹さんや久我さんの娘が八乙女涼介の後を追ったことは、
振り向かなければ確認できないけれど、今、久我さんたち二人はどんな顔していることだろう。
彼らから娘を引き離すのに積極的に加担した身として、私はまだ罪悪感を
「他の方たちにも言っておきましょうか。この混乱した状況を収拾して一刻も早く我々が元の世界に戻るために、この私が先頭に立っていくつもりです」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今度は、これまでずっと黙って話を聞いていた
「鏡さん、それは今後あなたがこの集団のリーダーとして皆を導こうと、そう
「
「しかしそれは、あまりにも……」
「あまりにも、何ですかな?」
「非民主的と言うか……」
「それならあなたが我々を率いて、目的に
鏡さんの
いつもはきりりとしている教頭先生も、しどろもどろになってしまっている。
「いえ、そういうわけでは……」
「その覚悟も
「……」
「多少の強引さは自認していますよ。だがいま必要なのは、
鏡先生のあまりにも鋭い言葉の数々に、教頭先生は言葉もないようだ。
他の先生たちも同じように目を伏せ、口を閉じたまま。
「鏡先生、あなたは私たちを支配したいと思っているんですか?」
そんな中で声を上げたのは驚いたことに、
眉をぴくりと動かし、彼女を見る鏡さん。
「ほう……気弱で引っ込み思案な子だと思っていたが、この空気の中で発言しようとする胆力はなかなかどうして、大したものじゃないか」
「答えてください、鏡先生」
皆、驚いた顔で早見さんを見つめている。
私も同じだ。
一体、彼女に何があったのだろうか。
「いいだろう。だが
「私には、鏡先生がまるで専制君主みたいに振舞うように見えたからです」
「なるほど。私は
「私は……それを尋ねているんです」
気丈な態度を崩さない早見さん。
同じ高校生の
「まず朝霧校長のようなタイプのリーダーは、本来集団が安定している時にこそよく機能するものだ。それが転移当初からうまくいっていたのは、混乱していたとは言え『生き残る』という目的のために皆の気持ちが一本になっていたから、そして一人ひとりの意識が高くリーダー的だったからに過ぎない。ここまでは分かるかね?」
「はい」
素直にうなずく早見さんを見て、鏡さんは続ける。
少し面白がっているようすら見える。
「ところが今は状況が全く違う。この集団は混乱の極みにあり、誰もが何をどうしたらいいのか分からず、ただ
「……理解できました。鏡先生はあくまで目的に向かって私たちを力強く引っ張るためにリーダーを務めるつもり、ということですね」
「その通りだ、早見さん」
鏡さんは満足そうにうなずいている。
私にも、鏡さんの言うことは正論のように響いている。
それでも……。
「君たちが信じようと信じまいと勝手だが、私の本心はあくまで日本に戻ることにある。これは徹頭徹尾、変わっていない。この――エレディールと言ったかな――見知らぬ土地に骨を
「分かりました。ありがとうございました」
そう言うと、早見さんは静かに席に腰を下ろした。
他に意見はと言う鏡さんの問いかけに、答える人は誰もいなかった。
そして、改めて厳しい選択が鏡さんから突き付けられることになったのだ。
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