第二章 第34話 居酒屋

 秋は大分だいぶ深まっていた。

 時折ときおり肌をでるかぜの中にも、うっすらと冷たいものが感じられる。


「うう、そろそろ冬かあ……」


 檜山ひやま讃羅良さららは、冬があまり好きではない。

 何故なぜなら、バイク乗りだからだ。

 寒いわすべるわで、いいところがまるでないのだから仕方がない。


 晩秋ばんしゅうの静岡あおい大学のキャンパスを、讃羅良はバイク駐輪場に向けて歩く。


(今日は道場も休みだし、どっかであったかいもんでも食べてこうかな……)


 ライダースジャケットのそでからにょっきりと伸びる手を、何となくこすり合わせながらを進めていると、流れる人波の中でまるでさおさすかのように動かない人影が視界に入った。

 こちらを、見ている。


(あれは……)


 その人影――南雲なぐも花恋かれんは、つかつかと讃羅良に歩み寄ってきた。

 思わず立ち止まる讃羅良の五歩ほど手前で止まると、彼女は言った。


「ねえ、ちょっと付き合ってくれない?」


    ◇


乾杯かんぱーい!」


 何の変哲もないチェーンの居酒屋の一角いっかくで、檜山ひやま讃羅良さららの陽気な声が響いた。

 それに微妙な表情でジョッキを合わせるのは、讃羅良を呼び出した当人の南雲なぐも花恋かれんと、お馴染なじみの男子大学生二人――小田巻おだまきじん東郷とうごう慶太郎けいたろうである。


 迅と花恋と慶太郎は、もともと上野原うえのはられいを含めた四人でいわゆる仲良しグループのようなものを形成していた。

 玲が今岡小学校消失事件で姿を消し、三人はそれは大層たいそう落ち込んでいたのだが、そこに強烈な爆弾を投げ込んだのが檜山讃羅良だった。


 ――玲ちゃん、多分ですけど――――生きてますよ――


 讃羅良のはなったこの一言で、花恋たち三人は彼女の真意と意図を確かめるべく、探偵団の真似事を始めたのだった。


 ちなみに彼らのジョッキの中身は、の都合で四人ともノンアルコールのドリンクということになっている。

 いわゆるモクテル――ノンアルコールカクテルだ。


 シャーリーテンプルをんぐんぐとのどに流し込み、ぷはあと満足そうに息をくと讃羅良は言った。


「いやあびっくりしちゃいましたよー。南雲先輩ったら、すんごいマジな顔して『ねえ、ちょっと付き合ってくれない?』なんて言うから、めっちゃ驚いちゃいましたよー」

「ふん……」


 讃羅良のノリに、花恋は不機嫌そうにジョッキをテーブルにごとりと置いた。


「ちっとも驚いてなんかいないくせに」

「そんなことないですってばー」

「まあ、俺も驚いたけどな」


 迅が口をはさむ。


「俺たち、確かに檜山ひやまさんを呼び出してくれとは言ったけどさ、まさか会場が居酒屋になるとはよー」

「僕もてっきり、もっと人気ひとけのないところで話すもんだと思ってた」

「人気のない場所って?」


 慶太郎の相槌あいづちに、讃羅良が問い返す。


「えーと……体育館裏とか?」

「そう言うの、中学とか高校までじゃないんですか? 大学生が体育館裏に呼び出すとか――ちょっとウケるんですけど」

「居酒屋にしようって、あなたが言い出したんじゃないの」


 くすくす笑う讃羅良を、花恋がにらんで言った。


「『どうせならご飯食べながらにしません?』とか。言っとくけどそういうノリじゃないんだからね、今日きょうは!」

「分かってますって! 玲ちゃんのことですよね?」

「えっ……う」


 突然本題に切り込まれて、思わず言葉につまる花恋。


「だって、夏の頃からずっと何か調べてたんですよね?」

「え、もしかして気付いてたの!?」

「当たり前じゃないですかー。うち・・にも来たみたいですし」

「はあ……やっぱりバレてたんだね」


 にこにこと話す讃羅良に、慶太郎がため息をつく。

 そこに、注文していた料理が届き始めた。


「お待たせしましたー、こちらポテトのトリプルチーズ大盛りと焼き鳥の盛り合わせになりまーす!」

「おっ、来た来た!」

「……あんたホント好きね、ポテト」


 花恋のあきれ顔を横目に、迅が早速ポテトの山に手を伸ばす。


「南雲さんだって好きだろ? これ。ほら、食べてもいいぜ?」

「言われなくたって食べるもん」

「えーっと、そろそろ話、始めない? 一応、檜山さんを呼びつけてるんだしさ」

「さっすが東郷先輩! 気づかいのヒトですよね!」

「いや、まあ……」


 このままでは、ただの普通の飲み会になる……。

 あながち的外れとも言えない危険を感じた慶太郎は、少し強引にでも話を進めようと決意した。


(株)かぶしきがいしゃクロセ・ヱステイト」


 突然、慶太郎が発した言葉に、讃羅良の肩がぴくりと動く。


IRイ・エッレアカホ株式会社、(株)ドメン・ブラン」

「……」

「何を意味するのか、分かる? 檜山さん」


 慶太郎が讃羅良の眼をじっと見つめた。

 讃羅良は微笑ほほえんだままうなずく。


「もちろん」

「……そうだよね。これらは、ある人たちが経営している会社の名前なんだけど」

「そうですねー」

「あ、あともうひとつ……えーっと、『(株)銀河不動産』だったかな」


 わずかに目をみはる讃羅良。


「へえ……結構頑張ったんですね、先輩たち」

「うん、まあね。ってか、ちょっとプロの力を借りちゃったりもしたんだけどね」


 慶太郎は、グラスのサラトガ・クーラーで舌を湿しめらせると続けて言った。


「僕たち、頑張って調べたんだよ、檜山さん。君が学食で上野原さんについて残した言葉――彼女が多分生きてるってやつ。その言葉の真意を確かめるためにさ」

「……私はいいしらせのつもりで言ったんですよ?」

「そうなの? ……まあ本当は直接きみに問いただせばよかったのかもだけど……もしかしたらとぼけられちゃうかも知れなかったしさ、とりあえず自分たちで考えてみることにしたんだよ」


 慶太郎の言葉に、花恋と迅がうんうんとうなずいた。


「これから、僕たちが調べて分かったことを君に伝えるよ。それを踏まえた上で、君に答えて欲しいことがあるんだ、檜山さん」

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