第二章 第46話 歳末小景3 ―花恋と慶太郎―

 朝霧あさぎりあきらかがみ志桜里しおりが銀条会の拝殿はいでん前で手を合わせている頃、南雲なぐも花恋かれん東郷とうごう慶太郎けいたろうはS市内にある、大勢の参拝客でにぎわう静岡浅間神社――通称「おせんげんさん」――にいた。


 大学四年生にとって懸案けんあんの卒業論文については、二人とも早々に取りかかっており、今は指導教官に添削してもらいながら考察・修正を繰り返している段階だった。

 つまりかなり順調な状態と言えるのだが、二人の顔色があまりぱっとしないのは夜中の神社だからという理由だけではない。


「突然来られないって――どうしたんだろね、迅のやつ」

「ホントよね……」


 いつもなら、四人で二年参りするのが恒例だった。

 ところが今年は上野原うえのはられいは行方不明の上、一緒に行くはずだった小田巻おだまきじんまでもが「悪い。行けなくなったから二人で楽しんできてくれ」というFINEファインメッセージで欠席を伝えてきたのだ。


 二人は楼門ろうもんをくぐり、人がごった返す中をおお拝殿はいでんに向かってゆっくりと歩く。


「連絡がFINEってのはまあいいとしてさ、なーんかここのところ変じゃなかった? 迅のやつ」

「東郷君もそう思う?」

「うん、何て言うかな……よそよそしいってわけじゃないんだけど、うーん、何か上手く言えないけど、ちょっと距離がいたような感じ?」

「うん……」


 迅の様子が何となく違ってきている――花恋がそう思い始めたのは、秋口に例の檜山ひやま讃羅良さららを呼びつけて詰問きつもん会(だと花恋は思っている)を居酒屋でひらいたあとからだった。

 あの日、玲の消息を確かめるために追っていた三家の調査は一旦終了すると言うことになっていた。

 なのに、迅がO市を訪れる頻度は減るどころか、微増しているように花恋には感じられたのだ。


(卒論のためって言ってるけど……)


 ちなみに迅がどんな卒論に取り組んでいるのか、花恋も慶太郎もよく知らない。

 何やらSTEAM教育とか何とか言っていたような……その程度である。

 それがO市とどう関係があるのかも、全く把握していないのだ。


 大学四年の時期も時期である。

 三人が揃って顔を合わせる機会もそれなりに減っている中での突然の欠席ということもあって、花恋は寂しい気持ちをつのらせていた。


 一方、慶太郎にとって花恋と二人きりで神社に参拝するというシチュエーションそのものは、正直願ったりかなったりと言うところではある。


 ……あるのだが、彼には横を歩く花恋の気持ちが手に取るように分かるので、とてもじゃないが諸手もろてを挙げて喜べるような心境にない。

 それに、親友である迅のここ最近の行動の不審さには、花恋のような寂しさではないにしても一抹いちまつの不安を覚えていた。


(確かに、僕や南雲さんに迅の行動をあれこれ束縛する権利なんてそもそもないんだけどさ……)


 数ヶ月前、檜山讃羅良と直接話をしたことによって、調査を始めるきっかけとなった上野原玲の生存の可能性については、ある程度納得のいく答えを得ることが出来た。

 よって、もう彼らに出来ることは正直ないのだ。

 生きているのかも知れないというのなら、無事の帰りをひたすら待つしかない。


 舞殿ぶでんの横を過ぎると参拝客たちはもうほとんど動いておらず、その場で年越しの瞬間が訪れるのを待とうという空気が充満している。

 そんな中を花恋と慶太郎は、亀のような歩みで特設されている賽銭さいせん投げエリアに向かった。


「三十! 二十九! 二十八!」


 少し気の早いカウントダウンの声が聞こえてきた。


「南雲さん、ちょっと急ごう。参拝している時にちょうど年越しが来るようにしたいからね」

「そうね」


 立錐りっすいの余地がないと言っていいほどの人の海の中、二人は泳ぐように無理やり歩を進めた。


「十! 九! 八! 七!」


 花恋と慶太郎は賽銭を投げ入れると、作法にのっとりまず二拝し、手を二回叩いた。


「六! 五! 四! 三!」


(どうか玲が生きていますように。家族や友達がみんな幸せでありますように。そして……小田巻おだまき君とうまくいきますように)

(上野原さんが無事でいますように。友達や家族が無病息災でありますように。そして……南雲なぐもさんの心が少しでも僕に向きますように)


「二! 一! うおおおーー!」


 おめでとー!

 あけおめー!


 声にならない歓声と共に、新年を祝う挨拶があちこちから上がる。


 慶太郎の心は、花恋に。

 花恋の心は、迅に。

 迅の心は摩子まこれいあいだで揺れ動き。

 玲の心は、遠くエレディールの地で如何いかに。


 芸術的なまでに噛み合わない四人の想いがたどり着く先を知る者は、この時点では誰もいない。

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