第二章 第37話 消す

「まあ檜山ひやまさんちの苗字みょうじの秘密ってか、由来みたいなのは分かったけどさ、もぐもぐもぐ」


 到着したばかりのポテトを早速つまみながら、小田巻おだまきじんが話を再開した。


上野原うえのはらさんのこととは直接関係ねーよな? 慶太郎けいたろう

「うーん、まあ確かにそうだね」

「あんたが『檜山さんには赤い要素がない』とか言い出したんじゃないの。この子はとりあえずそれに答えただけでしょ」

「おう、そうだったわ、もぐもぐ」


 しれっとポテトを食べ続けて言う迅を見ながら、讃羅良さららは苦笑して言う。


南雲なぐも先輩はかばってくれましたけど、確かに少し横道にれましたね。東郷とうごう先輩、先を続けてもらっていいですか?」

「私は別に、かばってなんか……」

「OK。じゃ、調査報告の方を進めようか」


 慶太郎がスケッチブックの新たなページをめくると、そこには三家の名と現当主や前当主の氏名、そしてそれぞれが代表を務める会社名が書かれていた。


「先にことわっておくけど、僕たちの調査にはあるプロフェッショナルにも協力してもらってるんだ」

「プロフェッショナル……ですか?」

「うん。さっきちょっと触れた、白い高級車が白鳥しらとりさんちのものってこととかも、その人がいないと突き止められなかったことだしね」

「あー……、確か今は単純に自動車登録番号ナンバーだけじゃダメなんでしたっけ。弁護士さんとか探偵さんですか?」

「まあ実のところ私的に動いてもらってるから、名前や素性すじょうを表に出すなって言われてるんだ。ごめんね」

「別にいいですけど……」


 ままごとのような探偵ごっこだと思っていたら、案外本気ガチで調べに来てた――讃羅良は慶太郎たちの本気具合に少しだけ感心していた。


「えーと、まず赤穂家についてはさっきも言ったように『IRイ・エッレアカホ株式会社』っていう不動産会社を経営している。代表者は『赤穂あかほ玄一げんいち』と言う人だね。檜山さん、知ってるよね?」

「もちろん」

「次に白鳥家。『(株)ドメン・ブラン』という会社を経営。これも不動産屋さんなんだよね。代表者は『白鳥しらとりうらら』さん。女性かな?」

「そうです」

「そして黒瀬家は『(株)クロセ・ヱステイト』。代表者は『黒瀬くろせ白帆しらほ』。これもまた不動産会社なんだけど……何か意味あるのかな?」

「特にないと思いますよ」


 讃羅良が答える。


「どの家も歴史がちょー長くて、おお地主だからじゃないかなー。檜山家うちも三家ほどじゃないけどそうだし」

「そうなんだ」

「あと、正確に言うとその三つの会社はいわゆる持ち株会社ホールディングスってやつですね。事業もやってるから純粋持ち株会社じゃないですけど」

「何か小難こむずかしい話になってきたな……もぐもぐ」

「あんたポテトもいいけど、いい加減焼き鳥とか他のものも食べなさいよ。また鳥皮だけ残してるし」


 迅の皿を指さして指摘する花恋かれん

 大皿の盛り合わせで届いた焼き鳥を、花恋が規定本数ずつ各自の皿に分けたのだ。


「居酒屋でくらい、好きなもんを食わしてくれよなー。鳥皮って、くにゅくにゅしてるのがどうも苦手なんだよ」

「えー、それが美味しいんじゃないですかー」

「そこは意見が合うわね……」

「えーっと、先進めるよ?」


 微苦笑びくしょうしながら、次のページを開く慶太郎。

 そこには「黒瀬真白ましろ」「神代かみしろ朝陽あさひ」の名があった。


「いよいよ本題に入るけど、つまるところこの二人――消失事件で行方不明になったこの人たちが三家の中にいたってところで、檜山さんが上野原さんのことに言及した話へとつながったわけだ。これはただの僕の勘なんだけど、あの日、檜山さんたちが黒瀬家に集合したのは、消失事件のことについて話し合うためじゃないのかな?」

「うーん……」


 そうですよ、と讃羅良は言ってやりたいと思った。

 しかしそれを認めてしまうと、三家が何を議題に集まったのかというところに話が及ぶ可能性が高い。

 そして、それは話せない部分に関わることなのだ。


 難しい顔をする讃羅良を見て、慶太郎は言った。


「ごめんね、言えないことだったら無理する必要はないから。イエスノーだけでも情報になっちゃうこともあるだろうし」

「……ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。だから僕たちはとりあえずこう結論づけたんだ。『三家の持つ秘密か何かを根拠にして、檜山さんは上野原さんが多分生きていると判断した』ってね」


 讃羅良は少しの間、何か考えているのか黙ったままだった。

 かすことなく彼女を見守る三人。

 そして、讃羅良が口をひらいた。


「まあ……いい線いってますよ、とだけ」

「そっか」


 慶太郎が安堵あんどのため息と共に言った。


「それなら、上野原さんが多分生きているってのはデタラメじゃないんだね?」

「そうですよ。ただ……確認できているわけじゃないですし、状況を考えるとそう推測できる段階と言うか」

「まあそれが分かっただけでも、俺たちとしてはよかったよ。大事なのは三家とか言う一族の秘密じゃなくて、上野原さんが生きてるかどうかってことだからな」

「そうよね。でもね、まだ私たちも調査をやめたわけじゃないんだからね」

「えっ……そうなんですか?」


 少し驚く讃羅良。


「私たち、今は分担して三家のことを調べてるの。私は赤穂さん――赤家しゃっけだっけ?」

「僕が黒瀬家担当」

「で、俺が白鳥家――白家はっけ担当ってこと」


 讃羅良はまたしても困ってしまった。

 色んな意味で、深入りは危険なのに――。


「私の言葉がただのデタラメじゃないって分かっただけじゃダメなんですか?」

「別にダメなわけじゃないんだけどさ、ちょっと興味が出てきたと言うか」

「俺の場合、卒論にもちょっと絡んでたりして……」

「ええっ!?」


 これは少し釘を刺しておいた方がいいかも知れない。

 讃羅良は三人の好奇心を少しめていたと認めざるを得なかった。


「あのですね、発端ほったんを作った私が言うのもアレですけど、あんまり深入りしない方がいいです。てかめた方がいいです」

「やっぱりそうなの?」

「檜山流活殺かっさつ術で消されるとか?」


 少しおどけて言う迅に、讃羅良は反応に困った。

 実際、その可能性がゼロとは言い切れない……。

 困惑する讃羅良の表情を見て、花恋が少しだけおびえる。


「やだちょっと、マジでそうなの……?」

「い、いえ、そんなことはない――と思いますけど……」

「それにさ、もうちょっと不思議な情報を得てるんだよね。僕たち」

「え?」


 讃羅良の内心に気付いたのかどうか、慶太郎が続けた。


「最初にもちょっと言ったけど――銀条会」

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