第二章 第41話 令嬢

「なあなあ、白鳥しらとりさん」

「何でしょう」


 小田巻おだまきじんは今、身長差こそあるが一応、白鳥摩子まこと肩を並べて歩いている。

 二人の間は、いちメートル二十センチほど。

 いわゆる個体距離パーソナルディスタンス社会距離ソーシャルディスタンスの中間といった感じ。

 そして――――


「後ろの人たちは何なわけ?」

「護衛です。お気になさらず」

「……護衛?」


 迅の言うように、二人の後ろを別の女性二人組が歩いている。

 その女性たちは、迅がO城址じょうし公園に入る際に渡ったまなびばしではなく、南側にかかる御茶壷おちゃつぼ橋を二人が越えた辺りで、何やらあせった様子で合流してきた。

 それ以降、つかず離れずの距離を保ったままずっとついてきているのだった。


「護衛って、何から?」

不埒ふらちやからから、ですわね」


 そう言って、摩子はちらりと迅を横目で見た。

 あわてる迅。


「いやいや、俺は何にもしないって」

「それなら何も心配されることはありませんから、なおさらお気になさらず」

「護衛ってことはもしかして――さっきナンパされてた時は、見てたのに何もしなかったってことなのか?」

「いえ。あの二人はそんな職務怠慢じみたことは致しませんわ」


 摩子は首を軽く横に振ってから、軽いため息をついた。


「わたくしが、勝手に二人の眼が届かないところへ逃げただけです」

「……何かあれだな、お城のお姫様って感じがするぜ」


 摩子は迅の言葉に、ただ小さく微笑ほほえんだ。

 そんな護衛付きの令嬢が、初対面の自分を自宅にいざなっている。

 たとえ悪漢あっかんどもから救ったような形だったとは言え、普通そんなことするか? と迅は自問する。

 現に最初は礼を述べてすぐに立ち去ろうとしていた。


「なあ、白鳥さん」

「何でしょう」

「俺が言うのもアレなんだろうけどさ、ほぼ初対面の男を自分の家に招くってちょっとマズいんじゃないのか?」

「あら」


 小首をかしげて摩子が答えた。


「聞きたいことがあると言ったのは、あなたでしょう?」

「いやまあそうなんだけどさ」


 正直なところ、あまりに自分に都合のいい展開過ぎて、迅は少しビビ・・ってしまっているのだ。

 調査対象と偶然出会い、危機を救って、家に招待される。

 ご都合主義もはなはだしい。


(だけど……虎穴こけつらずんば虎子こじを得ずって言うしなあ)


 怪しいわなではないかとも思うが、千載一遇の好機とも言える、慎重になり過ぎてのがすにはあまりにも美味しい状況なのだから――と、迅は自分を鼓舞こぶした。


「ま、まあ俺としてはありがたいことなんだから、文句はないさ」

「そうですか――こちらです」


 石垣のようなへいに沿って歩いていた二人は、摩子の言葉で十字路を左に折れた。

 しばらく進むとずっと続いていた塀がふいに途切れ、大きな門が姿を現した。

 摩子は閉じている門に向かって、そのまま歩き続ける。


「お、おい、ぶつか――」


 慌てて迅が声を掛けた瞬間、がらがらと言う音と共に鈍色にびいろ門扉もんぴひらき始めた。

 その横には「白鳥」「白華しらはな」「季白すえしろ」という三つの表札がかかっている。


(赤穂家や黒瀬家のとこもそうだったけど、ここも負けず劣らずの豪邸だな……)


 思わず立ち止まる迅を、すでに門の中に入っている摩子が振り向いて呼ぶ。


「どうぞ、お入りになって」

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