第二章 第30話 恐怖

 白鳥しらとりうらら――。


 先ほどは、株式会社ドメン・ブランの会長と紹介されていたが、社名には特に心当たりはないはず。

 これから彼女の口を突いて出る話によって、麗の正体は少しずつ分かってくるのかも知れない。

 しかし、まずは先ほどからどうしても脳内をちらつく疑問を解消せずには、宗久はいられなかった。

 彼は麗の顔を正面から見据え、問うた。


「その前に私からちょっといいですか?」

「ええ、どうぞ」

「結局のところ、その巫女と言うのは何者なのですか? 『すれ違い』とやらが起きたことを知っていたり、予言めいたものを残したり……一体どういう理由でそんなことが可能なのか、私にはまったく分かりません。ぜひ、素性すじょうを教えていただきたい」

「そう思われるのも無理もないでしょう」


 麗は微笑んだまま言った。


「わたくしにも分からないのですから」

「……またですか」


 思わず落胆する気持ちを言葉にして、宗久は表に出してしまった。

 さっきから聞いていれば、よく分からないことばかりではないか。


「ご期待に沿えず申し訳ないことですわ。ただ、それほど厳重に隠匿いんとくされているようなのです。この日本に住まわれているはずなのに、名前すら分かりませんの」

「はあ……」

「ただ、お姿は拝見したことはありますわね。あと、お声も」

「えっ……」

「もちろん、豹牙ひょうがさんのお話に出てきたご本人ではなく、子孫の方でしょうけれど。何代目なのでしょうね」

「ちなみに九条家うちの本家現当主は、第三十五代です。いつから銀条会の巫女と言う者が存在するのか不明ですが、最低でもそのくらいはいって・・・そうですよね」


 すかさず九条豹牙が補足ほそくする。


「姿を見た、というのは一体どういう状況下でなんでしょうか?」

「そこは豹牙さんのご先祖の場合と同じです。託宣たくせんを告げに現れたんですの。確か……十年ほど前のことでしたかしら」


 そう言ってあやしく微笑むと、彼女は宗久の顔をじっと見つめた。

 十年前――十年後……。

 つい先ほど豹牙ひょうがの口から出てきた単語と、目の前のうららが発した言葉が、宗久の中で奇妙に符合した。


「まさか……いや、ちょっと待て……そう言うことか……?」

「どうされました? 犬養さん」

「いえその……先ほどの九条さんの話と考え合わせると――」


 宗久は自分の中で形作られた結論を披歴ひれきするかどうか迷った。

 根拠のない推論や妄想を元に考えを構築するほど危険なことはない。

 自分はまだ、正面の三人が口にしていることを事実とは認めていないはずだ。

 この考えを説明することに、どうにも躊躇ためらいをぬぐいきれない。


「ぜひお考えをお聞かせくださいな。非常識であればあるほど、今この場ではむしろそれだけ相応ふさわしいものと言えるのかも知れませんよ」

「では……あくまであなた方のお話を元に論を組み立てるとするならという前提で、お話しますが」


 ただの仮説を口にするのに、どうしてここまでとつおいつ・・・・・してしまうのか。

 それは恐らく自分がくっし、完全にあちら側・・・・に取り込まれたことになってしまうことを意味するのだと、宗久自身理解しているからであろう。


「つまり簡単に言えば――巫女の言った『五百年後の三度目のすれ違い』が今から十年前に起きていた。そして、その十年後である現在・・・・・・・・・・、『最後のすれ違い』が起きた。それが原因でくだんの今岡小学校の一部が消失した」


 内容としては、ただ単に九条たちの話をまとめ直しただけとも言える。

 しかしそこは重要ではない。

 大事なのは――巫女の託宣はここまで的中している・・・・・・・・・・・・・・・・ということだ。


「それが意味するのは――今から二年後、確実に合一ごういつが起こるということ……」

「素晴らしいですわ。少司しょうじさんのおっしゃる通り、とても聡明そうめいかたでいらっしゃるのですね」


 宗久は押し黙った。

 彼の理解力や洞察力は白鳥麗から一定の評価を受けたようだが、そのことに対する感情は如何いかなるものもいていない。

 今、宗久の心を占めているのは、目の前にいるうららのような人間が普通に存在する世界――魔法を使える世の中が到来したらどうなってしまうのかと言うことだった。


 ――怖ろしい。


 宗久は、ここに来て初めて恐怖を感じていた。

 目の前の三人に得体の知れなさはあっても、怖ろしいとまでは思わない。

 しかし、彼らの言う世が来たら、世界は一体どんな姿になってしまうのだろう。


 自分の立ち位置を見極めるため、宗久は残る疑問をうららにぶつけることにした。


「しかし……少し腑に落ちないところがあります」

「どうぞ、おっしゃってみてください」

「まず一つ目。およそ五百年前に二度目のすれ違いが起きた。十年前に三度目、そしてつい最近に四度目のものが起きた。まず、そういう理解でいいですね?」

「そうですわね」

「十年前に起きた三度目のすれ違いについて細かいことはまだお伺いしていませんが、それはおいておきます。二度目の時には九条家ご先祖の領地になっていた離島の北半分が消滅した。直近の四度目では、小学校の一部が消失した――何だか少しおかしくありませんか?」

「おかしい……どの辺りがでしょうか?」

規模・・ですよ。その離島がどの程度の大きさか分かりませんが、税収の見込める有人島であるのならそれなりの広さはあるでしょう。その北半分ともなればそれだけでも相当に大規模な現象と言えます」

「そうですわね」


 麗の眼が、好奇心できらきらと輝く。


「一方、四度目の――小学校消失事件では、消えたのは職員室を中心とした半径約十五メートルほどの球状空間。もちろん決して狭い範囲ではありませんが、有人島の北半分と比べたら如何いかんせん、小さすぎるように思えます」

「なるほど」

「それに離島の消え方から考えると、本当の消失範囲はもっとずっと広くて、離島の北半分はそのごく一部だったような印象も受けます。消失、という『質』では同じ現象ですが、どうにも規模が違いすぎるんですよ」

「うーん……」


 九条豹牙ひょうがが、あごに手を当てて何やら考えている。

 宗久の指摘は、彼にも何かの思うところがあるようだ。


「そして、二つ目。巫女も託宣の内容も、その的中っぷりも不可思議ではありますが――もっと分からないのはあなたですよ、白鳥さん」


 宗久はうららの眼をきつく見据みすえた。


「あなたこそ、一体何者なんですか?」

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