第二章 第31話 三家

「あなたこそ、一体何者なんですか?」


 犬養いぬかい宗久むねひさは、目の前でうっすらと微笑み続ける白鳥しらとりうららを見据えて言った。


「我ながら九条さんの『誰もが』という言葉に目がくらんでしまっていたようですが、そもそも現段階で魔法が使えるということだけで、あなたは確実に異質な存在ですよ」

「まあ、異質だなんて」


 うらら大袈裟おおげさなげいて見せた。


「私は一人の日本人の女性に過ぎませんわ」

「それもそうなのでしょうが、それだけではないはずです。答えていただきましょうか。あなたは何者で、魔法とは何なのかと言うことを」


 詰め寄る宗久の眼を、麗は見返した。

 その表情から、先ほどまでの少し揶揄からかうような色はせている。

 居住まいを正して、彼女は口をひらいた。


「もとより、そのつもりですわ。ただ――――わたくしがこれからお話しすることは、我が一族一子いっし相伝そうでんになる秘中の秘。全てを知るのはわたくしのほかには上の娘だけですの。こうして余人に秘を漏らそうとしているわたくしは、実は重大なおきて破りでもあるのです。二家にけに知られれば、ただでは済まないことでしょう」

「いいんですか? そのような背信行為を」

「ええ」


 麗は、既に覚悟を決めていると言う風にうなずいた。

 その表情の中にほんのわずか、悲しみの色が混じっているように宗久は感じた。


「その理由はお話しする中でご理解いただければ幸いですわ。まずはわたくしたちのご先祖様についてですが……遥かな昔、彼らは故郷ふるさとを船で出港したさいに突然まばゆい光に包まれ、どういうわけか推進力を失ってしまったそうです。大海原おおうなばらをを漂流ひょうりゅうすることになったと」

「遥かな昔、とは一体いつ頃のことなんでしょうか」

「正確なところは伝わっていません。ただ、他の記述などから類推するに、百年や二百年どころではなさそうです。そもそも当初は記録媒体が存在せず、代々だいだい口伝くでんで継承されていったようですので……」

「記録媒体が……ない?」


 要するに紙が存在しない、ということだろうか。

 世界最古の紙は――確か中国で発見されたものと記憶しているが、確か紀元前の話なのではなかったか?

 さらに木簡もっかんなら、いん王朝にはすでにあったとも聞いたことがある。

 歴史にそれほど明るいわけではない宗久だが、そんな彼の一般常識に照らしても想像を遥かに超えた話のさかのぼり方に、うめき声が漏れた。


「そ、それはまた何とも……。では、その出港した故郷ふるさととやらは?」

「それについても明確な記述はありませんの。最初の頃は伝わっていたのが、途中で失われていったのかも知れません。ですが、それこそが『詠従えいじゅう』なのではないかと推測していますわ。当然当て字でしょうけれど、少なくとも古代中国やその周辺に同名の地が存在しないことは調査確認済みです」


 要するにもっと昔だと言いたいのだろうか。

 そしてそれは大陸にはない、と。


「わたくしたちに伝わっているもの全てについてお話しすることは、さすがに出来ません。それは量的にも質的にも。ここで触れられるのは、わたくしたち『三家さんけ』の成り立ちとその目的。そして、犬養さんたちのおっしゃるところの魔法――祇彗无ぎいむについて。大きく分けてこの二つです」

「三家……ぎいむ……?」


 そこから、白鳥しらとりうららは語り始めた。


 ――漂流することになった三家の祖先たちは、運よくどこかの島に漂着することが出来たらしい。

 そして、それまで息をするように行使できていた祇彗无ぎいむが一切使えなくなっていることに気が付いた。

 祇乎ぎおの存在を全く感知できなくなってしまっているのだ。

 しかし、祇彗无ぎいむの行使に必要な祇乎ぎおが、辛うじて彼らの胸腺たろすに残っていることを知覚した。

 使えなくなった理由は分からないが、ともかく彼らは残されたわずかな祇乎ぎおの保全に力を注ぐことを決めたのだ。


 まず彼らが考えたのは、今となっては貴重な祇乎ぎおを最も能力の高い者に集めて継承させていくことだった。


 彼らが選んだのは二人。

 一人は真っ白で雪のような肌をした少女。

 もう一人は、褐色かっしょくの肌をした精悍せいかんな青年。

 彼らは彼らの持つ祇乎ぎおを全て、二人の胸腺たろすに注いだ。


 そして、二人の血を後世こうせいつないでいくためのつがいを一人ずつ選んだ。


 時代がくだるにつれ、となった二人の特徴的な肌の色にちなみ、少女の家系を白き家――白家はっけ、青年の家系を黒き家――黒家こっけと呼称するようになった。


 そして、継承していくためのつがい代々だいだい出す役割の家を、血の色にちなんで赤き家――赤家しゃっけと呼ぶようになった。


 黒家と白家、そして赤家の役割は祇乎ぎおとその使い方を、いつか祖国に帰る日が来るまで絶やさず伝承していくこと。

 そして、その時が到来したら故郷ふるさと帰還きかんすること。


「そのために、継承者は赤家の者と婚姻して子をし、その子が成人を迎えた段階で新しい継承者として三家の秘密と祇乎ぎお、そして祇彗无ぎいむの技を伝えるのです」


 白鳥うららは、無意識に胸元を押さえながら続けた。


「三家の秘密と祇乎ぎおを知るのは継承者のみ。たとえ兄弟姉妹がいても、継承者以外には一切のことを伝えません。継承者以外は何も知らないまま、血だけを『枝』としてつないでいくのですわ」

「うーむ……」


 少司しょうじたかしが腕を組んでうなった。


「既に聞いている話とは言え、改めてその遠大さに敬意を表したくなるね。そんなに遥かな昔から、白鳥さんたちはその尊い血を受け継ぎ、伝え続けているわけだ」

「……少し引っ掛かるところがあるのですが、伺ってもいいでしょうか」


 じっと考え込んでいた宗久が、口を開いた。


「どうぞ、犬養さん」

「では遠慮なく。先ほど白鳥さんは『子が成人を迎えた段階で新しい継承者として三家の秘密と祇乎ぎおを伝える』とおっしゃいましたね」

「ええ」

「そしてその前にあなたは、全てを知るのはあなたのほかには上の娘さんだけと仰って話を始められました。つまり既に継承済みである、と」

「その通りですわ」

「それならどうして、あなたが魔法を使うことが出来るのか。その祇乎ぎおとやらを娘さんに伝えたのなら、あなたはもう魔法――いや、ぎいむ、でしたか? ――を使えないはずなのでは?」

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