第二章 第36話 「ひ」

 東郷とうごう慶太郎けいたろうがスケッチブックのページをめくると、そこには「謎の一族 赤・白・黒」と書かれていた。


「いやあ、あの時は興奮したよ。だってさ、あの消失事件と檜山ひやまさんとの関係がずっと分からなかったのに、黒瀬くろせさんという家に辿り着いたことで一気につながったんだからね」

南雲なぐもさんってば、すんげえマジ顔で追っかけてたんだぜ。あのレトロカーでよくちぎられ・・・・なかったよな」

「うるさいわね。おかげで手掛かりをつかめたんでしょ? 私とビングに感謝しなさいよ」

「私は別に引き離そうとかしてませんでしたけどね……」


 讃羅良さららが苦笑しながら続ける。


「でも、あんな目立つ車で尾行なんて……気付かれるとか思わなかったんですか?」

「まあ……私は尾行って言うより追跡のつもりだったし、無我夢中で正直バレてもいいやって思ってたかな」

「あんなひらけたところじゃ、隠れようもなかったしね」


 国道一号線こくいちを降りた後の景色――近くには田んぼが広がっていて、高い建物もない半住宅街と言った風情ふぜい――を思い出しながら、慶太郎が付け加えた。


「さすがに門の中にまで入っていけなかったから、ちょっと離れたところでしばらく様子をうかがってたんだけど、今度は真っ白な高級車が二台やってきたんだ」

「あー……そう言えばそうだった、かな」


 讃羅良の脳裡のうりに、白鳥しらとり母子おやこの顔が思い浮かぶ。

 彼女自身は、摩子まこうららに特に含むところはないのだが、あのお嬢様然とした容姿から、まんまお嬢様言葉が飛び出してくるのがどうにも苦手に思えてしまうのだった。

 実際のところ、お嬢様に違いはないのだが。


「で、いろいろ調べてみたらさ、その白い高級車の持ち主が『白鳥さん』だと分かってびっくりしたんだよね。白鳥さんだから白い車なんだって」

赤穂あかほさんたちがあの赤い高級車だろ? 門の中は分からなかったけど、そんじゃあ黒瀬さんちの車は黒い高級車なのかって想像したらさあ――金持ちのやることはすげえなって」

小田巻おだまき先輩の言う通りですよー。黒瀬家の車は真っ黒です」

「やっぱなー。あー、でも」


 じんがふと思い出したように言う。


「檜山さんが運転してたのも、赤い高級車だろ? でも『檜山』って苗字みょうじに赤い要素ないじゃんか。何で?」

「うーん、それはですねえ」


 讃羅良は少し考える。

 花恋かれんに呼び出された時から用件を察していた彼女は、どの程度まで話していいのかということをあらかじめ考えてあった。

 最初に慶太郎から「話してほしい」と言われて、全てを話せるわけではないと釘こそ刺したが、この三人の頑張りに免じて多少のことは明かしてもいいという気持ちになっていた。


「実は檜山家うちはですねー、赤穂家からずいぶん昔に分かれた分家なんです」

「へー……親戚だとは思ってたけど、やっぱりそうなんだね。分かれたっていつぐらいの話なの?」

「私も詳しいことは分からないです。でも……百年や二百年どころじゃないと思いますよ」

「えっ、そうなの!?」


 花恋が目を丸くする。


「はい。分かれた当初は『ひのき』じゃなくて、『火山ひやま家』だったそうです。それから『緋山ひやま』に変わって……最終的に今の『檜山ひやま』になったって聞いてます」

「あー……なるほど」


 ポンと手を打つ慶太郎。


「火の山なら、確かに赤に関係ある感じだね」

「んじゃ、次の『』って何だよ?」

「『緋色ひいろ』って色があるじゃない。何て言うか、結構鮮やかな赤い色の」


 迅の疑問に花恋が答える。


「いや、知らんわ俺。そんな色あったっけ?」

「小田巻先輩、『毛氈もうせん』って知りません? おひなさまを飾る段々とかに使われてる生地きじなんですけど」

「あー、それなら知ってる。あの赤いフェルトみたいなやつか」

「そうですそうです」

「でも、それならちょっと疑問なんだけど、いい?」


 挙手する慶太郎。


「檜山家の元がちゃんと赤に関係しているってのは分かったけど、それじゃあどうして最終的に、表向きは赤とは関係ない「ひのき」の字を使うようになったの?」

「うーん、それはですねえ……」


 その理由を、輪郭りんかくだけとは言え讃羅良は知っている。

 慶太郎たちに教えたところで、特段の問題があるわけでもない内容だ。

 ただ、説明が面倒なのと、その説明の途中で話せないことに触れる必要があるかも知れないと言う危惧きぐから、彼女は口ごもってしまう。


「ちょっとややこしい事情があったみたいで、説明が難しいと言うか禁忌きんきに触れずに話すのが難しいと言うか……」

「いいじゃん。話せるところだけでいいから話してよ、檜山さん」


 気軽に先をうながす花恋。


「しょうがないですねー……じゃあ一応話しますけど、あんまりあれこれ突っ込まないでくださいよー? あとちょっと長くなるかも」

「分かった分かった」

「えーっと、まずですね……赤穂家――実を言うと、赤穂家の前は『赤星あかほし家』だったそうなんですけどね」

「へえ」

「赤穂家にはある役目があるんです」

「ある役目? どんな?」


 慶太郎の疑問に、讃羅良は首を横に振った。


「それは言えません。で、ある時にある目的を持って分家を二つ作ったんです。あーっと、目的については言えませんよ。言えないから『ある』目的って言ってるんですから突っ込まないでください」

「むぅ……」


 早速聞き返そうとした花恋が、機先を制されて黙り込む。


「その時に出来た二つの分家が『青蓮坂しょうれんざか家』と『水神みずかみ家』って言います。青だから『せい家』、かみだから『じん家』とも呼んでます」

「ほえー、じゃあ赤穂家は『赤家せきけ』とか?」

「東郷先輩、惜しい! そこはちょっとひねってるのか、『赤家しゃっけ』なんですよー」

「なるほど、確かに『あか』は『シャク』とも読むしね」


 讃羅良はうなずいて先を続けた。


「で、青蓮坂しょうれんざか家は今はあんまり関係ないからちょっと置いときます。いつしか水神みずかみ家には、元々の目的の他にもうひとつの役目が加わるようになりました」

「その役目って、話せることなのか?」

「はい。それは――――三家さんけの護衛なんです」

「ん? 三家って……何だ? お、もしかして……」

「そうです!」


 腕を組んでうなる迅に、人差し指を突きつけて讃羅良は言った。


「黒瀬家と白鳥家、そして赤穂家の三つの家を三家さんけって言うんです。ちなみに青蓮坂家と神家の二つは『二室にしつ』って呼ばれますね」

さんと来たら、『いち』もありそうよね」

「なかなか鋭いですねー、南雲先輩。でもその話はまた後です」

「そうなの?」

「はい、今話すと余計にややこしくなるので。で、護衛の任務をおおせつかった水神家なんですけど、ある時――これも相当昔の話ですが、本家の赤穂家とトラブったらしいんです」

「トラブった?」

「はい。あ、ちょっと飲み物を……」


 話し続けてのどかわいたのか、花恋の疑問を手で制して目の前のグラスの中身を讃羅良はあおった。


「トラブルの内容は私も知りません。それで結局水神家は赤穂家の護衛をやめてしまって、黒瀬家を護衛するようになったらしいです」

「黒瀬家には元々の護衛はいなかったの?」

「いえ、いましたよ。水神家のこれまた分家の『神代かみしろ家』ってのがいます。今でも両家は黒瀬家の護衛を続けていますね」

「とすると……もしかすると、その水神家の代わりに護衛の任にいたってのが――」

「さすがですねー東郷先輩。そう! 元々の役目と護衛を引き継いだのが当時既にあった『緋山ひやま家』と『赤瀬川あかせがわ家』だったんです」


 満足そうにうんうんと首を縦に振る讃羅良。

 慶太郎はしかし、苦笑しながら指摘する。


「でも、それは『』が『』に変わった理由じゃないよね?」

「まあまずそういう経緯けいいがあったということですね。直接的には、そのトラブった水神家の当主の名前に『』の字が使われていたからだそうです。『』が選ばれたのは単純に、立派なひのきの木がたくさんえてる山を持ってるからですね」

「そこは割と単純な理由なのね」

「あとは、ひのきは『日の木』『火の木』に通じるからだとも……ただの語呂合わせでしょうけど」

「ほーん……」


 讃羅良の話を聞きながらポテトの山に手を伸ばした迅だが、いつの間にか皿がからっぽになっていることに、指を空振りさせて気付いた。


「おいおい、もうポテトないじゃんかよ。追加しようぜ」

「飲み物も少なくなったし、そうしよっか。すいませーん!」


 花恋が元気よく手を挙げた。

 この店はまだ、タッチパネルを導入していないのだ。


「はいー! ただ今おうかがいしまーす!」


 店員のこれまた元気な声が応えた。

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