第二章 第29話 話記

敢えて情報を隠し、披露するタイミングを計っていた――。

悪びれる様子もなく、白状する九条くじょう豹牙ひょうが

犬養いぬかい宗久むねひさは、自分がこの男に試されていると理解した。


「それはですね――『かくてなほ二年ふたとせのち合一ごういつらむ』――そしてさらに二年後、合一が成るでしょう、という意味です」

「合一……と言うことは」

「そうです」


 豹牙は力強くうなずいた。


「この世界と異世界が、ひとつになる・・・・・・ということですよ!」

「は…………――――」


 今度こそ、宗久は口を開いたまま固まってしまった。

 どう反応すればいいのか、何と返せばいいのか、まるで思い浮かばない。


「しかしですね、当時巫女さんが伝えた言葉をその場の誰もが信じようとしなかったそうです。きっと今の犬養さんのような表情をしていたのかも知れませんね」

「あ……いや」


 どうにも口が思うように動かない宗久。

 しかし自分の受けた印象をことさら隠す気はなかった。

 あまりにも、あまりにも荒唐こうとう無稽むけいに過ぎる。

 ただの与太話ではないか。


「頭のおかしい女の戯言ざれごとだと、誰も一顧いっこだにしなかったそうです。うちのご先祖様を除いては」

「正直なところ、ご先祖様以外のかたの反応こそ、ごく普通のものだと私には思えますがね」

「僕も同感です。そもそも、その場ではご先祖様も同じ感想を持ったそうですから」

「ん? とおっしゃると?」


 自分のあごをでながら、豹牙は続けた。


「そのご先祖様なんですが……ある離島に知行ちぎょうを持っていたそうでしてね」

「知行――つまり領地のことですか」

「そうです。で、巫女さんが去った数日後、その領地――大島おおしまを任せていた代官から緊急のしらせ――当時は早馬だったんでしょうかね――が彼のもとに届いたそうです」

「報せ……」


 宗久は、少司しょうじたかし白鳥しらとりうららをちらりと見た。

 二人ともここまで細かな話を聞くのは初めてだったのだろうか、興味深そうに瞳を輝かせている。


「それによれば、村民から訴えがあったそうなんです――島の北半分がごっそりなくなってしまった、と」


 ――島の半分が消失……またしても新たな欠片ピースが。

 しかも、どこかで聞いたような話。


「その情報にピンときたご先祖様は、もう一度ちゃんと話を聞くために、去ってしまった巫女さんを全力で捜索させたそうです」

「それで、見つかったんですか?」

「ええ、ご先祖様の根拠地はもちろん京都でして、案外近場ちかばで発見したと書かれています。洛中らくちゅうからはちょっと外れますが同じ京の都、西の嵐山あらしやま辺りの神社で神秘的な巫女として代々だいだいあがめられていたと」


 京都の……神社。

 宗久はまたしても、記憶のすみをくすぐられるような感覚を覚えた。

 つい最近、側近である鷹梨たかなしからの報告に出てこなかったか?


「そんなわけで、その時ご先祖様が巫女さんから聞き出せる限りのことを聞き出して、まとめたものが「詠従えいじゅう話記わき」として今に伝わっているんです」

「では詠従研究所と言う名称は、そこから?」

「もちろん僕が決めたわけじゃありませんが、きっとそういうことでしょうね」

「なるほど……」


 話をよく聞いてみれば、それなりに説得力があるように宗久は感じていた。

 とは言っても、二つの世界が一つに合わさるなどという暴論を肯定する気にはまだ到底なれないが。


「巫女さんの話は……どうにも雲をつかむような曖昧あいまいなことが多くて、おまけにその後は何故なぜか巫女さん自身になかなか会えなくなってしまったらしいんですよ」

「会えない、とはどういうことなんでしょうか」

「分かりません。おとなう時に先触れを出しても、断られるそうです。『いないから』と」

「どこか別の場所にっていた、とか?」

「どうなんでしょうね。周辺の村人たちによれば、『巫女様は神眠しんみんいていらっしゃる』そうで、建物に近付くことすら禁じられているとのことでした」

「建物……神社の本殿ほんでんのようなものでしょうかね」

「さあ」


 豹牙は肩をすくめた。


「正確には神社ではないですね。『銀条ぎんじょう会』という宗教組織です」

「銀条会……――ん?」

「そうだよ、犬養君」


 宗久の反応を見て、それまでじっと黙って聞いていた少司が口をはさんだ。


「少し前に、例の外国人母子おやこかくまったところだよ。彼らから手を引くようにと『てんの声』がくだったアレ・・だ」

「あ、あれか……」

「つまるところ、その巫女とやらをようする宗教団体も、神道しんとうや仏教のように連綿れんめんと現代まで続いているというわけだ」

「……」

「銀条会の中枢ちゅうすうにいる銀家ぎんけ――すなわ銀月ぎんげつ家は九条家と同様、歴史がやたらと長いだけあって政権の奥深くにもしっかり食い込んでいる。特に銀月左京さきょうという食えない男は一筋縄ではいかない、いわば傑物けつぶつなのだよ。当主ではないのだがね」


 銀月左京。

 鷹梨ぶかの報告にも確かにあった名前だ。


「そして先達せんだっての、君がご執心しゅうしんの――あの義妹ぎまいの件も銀月家からの要請によるものだ。彼女には金輪際こんりんざい、手出し無用とな」


 膝の上のこぶしを思わず握りしめる宗久。

 ここ最近の彼の苛立ちの原因となっていた屈辱的な二つの事柄ことがら、そのどちらもが銀月家によるものだと知った宗久は、あるひとつの判断をくだした。


 ――即ち、銀月家は敵である、と。


 すると、それまで静かに微笑んでいた白鳥しらとりうららが、そのつややかな唇を開いた。


「巫女の託宣たくせん、そして銀月家が出てきたのでしたら、ここからはわたくしがお話いたしますわ」

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