第二章 第33話 可能性

「何を今さら」


 少司しょうじの問いに、犬養いぬかい宗久むねひさは軽くあきれた顔を表情をして見せる。


「どちら側も何も、とっくに私を引き込んでのがれられなくしているのは少司さん、あなたじゃないですか」

「ふむ、まあそういうことだ。我々の今後についての具体的な話はこれからするとして、まず君がきちんと立場を理解してくれているようで嬉しいよ」

「恐れ入ります」


 宗久は軽く頭を下げて答える。

 その様子を見て、少司は他の二人に声を掛けた。


九条くじょうさんと白鳥さん、とりあえず話すべきことはおはなしいただけましたかな?」

「そうですね。僕のほうはお伝えできたと思いますよ」

むしろ、犬養いぬかいさんの方にまだお聞き足りないことがあるのではないかと」


 うららの言葉に、宗久はうなずいた。


おっしゃる通り、まだ分からない――と言うか、聞いておきたいことがいくつか残っています。おうかがいしても?」

「ええ、どうぞ」

「それでは、お言葉に甘えて」


 宗久はまず、先ほどから心中しんちゅうくすぶっていた疑問を投げかけた。

 それは先ほど九条くじょう豹牙ひょうがに、「すれ違い」によって先祖の所領の一部が消失したという話を聞いた時に生じたものだった。


「まず九条さん、ご先祖の島の北半分が消えてしまったと仰っていましたが」

「ええ」

「その消えてしまった部分や、そこに住んでいた人たちはどうなってしまったんですかね?」

「やっぱりそこ、気になりますよね?」


 豹牙ひょうがは我が意を得たりとばかりに破顔はがんした。


「と言っても、面白い答えをお返し出来るわけではないんですけどね」

「それはつまり……」

「ご明察です。要するに分からないんですよ。少なくとも住民が戻ってきた――そう言った事象は一切いっさい伝えられてないようです」

「なるほど……」


 この時、宗久の脳裡のうりにはある男の姿が浮かんでいた。

 彼の大事なものを、一時的にとは言え奪った忌々いまいましい男の姿が。


「これはまだ推測の域を出ないお話なのですが……」


 ここでうららが口を開いた。


「もしかしたら、消え去った人々がどこかで生き残っている可能性がありますの」

「!」

「えっ!?」


 麗の言葉に、宗久のみならず少司しょうじ豹牙ひょうがまでもが目をいた。

 どうやら彼らにとっても、初めて明かされる情報らしい。


うららさん、それは本当なんですか?」

「先ほども申し上げましたが、あくまで推論の段階に過ぎませんのよ」

「少し詳しくお伺いしてもいいかな、白鳥さん」


 麗は小さく頷くと、話を続けた。


「まだ夏の最中さなか、三家で会議をしましたの。元々半年に一度ほどの頻度で定期的に開かれるのですが、その時は臨時で黒家こっけの当主から招集がかかったのです」

「何か差し迫ったことでもありましたかな?」

「ええ。先ほども話に出た、今岡小学校消失事件についてでした」

「四度目――つまり最後の『すれ違い』とやらの影響で消えてしまった事件――そう仰っていましたね」

「そうですわ、犬養さん。そして会議では、あなたが指摘されたように現象がいささか限定的だという考察がなされましたの」


 そう言うと、麗は宗久を見て小さく微笑ほほえんで続けた。


「黒家の当主は、人為的な現象ではないかと言っていましたわ。そして、現場の様子からかんがみて、消失というより『転移』したのではないかと」

「転移……ですか?」

「より正確に言うのなら、その消え去った球状空間は別の場所と丸ごと『入れ替わった』のではないかとのことでしたわね」

「ちょ、ちょっと待ってくださいようららさん」


 九条豹牙が、あわてた様子で口をはさんだ。


「それって僕も初耳なんですけど、ものすごく重要な話じゃないですか!」

「そうですわね」

「そうですわねって……もしその話が本当なんだとしたら、これまでの論が根底からくつがえされてしまいかねないんですよ。『すれ違い』が自然現象ではなく、誰かが起こしたものだなんて……」

「落ち着いてくださいな、豹牙ひょうがさん。何回も申し上げますけれど、これはまだ仮説に過ぎませんの」


 あせる豹牙を、麗は軽くたしなめた。


「それに、過去の事象までもが人為的なものだとは申し上げていません。小学校の件も『すれ違い』が関わっていることは確かだとわたくしは思います。消失にしろ転移にしろ、人がそう簡単におこなえるような代物・・とは考えられませんから」

「ということは白鳥さん、消えた人たちが入れ替わった先というのはあれかね」

「ええ、少司さん。恐らく『詠従えいじゅう』でしょうね。三家では『の地』と呼んでおりますけれど」


 詠従だかどこだか知らないが、あの男が生きている――?


「なるほど……うららさんを見るに、三家の祖となった人たちの姿も普通の人間だったと考えられるのだから、転移先が仮にその詠従であるのなら生きている可能性は高い、と言えますね」

「そういうことですわ」


 あの男――八乙女やおとめが生きている……。

 そう考えるだけで、宗久は心の中でどす黒いものがき上がるのを感じていた。

 思わずこぶしを握りしめる。

 そんな彼の様子を、少司は注意深く見ていた。


「例え現段階では可能性に過ぎないとしても、白鳥さんが仰ったことは極めて重要だ。もしかしたら事件解決に結びつくかも知れないが、痛しかゆしと言ったところか? なあ、犬養くん」

「……え? あ、はい。そうですね」


 宗久が我に返った様子で答えるのを見て、少司は続けた。


「それではこれからのことについて、もう少しこまかく詰めていくこととしよう。だがその前に、思いのほか話が長くなってしまったな」


 少司は軽く肩をすくめながら、卓上の呼びりんを押した。

 ほどなく仲居なかいがやって来る。


「まずは腹ごしらえといこうじゃないか。腹が減っては何とやら、だからな」

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