第二章 第40話 遊園地の近く

「まあオレもこの街を根城にして大分つがな」


 小田巻おだまき八雲やくもは彼のおいである小田巻じんを、自身が経営する興信所「オダマキ探偵社」に招き入れるなり言った。


「あ、お帰りなさい、ボス」

「早かったですね、ボス」

「ぷ」


 戻ってきた八雲に所員が声を掛けると、迅は吹き出した。


「なあ叔父さん、相変わらず自分のこと『ボス』とか呼ばせてんの?」

「あぁ?」

「外資家の企業だと上司をボスって呼ぶらしいけどさ」

「バカおめ、カッコいいだろが。あーっと沙夕さゆくん、茶ぁでも出してやってくれ。迅はそこに座ってちょっと待っとけ」

「はーい」

「了解」


 沙夕と呼ばれた女性が、ぱたぱたと給湯きゅうとう室へ入っていく。

 迅は応接室のソファに腰かけ、大き目のボディバッグにしまってあった書類――先ほど八雲から受け取ったもの――を取り出した。


「えーっと……白鳥しらとり摩子まこ、19歳。ま、年下だろうとは思ってたけど大学一年生だったか……」


 迅は目を閉じ、ようやく残暑が薄れ始めたあの日・・・のことを思い出していた。


    ◇


 その日、小田巻迅は今日と同じように、O駅に降り立っていた。

 この段階で、三家のひとつである白鳥家が神奈川県で不動産業を営んでいるというところまでつかんでいた彼。

 とりあえず本拠地に行ってみっかくらいの、軽い気持ちでO市を訪れたのだった。


 元々この街は、彼の叔父である小田巻八雲が住んでおり、割と彼に可愛がられていたということもあって、迅にとっては馴染みのある場所である。

 ただ、調査について叔父を頼ろうと言う気持ちは、この時の迅にはまだなかった。


 その日の迅は、ここに来るたびに足を運ぶO城址公園をいつものように訪れていた。

 特に歴史好き、城好きというわけでもない彼だが、広々とした公園とそこここに残る城門や土塁どるいの模型、たくさんの植物が葉を広げているその雰囲気がとても気に入っていたのだ。

 観光客も多い中、彼のように散策を楽しむ地元の人たちらしき姿もそれなりに見られる。


 中でも迅のお気に入りは、園内に併設されている「こども遊園地」だ。

 遊園地と言っても規模はごく小さく、豆汽車とバッテリーカー、あとはぐるぐる回るコーヒーカップがある程度。

 メインターゲットは当然、家族連れの子ども辺りなのだろうが、迅はおっきいおともだち・・・・・・・・・として、特に豆汽車を心の底から楽しんでいた。


 ある時、彼は南雲なぐも花恋かれん上野原うえのはられい、そして東郷とうごう慶太郎けいたろうを誘ってこの遊園地を訪れたことがある。

 背の高い彼が窮屈きゅうくつそうに身体を折りたたみながらも「ひゃっほーい」とテンション高くしている姿に、同行者三人がいたたまれない思いでうつむくのも構わず、迅は無邪気にエンジョイしていたのだ。


(あん時は『あんたとは二度と遊園地に行かない』って、南雲さんにこんこんと説教を喰らったんだっけな)


 そう心の中で苦笑しながら、これまた併設されている図書館の横を通り過ぎ、神社の横を越えた辺りで、前方から何やら揉めるような声が彼の耳に飛び込んできた。

 揉め事は正直ノーセンキューな迅だが、その日は好奇心の方がまさった。

 声のした方へ足早に向かうと、三人の男たちが一人の女性を取り囲んでいる様子が目に入った。


「あっちへ行ってください!」

「そんなこと言わないでさーほら、向こうにある遊園地で一緒に遊ばない?」

「お断りです!」

「つれないこと言わないでよー」


 絵にかいたようなナンパ現場だった。

 やれやれ、と迅は頭をいた。


 彼自身は、ナンパについては特に悪印象を持っていない。

 出会い方なんて、いろいろあるもの。

 誘いたければ誘えばいいし、断りたければ断ればいい。

 事件性があるのならともかく、両者が合意しているでのあれば第三者がとやかく言う筋合いはない――と考えている。


「いいからさー、ほら、行こうよ」

「ちょっと、手を離してください!」

「大丈夫大丈夫、ボクたち紳士だからね」

「いやです! 離しなさい!」


 しかしナンパにだって、一定のルールというかマナーがある。

 ある程度押しても相手が本気で嫌がっているままなら、当然スマートに引き下がらなければならない。

 そこをわきまえなければ、ただの迷惑ヤローになってしまう。


「やー、わりわりい。ちょっとはら痛くてさー。何か変なモン食ったかも知れねえわ」


 突然にこやかに笑いながら走り寄ってくる男(迅)を見て、男たちと女性がぴたっと固まる。

 と、女性の方が何かを思いついたかのように一瞬目を見開くと、虚を突かれた男たちの間をすり抜け、迅の方へ駆け寄って行った。


「遅いですわ! いくら体調が悪いと言っても、レディを待たせすぎですわよ」


 そう言って迅の横に立つと、彼女は彼の左腕にすっと両手をえた。


「お、おう……」

「さ、行きましょう。バツとして今日の昼餐ランチ、あなたのおごりということで」

「わ、分かった」

「ちょっと待てや!」


 呆気あっけに取られていた三人組がようやく立ち直り、リーダー格らしい一番背の高い男がすごみを利かせた声で二人を呼び止める。

 と言っても、彼の頭頂部は迅の口元辺りまでしかないが。

 立ち止まって振り向く二人。


「おめえ、横から来て何かっさらってくれちゃってんの?」

「いや、あんたらが他人ひとの彼女をナンパしてんのが悪いでしょ?」

「おめえの女だぁ?」

「そうだよ。ほら、獲物なら他にもまだたくさんいるんだから、そっちで再チャレンジしてどうぞ」

「ふざけてんじゃねーぞ、このヤロー」

「誰か―!! 助けてくださーい!!」


 突然、迅が大声を張り上げた。

 思わず後退あとずさる三人組。

 女性もびくりと肩を震わせた。


「変な人たちに絡まれてますー!! 誰か―!! 警察呼んでくださーい!!」

「ばっ!」


 神社の辺りは城の裏手に当たるとは言え、歩いている人は多い。

 迅の声に立ち止まる人の中にはスマホで撮影したり、耳元に何やら当てて会話したりするような姿も見られた。

 三人組はあせり始める。


「くそっ……おい、行くぜ」


 リーダー格があごで合図すると、三人組は迅たちをにらみながらも奥の方へ消えて行った。


「ふう……行ってくれたか」


 腕っぷしに自信のない迅は、とっさの機転で何とか危機を脱することが出来たと、ほっと安堵のため息をついた。

 その途端、腕に手を添えていた女性は迅からするりと離れ、彼の正面に立った。


「どちら様か存じませんが、助けてくださりありがとうございました」


 そう言って、深々と頭を下げる。


「あ、いや……どういたしまして」


 どもりながら、迅は目の前の女性に目を奪われていた。

 青い小さな花がたくさんあしらわれた、白いワンピース。

 小さな帽子から流れ、初秋の風にふわりとなびつややかな黒髪くろかみ

 きりりとした太めのまゆ、涼し気な目元。

 形の整った薄めの美しい唇。

 迅にしては珍しく、次の言葉を上手くつむぎだせずにいる。


「それでは、失礼いたします」

「あ、ちょ、ちょっと待って……」


 そう言って去ろうとする彼女を、何となく不細工に引き留めてしまった迅。

 何か? と言いたげに小首をかしげる女性に何と言ったものか――一瞬いっしゅん迷った彼は、思わずこの街に来た目的を口にしていた。


「あ、あのさ、この辺りで白鳥さんってお宅、知らない?」


 迅の台詞を聞くなり、女性はまゆをひそめた。

 いぶかしむ視線を迅に投げる。


「そのお宅に何か御用なのですか?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」

「あなたのお探しの白鳥さんが何者か知りませんが」


 女性は正面から迅の眼を見据えて続けた。


「わたくしの家も白鳥と言いますの」

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