第二章 第35話 スケブ

「これから、僕たちが調べて分かったことを君に伝えるよ。それを踏まえた上で、君に答えて欲しいことがあるんだ、檜山ひやまさん」


 東郷とうごう慶太郎けいたろうは、真面目な顔で檜山ひやま讃羅良さららに向き合った。

 そんな彼の表情に、讃羅良は何を思ったのか珍しく少しだけ押し黙る。


「……いいですよ。でも、私にも話せることとそうでないことがあるし、全部包み隠さずってのは無理かも」

「そりゃそうだよね、分かった。それじゃ」


 そう言うと、慶太郎は自分の荷物の中から一冊のスケッチブックを取り出した。

 F3サイズのその表紙の中央には、「花恋かれんとゆかいな仲間たち 調査結果」と書かれている。


「ぷっ」


 思わず讃羅良が吹き出す。

 意外なことに、花恋とじんも目を丸くしている。


「何ですか? これ」

「調査結果だよ。一応こうしてまとめてみたんだ」

「お前……ホントこういうのマメ・・だよな」

「まあ、東郷君らしいっちゃらしいけど」

「さ、どんどん行くからね」


 慶太郎はそう言って、表紙をめくった。

 最初のページに書かれていたのは「檜山ひやま家とは」という文言。


「檜山さんは気付いていたらしいけれど、とにかく僕たちはまず君の家の特定から始めたんだ。そうしたら、ものすごいお屋敷にたどり着いた」

「確かにうちの敷地はすごく大きいですけど……うちだけじゃないですからね」

「うん、三つの表札がかかってたからね――えーっと、『赤穂あかほ』『檜山ひやま』『赤瀬川あかせがわ』だよね?」

「はい。でも」


 首を小さくかしげる讃羅良。


「率直に疑問なんですけど、れいちゃんのことを調べるのに、檜山うちのことを洗い上げる必要ってあったんですか?」

「いやだって、事件について世界中でわけわからんって騒いでる中で、『多分生きてる』なんて情報を持ってるとか、一体何者? って話になるじゃんか」


 慶太郎の代わりに迅が答える。


「なるほどー。でも、私が単にでたらめを言っただけとは思わなかったんですか?」

「えー、思ったわよ」


 まゆをひそめながら、花恋もくちばしを突っ込んできた。


「正直、めちゃくちゃムカついたもん。でも、この二人が『檜山さんらしくない』みたいなことを言いだしたわけよ。あなたのこと、あれだけ玲のことを慕ってるのにそんな不謹慎なことを言うのは何か変だって」

「へえ……」

「まあ、な……」

「いや、えーと……」


 少しだけ目を見ひらいて迅と慶太郎に視線を向ける讃羅良。

 男二人は照れてるのか何となく居心地が悪いのか、二人で顔を見合わせてもじもじしている。

 慶太郎はひとつせき払いをすると、スケッチブックを指さして説明を続けようと口をひらいた。


「ま、まあとにかく手始めにその辺りから調べていって分かったことはね――」


 ・檜山家が「檜山流活殺かっさつ術道場」を開いていること

 ・現在の檜山家は四人家族。讃羅良には双子の弟がいること

 ・敷地内にある他の二家、赤穂家と赤瀬川家と檜山家は恐らく親戚しんせき

 ・赤穂家は「IRイ・エッレアカホ株式会社」という不動産会社を経営している。


「――んー、何かうちのプライバシーをあばかれてるみたいで微妙な感じですけど、まあ発端が私だしそこはいいとしますよ。でも」


 まずは最初の報告を聞いて、顔を軽くしかめながら讃羅良が言った。


「特に秘密にしてるようなことでもないし、玲ちゃんのことにたどり着くにはまだまだってところですねー」

「そうなんだよ。檜山さんが住んでるところの町内会長さんにも話を聞いたんだけどさ、今伝えた内容以上のことは聞けなかったんだ。どちらかと言うと、赤穂家についての話の方が多かったくらいだったしね」

「あー……あのおじいちゃん……」


 讃羅良は、一見いっけん好々爺こうこうやぜんとした堂本どうもとの姿を思い浮かべた。

 堂本家は赤穂家ゆかりの家というわけではないが、かと言って全くの他人というわけでもない。

 慶太郎たちは知るよしもないが、つまるところこの時点での調査活動については、赤家しゃっけ側に全て筒抜けだったということになる。


「とにかく、ここで僕たちの調査は一旦いったん行きづまっちゃったんだよね。もうあとはホントに直接聞くしかない、みたいな」

「そうそう。で、気分転換に旅行にでも行こうぜって俺が提案したわけ」

「まさかその旅行が新しい手掛かりに結びつくなんて、私も他の二人も思ってなかったけど」


 迅と花恋がすかさず言葉を添える。

 それを聞いて讃羅良はあの夏の日、愛車のルームミラーにうつっていたワーゲ〇バスの姿を思い出していた。

 ふふっ、と思わず笑みが浮かぶ。


「それって、国道一号線こくいちでうちの車を追いかけてた時のことですよね? あの可愛い車で」

「そうよ。うちのビング・・・でね!」

「ビング? ――もしかして車に名前つけてます?」

「何よ。悪い?」

「いえ、別に悪くはないですけど……」


 讃羅良は困った。

 正直、自分の愛車に名前をつけたくなる気持ちは分からなくもないのだ。

 そして、それを堂々と口にしてドヤ顔をする花恋が、可愛く見えて仕方がない。

 ただ、そのまま「南雲先輩、可愛い!」とか口にしたら、「年下のくせに!」とか言って怒り出すに決まっている。

 しかしここで、慶太郎がいい具合に話を引き戻そうとする。


「まあまあ南雲さん、愛車の名前についてはまた今度にしてよ。『スージー』のことまで出てきたら収拾しゅうしゅうつかなくなるからさ」

「そう? ……まあいいけど」


 ほっ、と小さくひそかにため息をつく讃羅良。


「気付かれてたみたいだから言っちゃうけど、檜山さんたちの車を見つけた僕たちは急いで追いかけることに決めたんだ。それで辿り着いたのが――」

黒瀬くろせ家っていうことですね?」

「そういうこと」


 と言って、慶太郎はスケッチブックの次のページをめくった。

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