第三章 レアリウス篇

第三章 第01話 目覚め

 時は流れ、日本では年度わりを迎えていた。

 大晦日おおみそかからほぼ三ヶ月ほど経ったことになる。


 そして――それはようやく、エレディールアリウスの時間に日本側テリウスのそれが追い付いたことを意味している。


 ここからは再び、主舞台をエレディールに移して物語がつむがれていくことになるのだが――――その前に、どうしてもえがいておかなければならない出来事がある。


 それは、日本における年度替わりの日から三日ほどさかのぼる。

 場所は、京都の銀条ぎんじょう会本部。


    ◇◇◇


ほなそれじゃ行きまひょかしょうか琉智名るちなさま」

「ええ」


 銀月ぎんげつ家の面々や使用人メイドたちが見送る中を、銀月真夜まよと銀条会の巫女みこたる琉智名は屋敷を出て、敷地の中にある別の建物を目指して歩き始めた。

 二人を見送る人々のあいだには、アルカサンドラ・ベーヴェルスとエルヴァリウス・ベーヴェルスの姿もあった。


真琴まことさん」

「何ですか? サンドラ」


 アルカサンドラの呼び掛けに、銀条会会長である銀月真琴は振り返って答えた。

 京都に来てからベーヴェルス母子おやこの日本語は、めきめきと上達していた。

 特にサンドラは、ネイティブのようにとまでは流石にいかなくても、ちょっと聞いただけでは日本人が話しているものと勘違いするほど、流暢りゅうちょうに操れるようになってきている。

 しかも、母子が学んでいるのは標準語なのだが、サンドラは独学で京ことばの勉強も並行して続けているらしく、真夜と話す時には彼女に合わせて京都弁を使うというほどの熱心な取り組みぶりなのだ。


「真夜さんと巫女様は、お二人でどこに行くのですか?」

「実はね……私も正確には知らないのです」

「え、そうなんですか?」

「ええ。あの二人以外でちゃんと知っているのは、お母さまとおばあさまだけ。つまり銀月家当主だけということですね」

眞有弥まゆみさんと伶亜れあさんだけ、ですか」

「そうなんです」


 真琴は視線を、歩き去る二人の背中に再び向けながら続けた。


「何年かに一度、こうして当主と巫女様はお二人で――――本当の名は分からないので便宜べんぎ的に私たちが『神殿しんでん』と呼びならわしている建物に向かいます。そして――――」


 くるりと身体ごと振り返って、真琴は言った。


「――――当主だけが帰ってくるのです」

 

    ◇


 真夜まよ琉智名るちなは、敷地の一角にある慈照じしょう寺――通称銀閣ぎんかく――ほどの大きさの建物の前で足を止めた。

 二人の目の前に、木製の両開きのとびらがある。

 扉の真ん中には、バスケットボールほどの半球が盛り上がっている。


 琉智名は一歩進み出ると、その半球に静かに手を置いた。

 すると――扉が静かに左右にひらき始めた。


「いつも思うけど、どないな仕組みになってるんろな~。ほんまほんとうに不思議わ」


 真夜の言葉に、琉智名は小さく微笑んで答えた。


「さ、参りましょう」

 

    ◇


 扉の中に入ると、そこにはさらに地下へと続く階段があった。

 それ以外には、何もない。

 ただ、扉を含む四方の壁が不思議な絵画のような、何かの文様もんようのようなもので埋め尽くされていた。


 扉がひとりでに静かに閉じる。

 すると、壁全体がぼんやりと光をはなち始めた。

 階下へと導くように、階段にも照明のような光が次々にともっていく。


 真夜と琉智名は無言のまま、ゆっくりと階段を下り始めた。


    ◇


 階段を下りた先は、半径五メートルほどのドームのような広間になっていた。

 そして、その中央には木棺もっかんめいたごく小さな寝台が置かれている。

 他には何もなく、それだけがただぽつんと。


「これもいつも思うんけど、何とのうなく縁起えんぎわるくない? 作り直したらど?」

「別に形などどうでもいいのですよ。そもそも余人よじんをここにしょうじ入れるわけにはいかないのですから」

「それはまあ、そうけどなぁねえ


 琉智名は笑いながらそう言うと寝台に近付き、その中に静かに身を横たえた。

 胸の前で手を組み、真夜を見上げる。


「ではあとのこと、よろしく頼みましたよ」

「分かった。まかせといて」

「これから、いろいろと少し大変になるかも知れません。いつも以上に」

「そうやなだね

仔細しさいは既におはなしした通りです。銀家の力全てを使い、乗り切ってください。あなたがたなら大丈夫だと信じています」

「うん」


 そして、ふと思いついたように琉智名は付け加えた。


「そうそう、あの二人のことも。『播流祇乎はるぎお』はほどこしてありますが、こちらの世界に祇乎ぎおがないことに変わりはありません。鍛錬たんれんおこたらぬようにと」

「サンドラとリウスやろでしょ? あの人たちなら心配あらへんでないよ

「そうですね。特に母親の方の能力ちからはとても高いようですから」


 それだけ言うと、琉智名は目を閉じた。

 彼女の輪郭りんかくが少しずつぼんやりとし始める。


「それでは、また」

「うん、おやすみ。琉智名さま」


 寝台に横たわる琉智名の姿は半透明になり、下の敷物が透けて見える。

 そのまま彼女はもう、微動だにしなくなった。

 真夜はガラス製のふたを、寝台の上に静かにかぶせる。

 そして、目をつぶってもう一度つぶいた。


「おやすみ、琉智名るちなさま……」


    ◇


 そこにいるのは、五人だけ。

 それは二人の従者エルファと、三人の奥翼卿イロストローアル(おうよくきょう)。

 彼らは予定されているあるじの目覚めを、じっと待っていた。


 秘奥の間ルマノイロスに、ただひとつ置かれてる豪奢ごうしゃ寝台サリール

 その中で、一人の小柄こがら女性フェムがゆっくりとまぶたひらいた。


「おお……『神眠ロエギィナ』よりお目覚めになられた……」


 奥翼卿の一人が、思わず感嘆の声を漏らす。

 彼は五人の中でただ一人、初めてこの儀式エリオーラに参加しているのだ。


 女性が上半身を静かに起こすと、五人は一斉にひざまずいた。

 半身を起こしたまま、女性は尋ねる。


「……今は?」

星暦アスタリア12510年、流星の節フラステルナ末日ハロクにございます」


 五人の中の、最も年長の者がおごそかに答えた。


「そう……予定通りですね」

 

 少し考えてからそう言うと女性は寝台を降り、五人の前に立つ。

 よく通る鈴のような声で、言葉をかけた。


ただいまリオーブラ皆さんタ・オーラ

お帰りなさいませディアオナーブラウルティナ様リス・ドミニア・ウルティナ


 五人はひざまずいたまま、声をそろえて答える。


右の騎士ヴァシャルド・イウス、アルメリーナ・ブラフジェイ」

「はっ」


 ウルティナの呼びかけで、右端みぎはしひざまずいていた女性騎士が顔を上げ、立ち上がる。


左の騎士ヴァシャルド・フォリス、エミリアージェス・イドラークス」

「はっ」


 次に、左端ひだりはしで跪いていた男性騎士が同様に立ち上がった。


「二人とも、こちらへ」

「はっ」

「はっ」


 二人の騎士ヴァシャルドが、ウルティナの左右に静かにはべる。


「ヤルマヌエル、エステリーヌ、そして……ガルマードでしたか」

「はっ」


 そして、残る三人の奥翼卿イロストローアルも返事と共に顔を上げた。


「またしばらく世話になります。皆さん、よろしく願います」

「ははっ」

「これから数日の間は、まずはいつものようにこちら・・・の情勢をいろいろと教えてもらうことになりますね。それと、禁足地テーロス・プロビラスについて早急さっきゅうに調べてもらいたいことがあります」

「ははっ」

「そのあとは……」


 その女性――ウルティナは小さなあごに右手を添えて続けた。


「とりあえずは星祭りアステロマを楽しむこととしましょう。四日目タスガディーナ辺りになるでしょうから、広場フォーマ芝居ルーディオンを見るのにちょうどよさそうです」

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